3. ささやきの代価
「やはり君たちはシードホートの魔法使いだな」
黒い扉の横に寄りかかってローレンたちに声をかけたのは、市場で見た白髪の男だった。
ローレンは彼を警戒しながら言った。
「私たちに何の用なの?」
白髪の男は扉を指で刺しながら言った。
「おいおい、そう警戒するなよ。俺は冒険者だ。他のものと同じく、ここ、魔法使いギルドの冒険者になるため、方法を策ってるんだ。まあ、シードホートの魔法使いを手伝って実力を認められれば、いい方法だと思うんだが」
フレアがローレンの前に出て言った。
「ロ、ローレンは私が手伝ってるんだ」
男は腕を組んでローレンとフレアを交互に見た。
「ほお、お前は冒険者か? ガングラードの冒険者は結構知っているが、ふん、初めて見るな」
フレアは興奮して震える声で小さく叫んだ。
「私は冒険者、フレア。私がローレンを助けてるんだよ。もうたくさんの冒険をしたんだから!」
ローレンは男をにらみつけ、オードの家の方へ歩き出しながら言った。
「フレア、帰ろう。相手にする必要ないよ。シャーリンが待ってるだろうし。遅くなる前に行こう」
ローレンとフレアは人通りの多い道に入った。
そんな二人の後ろを、男はゆっくりとついてきた。
フレアは後ろをちらちら見ながら言った。
「それよりローレン、依頼されたもの、どこで採集すればいいか分かる?」
「ああ、大丈夫。私に考えがあるよ」
二人をずっと追ってきていた男は、ローレンの横に来て言った。
「魔法使い様、手前が手伝うのはどうでしょう? 邪魔にはなりません。何の用か言ってくだされば、手前がお手伝いします。ヨツンの討伐ですか? ああ、お二人だけで行かれるなら、ヨツンではないかもしれませんね。採集ですか?採集なら手前も得意です。二人より三人の方が早く終わるでしょう」
「ん、私たちは今日は行かないよ」
「そうですか。言ってくださればこのスミュグが持ってきますよ。まあ、対価と言えば魔法使いギルドに手前を紹介していただければ結構です」
フレアの表情を見た男はローレンに言った。
「いや、もしかすると未熟な冒険者に頼って探すよりは、手前のような熟練者が必要かもしれませんね。何を採集しようとしているのか言ってくだされば、手前が取ってきますよ」
「誰が未熟だって? 私、さ、採集はたくさんやったことあるよ!」
男は嘲笑う表情でフレアを見ながら言った。
「フレアって言ったか。スタッグとティルの、あの逃げた嬢ちゃんじゃないか? 怖気づいて逃げてからは顔も出さないと聞いたが。こんな幼い魔法使いのそばにくっついてるのを見ると、事情は分かるがな……」
フレアの指先が服の裾を握りしめた。
「な……何のこと」
「噂がそうなんでな。まあ、関係ない。ただ気になっただけだ。本当に役に立ってるのか、それともただそばにくっついてるだけなのか」
フレアは急に足を止め、固まってしまったようにその場から動けなくなった。
ローレンはため息をつきながら言った。
「はあ、本当に面倒なおじさんだね」
男は肩をすくめながら続けて言った。
「賭けをしようじゃないか。採集がうまい方が勝ちだ。俺と、そこの新米、どっちが魔法使い様の役に立つか。まあ、見るまでもないだろうがな」
フレアが一歩前に出た。
「いいよ、やろう! 私が勝つんだから」
「フレア?」
「ふん、やってやる!クスノキの内皮、青みがかった巻き葉、それから……あ、そう。とげとげの突起がついた赤い実。それから葉っぱが一枚しか残ってない黒い古木。それで全部だ」
フレアが材料を次々と並べ立てる間、男の口元にうっすらと笑みがよぎった。
「なるほど。その材料なら、ヒンドヴァルドの森がいいだろうな。ふーん、ヒンドヴァルド、知らないのか?
