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VIRTUAL SHIFT  -ヴァーチャルシフト-  作者: 金貝擁積
第一章 ガンナーズヘブン・ガンナーズヘル
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3話 復讐の終わり

 背後で爆発とそれに続く廃墟の崩落が起こり、俺は近くの遮蔽物に身を隠しながらそちらを覗いた。見れば粉々になった瓦礫が灰色の粉塵となって舞い上がっている。粉塵はすぐに晴れ、そこに倒れている人物があらわになる。


 ストーマーの両足は爆発によって部位破壊された挙句、幾つかの大きなコンクリートの塊の下敷きになって完全に身動きが取れなくなっていた。爆発によって吹き飛ばされたストーマーの体はコンクリート壁に叩きつけられ、そこへ同じく爆発によって崩れた柱が雪崩の如く倒れ込んできたのだ。


 奇跡的にも胴体と頭部のHPバーは僅かに残っていたが、あまりにも心許ない短さだった。右腕は小さな瓦礫の山に埋もれてよくわからないが、少なくとも動かすことはできないだろう。

 それでもあきらめがつかないのか、すぐ近くに落ちている金色のMP-5に向かって唯一無事な左腕を伸ばしている。だがMP-5と伸ばした指先には十センチメートルほどの距離があった。


 俺はそのMP-5に足を掛け、左手から遠ざけた。

 諦めて指から力を抜いたストーマーがAR-57の銃口を向ける俺を見上げた。


「さっきの光、センサー地雷か?」

「そうだ」

「ありえねえ、センサー地雷は足を止めて地面か壁に設置する必要がある。走り回っていたお前にそんな余裕があったはずがねえ。それにセンサー地雷にしちゃあ威力が高すぎる。あらかじめ設置しておいたのなら、先に走り抜けたお前がセンサーに引っ掛からないはずがねえ」


