閑話 跨がれた人と橋の夢 (挿絵あり)
ズゥン……ズゥン……。
昼下がりの山道。
陽射しがまぶしく、小さな木製の荷車を引いた商人風の男が、汗を拭いながら坂を登っていた。
「ふぃ〜……もうすぐ峠かねぇ……」
そのときだった。
ズゥン……ッ!!
地面がわずかに揺れ、空気に重みが走った。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
「……ん?」
男は振り返った。が、何も見えない。
いや、影だ。
巨大な影が、自分の足元まで覆っている。
「は……?」
ゆっくりと上を見上げた。
視界いっぱいに金色の髪と太陽を背負う輪郭――
そこには、巨人の女戦士リアーネが、まさに自分の真上を通過しようとしていた。
気づけば、男は彼女の両脚のあいだにいた。
ドゥゥゥン……!
彼女の右足が前方の地面に沈み込む。
荷車の木材が軋み、鳥肌が立つような音が大地を這う。
「ヒ、ヒィィィィィッ!!」
男は反射的にしゃがみ込み、頭を抱えた。
リアーネは……気づいていたのか、いなかったのか。
そのまま何事もなかったかのように歩き去っていく。
ズゥン……ズゥン……
あとに残ったのは、へたり込んだ男と、そよ風だけだった。
「お、おおお……で、でっかかったぁ……」
*
その夜。
林の外れ、草原の中。リアーネは横たわって眠っていた。
星空の下、彼女の身体は木々のあいだを滑るように沈み込み、静かに草を押し潰している。
――夢を見ていた。
夢の中のリアーネは、立派な石造りの橋を前にしていた。
「ふぅ……さすがに今日は歩きすぎたわね」
誰もいない広い橋の中央。
彼女は思わず、そこに腰を下ろした。
ミシ……ミシミシ……ミシッ……
「……え?」
バキバキバキッッッ!!
石が割れ、欄干が飛び、橋の中央部が――崩れ落ちた。
「また壊したああああああ!!」
悲鳴とともに目が覚めた。
「……はっ!」
周囲は静か。夜風が心地よい。
けれど足元では、実際に小さな岩盤が割れていた。
「……またって、自分で言っちゃったわね」
タイミングよく、カイがそばに現れた。
「リアーネさん? 何かあった?」
「夢を見てたの。橋の上に座ったら……崩れたのよ」
リアーネは少しだけ遠くを見る目で、ため息を吐いた。
「まあ、現実じゃないってわかってるけど……もう、感覚がね」
カイは小さく笑って答える。
「リアーネさんが座ったら……橋もびっくりしますよ、きっと」
「私は座っただけよ? ほんとに、それだけなんだから」
ふっと口元をゆるめ、リアーネは寝返りを打つ。
静かに押し潰された草の下で、またひとつ石がぱきりと割れた音がした。