ガングラードの東の森だ。もちろんデュプヴィリードにあるものもあるが、東の森にしかないものもある。ガングラードの冒険者だというのに、こんなことも知らずに魔法使い様を手伝うとは、呆れたもんだな」
「ふん! デュプヴィラード、それが北の森のことだってくらい、そ、そんなの私だって知ってるんだから!」
「ほお、嘘をつくのはうまいねぇ。本当かどうかは結果を見れば分かるだろう。俺は今からなら日が暮れる前に終わらせられそうだな。
魔法使い様。夕方頃にオードの家までお届けしますよ。それでは」
男は体を返し、大股で群衆の方へ歩いていった。後ろ姿が群衆の間に消えるまで、ローレンは不満げな顔で彼を見つめていた。
「フレア、なんであんなこと全部話しちゃったの、まあ、やっぱり、フレアだね。内容がちょっと違うよ」
「え?そうなの?だ、大丈夫。ふん、私も負ける気ないから。
私たちも行こう」
「いや、明日行こうと思ってたのに……」
「だめだよ、ローレン! 聞いたじゃない。今日中に見つけられるって言ってたじゃない。ハンドヴィルド? 東だったよね? 早く行って終わらせて、あのむかつく奴の鼻をへし折ってやろうよ!あ、ムカつく!」
フレアは白髪の男の後を追って群衆の中に入っていってしまい、その後ろをついていきながらローレンはため息をついて言った。
「ヒンドヴァルドだって……まったく。ああいう奴は無視すればいいのに……」
木の影が伸びる時刻になって、ローレンたちはヒンドヴァルドの森へ入る道に到着した。
森に足を踏み入れると、梢を透かしてにじむ光がまばらに揺れていた。
その光に混じって、異質な煌めきが明滅しながら溶けるように消えていった。
人間が魔法と呼ぶ力で作られた虹色の蝶がゆうゆうと飛んでいき、その後ろをフレアとローレンがついていっていた。
フレアはしょげた様子で言った。
「私だってできるのに……」
「まあ、蝶を追いかければ確実に見つかるからね。こっちの方が早い」
蝶は木の間を舞い踊るように翩翻としながら先頭を飛んだ。
「もう、なんであっちこっち行くのよ」
フレアは木の枝を剣でかき分けながらぼやいた。
「ん?」
木の根を越えた瞬間、宙を舞っていた蝶の輪郭がふっと歪んだ。羽ばたきが止まり、虹色の光がその場に縮こまるように寄り集まっていく。次の瞬間、押し込められていたものが逃げ場を失ったように、光は内側からひび割れ、細かな煌めきとなって四方へ弾け飛んだ。
フレアのだらりと下げていた肩がびくんと跳ね上がり、伏し目がちだった瞳が、まっすぐ前を見据えて嬉しいそうに言った。
「え、この辺にあるの?」
「いや、この反応は違う。何、こんなところに魔法を妨害するものがあるの?ふむ、どうしようかな、試そうか」
ローレンの瞳が、好奇心にきらりと光った。
腰の鞄に手をかけていた指先がふっと止まって、息を一つ吐き、静かに目を閉じて低くつぶやいた。
「ニョルズの懐かしき者よ、波の彼方の声で応えよ。ソクナーレ」
足元から立ち上った緑の煙が周囲に広がっていく中、ローレンは目を開け、低く鋭い声で言った。
「フレア!あれを追って!」
それはまるで波のように周囲に広がりながら、一箇所に集まって素早く動き始めた。緑色の光の煙が地を這うようにうねうねと動き、木の下にたどり着くと、煙は赤く染まりながら固まり、爆発するように消えた。
目を丸くしたフレアは煙を追いかけていき、木の下の小さな石を持ち上げた。
「うーん、何これ? 特別なものはなさそうだけど……」
後を追って駆けつけたローレンが、石の下にあった黒く光る小さな木片を拾い上げた。ただの木片ではなく、人の手で削って整えた跡があった。ローレンは木片を手で撫でながら考え込むように独り言をつぶやいた。
「安物の魔法道具か……ふむ、一度作動したら使えなくなるやつか。誰がこんなところに……魔法の粉が反応して残ったものか……ふむ……魔法の粉ならシードホート魔法使いギルドか、商人ギルド……ガングラードの魔法使いたちのものではないだろうし、名のある魔法使いのものでもない。はあ、こういうのは俺の専門じゃないんだが……」
木片は黒いが透明に輝いていて、木片というより石のように硬く見えた。
「あ?」
冷たい雪がローレンとフレアの頭に落ちてきていた。
----------
「おお、どうだ? 材料はどれくらい集まった? あっはは、やっぱりな」
フレアは地面に横たわっていて、ローレンは鞄の中身を引っかき回していた。
「やられたな」
雪の積もった棘の木にぶら下がった赤い実が目についた。とげとげの突起がついたそれは、見るからに只者ではなかった。白髪の男は枝にぶら下がった実に近づき、下の方を指先で軽く押した。突起が内側にすぼまり、実が力なくぽとりと落ちた。
「体は丈夫なようだな。この毒にやられたら、普通はもうオードの食卓についてる頃だろうに……はは、いや、お前ならオードの食卓の下かもしれないな」
ローレンは白髪の男をにらみつけると、鞄から取り出した瓶から青く光る液体をフレアの手に塗ってやりながら言った。
「フレア、大丈夫?」
フレアは息を切らしながら起き上がった。