 俺は答える代わりに左腕でAR-57を保持し、右手で腰の後ろにつけたポーチから二つの物体が合体したものを取り出した。

 それを見たストーマーが頭を持ち上げる。


「センサー地雷にC4……」

「普通の地雷なら設置は無理だが、あらかじめC4にセンサー地雷を設置し、それを後ろに落とすだけなら走りながらでもできる」

「なるほど、てめえが引っ掛からねえわけだ。しかもC4で威力も底上げされると来た。最後の最後で迂闊だった……」


 ゲーム内ではよく知られた戦法だ。恐らくストーマーはこれを完全に忘れていたのだろう、脱力したかのように頭を瓦礫にあずけた。

 俺はC4つきのセンサー地雷をしまってから訊ねた。


「ゴールドストームのリーダー、ストーマーだな?」


 それは質問というよりは確認だった。対戦相手の名前と所属クランは試合前に公開されているからだ。


「そうだ」


 ストーマーは俺の腕に描かれたマークを見た。


「……てめえは?」

「ユーゴ。所属クラン名はクロウル」


 俺とストーマーの視線が交差する。僅かな沈黙の後、ストーマーが首を振った。


「……聞いたことがねえな」

「どこかで聞いたことがあって、覚えていないだけかも知れないぞ」

「思い出せねえってことは聞いたことがないのと同じだ」


 確かにそうだ。仕方ないので俺は話した。


「メンバーは俺を入れて二人、それにもう一人はトーナメントに参加していない。それに個々の対人戦はともかく、トーナメントに出たのは初めてだ」

「初参加だと!?」


 ストーマーは顔を引きつらせながらひどく驚いた。


「初参加で決勝まで来たのかよ!?」


 トーナメントには当然ながら猛者が集う。それを初参加で下したとあれば、そういう反応も当然かも知れない。

 ストーマーが信じがたいと言いたげに首を振る。


「俺の顔を見たことはあるか。あるいは名前を聞いたことは?」


 そう訊ねてみるが、ストーマーはまたしても首を振った。


「いや、見たこともなければ聞いたこともねえ」

「俺はアンタの顔を嫌というほど覚えているが」


 ストーマーはやや自慢げに答えた。


「ゴールドストームは最強のクランだったからな――ついさっきまでは。そこのリーダーともなれば、まあ顔が知られていても当然だ」

「いや、そうじゃない。俺は個人的にアンタの顔を覚えているんだ」


 俺はAR-57の銃口を下ろし、ストーマーの顔を見下ろしながら話した。


「俺がこのゲームを始めたのは半年前のことだった。当時の俺はお世辞にも腕がいいとは言えず、シューティングレンジで動くターゲット相手に訓練をしていた。そこへ一人のプレイヤーが仲間を連れてやってきた。そのプレイヤーは俺を小馬鹿にしてあざ笑い、それどころか数人がかりで俺を捕まえた。

 このゲームにはシステム的な安全圏がないとは知らなかった俺は逃げることもかなわず、そのままフィールドへ放り出された。俺はキツネ狩りのキツネのように追い立てられた挙句、両腕と両足を撃ち抜かれてフィールドに放置された。ゲームプレイヤーの中に口が悪い奴がいるのは知っていたが、なぶりものにされるとは思わなかった」


 俺はあの時のことを思い出し、左手が自然とAR-57のグリップを握り込むのに気づいた。力を緩め、続きを話す。


「このことはゲームを始めたばかりの俺には随分とこたえた。こんなゲームやめてしまえばよかった。だがそのときの俺は頭に血が上りすぎて、そんなことさえ思いつかなくなっていた。どうしてもそいつに復讐しようと思った、思ってしまった。そして、そのときと同じ名前のプレイヤーが今、目の前にいる!」


 それを聞いたストーマーがぎくりとした表情を見せた。

 俺はそこで少し考え、話す内容をまとめてから続けた。


「だが大きな問題があった。俺をなぶりものにしたやつは大手クランのリーダーでおまけに上位ランカー、叶うはずがない。だが悪いことばかりでもなかった。当時はソロだった、今は俺と同じクランのプレイヤーが放置されてた俺を助けてくれて、しかも俺に協力してくれるとまで言ってくれた。名前はタッカー」


「あいつか!」

「そうだ、ゴールドストームの横暴な態度に反発して出て行った、お前たちのかつての仲間だ」

「そうか、あいつが……」

「俺はそれからずっとこのゲームをやりこんだ。ストーリーやクエストをこなし、タイムアタックで腕を磨き、対人戦も何度となくやった。そうしてようやくここまで来た。全てはお前に復讐するために!」


 ストーマーは一度は押し黙ったが、やがて訊ねた。


「それで……楽しかったのか?」

「ああ。今、俺は最高に楽しい、最高に充実している!」


 俺は銃口をあらためてストーマーに向けた。


「ところでこんなことを聞いたことがある。お前たちランカーは一度死亡するたびにランクが下がり、それをもう一度上げるのは大変らしいな。しかも倒した相手が格下であればあるほどランクの下がりは激しい。しかもこの対人トーナメントの優勝者には優勝賞品として特別なアイテムが与えられる。なら、俺のような格下に撃たれてランクが大幅に下がり、おまけにほかでは手に入らない特別なアイテムをあと一歩で手に入れそこねたとき、お前は一体どれだけ屈辱に思う?」


 ストーマーに限らず、ランカーという人種の中には、ランクが下がること何よりも問題視するプレイヤーがしばしば存在する。

 ランクというものは、このゲームに注いできた努力と熱意、そして実力の証明であり、誇りそのものだ。それが傷つけられるのはとても耐えられないらしい。

 だが雌雄は既に決している、ストーマーの眼が動揺と屈辱に揺れるのが見えた。


「……わかった。俺が悪かった、謝るよ。だからやめてくれ、リザインする。ランクはできるだけ下げたくないんだ」


 本当はリザインもしたくないはずだ、だが死亡と違いランクの下がり幅は圧倒的に少なくてすむ。ストーマーの顔に屈辱による苦しみが現た。

 俺はそれを読み取った上で、追い打ちをかけた。


「本当に悪かったと思っているか?」

「ああ、思ってる」

「じゃあ一つだけ教えてくれ。あのときお前が俺に何と言ったか、何と言って俺をフィールドに放置したか、ここでもう一度言ってみてくれ。当然覚えているはずだ、覚えてもいないことに悪かったなんて言えるはずがないからな」

「それは……!」


 ストーマーが言葉に詰まった。それが答えだった。

 AR-57の引き金を引き――弾丸は発射されなかった。代わりに金属を叩くカチンという高い音が響く。


 弾切れ――!