「ふうー、大丈夫。ありがとう。よし。次のものを探しに行こう」
ローレンは口元に手を持っていってつぶやき、虹色の光がローレンの顔から広がった。手を広げて差し出すと、虹色の蝶が飛んで白髪の男の横を通り過ぎた。
白髪の男は目を大きくし、苦笑いしながら言った。
「なるほど、魔法で探すのか……賭けは成立しないな。お前が魔法使いのそばにいるのも納得がいくな」
白髪の男は自分の鞄から持ち出したのを見せながら言った。そこには黒い古木以外、フレアが言ったものが全部揃っていた。
「まあ、しかし俺はこれだけもう集めたぞ。魔法使い様、残りは何ですか?」
ローレンはため息をつき、フレアと男を交互に見ながら、しかめっ面で言った。
「なんか割に合わないな」
フレアは苦しそうな顔で白髪の男を無視し、通り過ぎて蝶を追いかけながら言った。
「ふん!私たちも負けないんだから」
男は鼻で笑って言った。
「採集のやり方も知らない半人前の冒険者が、よく言うな。自分がやったとでも思ってるのか? 魔法使い様がいなければ、お前なんて何なんだ」
木々の間を蝶を追いかける子供たちの後ろを、白髪の男が黙ってついて行き、彼らの足跡は降り続く雪に覆われて消えていった。静かな森から聞こえてくるのは、獣の鳴き声と小さな足音だった。
ゆっくりとフレアの顔に活気が戻ってきた。
ローレンは自分の頭に積もった雪を払いながら、時々フレアと男を交互に見た。
そんなぎこちない3人が距離を置きながら、森の木々の間を歩いていった。
「よ、ヨツン?」
フレアは自分の剣に手をかけながら静かに言った。
木が動いたのかと思った。
白い雪が積もったきの間から銀色に輝く白い鹿の姿がかすめて通り過ぎた。しばし、森全体が息を潜めたように静まり返った。
白髪の男はフレアを素早く遮りながら言った。
「エルフの鹿と呼ばれるものだ。あの鹿に刃を向けるような馬鹿な真似はしない方がいいぞ」
ローレンは疑わしげな眼差しで白髪の男を見つめながら尋ねた。
「エルフって? エルフたちがこの森にいるの?」
「いえ、直接見たことはありません。伝わるにはエルフたちは人間の目には見えないそうです。ですが、エルフたちはあの鹿の目を通して我々の世界を見ていると言われています」
ローレンは一人ことを言った。
「ふむ、そんな話は本で見たことがないな」
フレアは森の中に消えて行く鹿を警戒しながら、固く握りしめていた剣の柄から手を離すと、かじかんだ指先に息を吹きかけながら言った。
「ヨツンじゃなければ、いいんじゃない。本当の話かは分からないけど」
白髪の男は鹿を見ながら、両手を持ち上げて自分の顔の方へ寄せながら言った。
「だが、はっきりしているのはこの森にはヨツンがいないということです。理由は誰も知りません。ただみんな、あの鹿のおかげだと思って、だから手を出さないのです。危ないことをわざわざ試す理由があるでしょうか? 手前のような人間には、それで十分です」
3人は黙々と歩き続けた。あたり一面、白く染まった雪景色が広がっている。
フレアは苛立たしげに振り返り、手を振って白髪の男についてくるなと合図した。
白髪の男はそれを気にも留めず、悠然と後をついてくる。
ローレンは白髪の男を警戒しながらも、蝶を見つめて先を急いだ。
「この黒い古木で終わりですね。手前がこんなに先取ったからもっと速く終わりましたね」
「もうついて来ないでよ。私たちでできるし!」
「ほお、黒い木をどう採るべきか知ってるのか? また痛い目に遭いたいのか?」
「ふん、と、特別なことでもあるっての?」
「その黒い木は、死と縁があると言われててな。ある者たちは、新年を迎える時にこの木を家の戸口に吊るすらしい。死を遠ざけるまじないだそうだが……まあ、あまり気持ちのいい話じゃないな。
それに、俺たち冒険者はこの木を切る時、決まった儀式を行うんだ。そうしないと、死がこっちに来ると信じられててな。
まあ、そういう決まりを知らない冒険者が、平気で木を切ったりもするがな。……お前さんも知らなかったんじゃないか? 今度はお前だけじゃない、一緒にいる魔法使い様にまで迷惑がかかるってことだ」
フレアの顔から、さっと血の気が引いた。何か言い返そうと口を開きかけたが、言葉が出てこない。
ローレンはフレアの肩に軽く手を置くと、白髪の男を見据えて言った。
「へえ、随分と親切に忠告してくれるんだね。だったら、最初からその『決まった儀式』とやらを教えてくれればよかったんじゃない?」
白髪の男は悪びれもせず、ずるそうな笑みを浮かべて言った。
「それを教えてしまったら、俺の価値がなくなるじゃないですか」
蝶を追って歩く道すがら、周りの木々とは違う姿の木が目に留まった。
腐った木を、鱗のような黒いキノコがびっしりと覆っていた。
雪に覆われた部分を払い落とし、短剣で黒いキノコを切り取った白髪の男が言った。
「これは高く売れます。すぐに追いつきますので」
ローレンは後ろをちょろっとみて言った。
「ふん、勝手にしなよ」
「やっと離れたね」
フレアの足取りが、嬉しそうに軽くなった。
感想や評価など、ありがとうございます!!
ブックマーク、評価いただけると励みになります!