 ストーマーの顔が笑った。瓦礫に埋まっていた右腕が素早く動き、金色のデザートイーグルを握った手が飛び出すように姿を見せる。

 外しようのない距離。銃口が俺へ突き出すように向けられる。


 発砲音。しかしそれはデザートイーグルのものではなかった。ストーマーの右腕が弾かれたようにのけ反り、数メートル離れた場所にデザートイーグルが落ちる。


 俺は右手にグロック18Cを握っていた。俺はAR-57を利き腕である右腕ではなく、あえて左腕で保持できるように矯正していた。マガジンを交換したときに素早くコッキングレバーを引けるように、あるいは何らかの理由で最大火力が必要になったとき、左手でAR-57を、右手でグロック18Cを持ち、同時に撃てるように。 そして今、俺が放った弾丸がデザートイーグルを弾き飛ばした。


「以前の俺ならこんな芸当はとてもできなかった」


 半年間の研鑚の結果だ。俺は自分でもわかるほどにしみじみと呟き、それからストーマーの眉間に向かってグロック18Cを構えた。

 ストーマーはグロック18Cの銃口を、そしてその向こうにいる俺を睨みつけた。


「俺はここで死ぬ。だがお前だけは、お前だけは必ず殺す。いつか必ずこの恨みを晴らす!」


 俺はしばらくストーマーを見降ろしたが、グロック18Cをホルスターに戻した。

 代わりにMP-5を拾い上げてストーマーの両手に向けて発砲する。二つの弾丸がストーマーの両手に一発ずつ当たり、出血の代わりにポリゴンエフェクトが弾ける。ゲーム上の処理によって両手が使用不能になった。感覚の喪失によってそれが再現されたはずだ。


 ストーマーはなぜ手を撃ち抜かれたのかわからないと言う顔をしていた。だが自分のHPバーの下に、エクスエナジー被爆の文字が現れたことに気づいたらしく、「まさか」と呟いた。


「両手が使えない以上、お前はHPを回復させることはできない、HPの減少を止めることもできない。わざわざとどめを刺さなくても、放っておけば俺の勝ちだ。俺のすべきことはもう終わった」


 俺はMP-5を捨てるとストーマーに背を向けて歩き始めた。その背中にストーマーが怒鳴る。


「何だよそれは! それで慈悲を与えたつもりか? それとも降伏して恥をかけって言うのかよ! くそっ! 畜生! ふざけやがって! 覚えてろ、必ず復讐してやる! 畜生! 畜生!」


 俺が足を踏み出すごとに、ストーマーとの距離が遠くなるごとに怒鳴り声が少しずつ小さくなっていき、やがて完全に聞こえなくなった。


 周囲にファンファーレが鳴り響いた。ゲームの雰囲気には似合わないファンファーレだ。


『対人トーナメントは只今を持って終了致しました』


 どこからともなく聞こえてきた声に俺は足を止めた。HPの減少具合から判断すると死亡にはまだ時間が掛かるはずだ。となればストーマーはリザインを選んだのだろう。振り返れば確認できるがそうする気はなかった。


 目の前にゲームロビーへ戻るか、それともフィールドへ戻るかと訊ねるメッセージが現れた。

 ロビーへ戻れば形だけの表彰があるが、そこに優勝を喜んでくれる人物はおらず、代わりに敗退したプレイヤーたちから殺意のこもった視線を向けられるだけだろう。俺は迷わずフィールドへ戻るボタンを押した。


 復讐は果たされた。

次回、ユーゴの元に謎の人物が・・・


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