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VIRTUAL SHIFT  -ヴァーチャルシフト-  作者: 金貝擁積
第一章 ガンナーズヘブン・ガンナーズヘル
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4話アップデート、そして異変

 周囲の景色が歪みフィールドへ戻される。岩、土、砂、廃墟で構成された代わり映えのしない荒野、トーナメントの直前までいた場所だ。


「ユーゴ」


 ふいに後ろから声を掛けられて振り向くと、腕に白いフクロウのマークを付けた男が立っていた。


「タッカー……」


 俺が所属するクラン唯一のメンバー、そして優勝を唯一喜んでくれるであろう人物がそこにいた。


「優勝おめでとう」

「ありがとう。タッカーのおかげだ」

「おいおい、俺は何もしてないぞ」

「いや、タッカーはあの日、フィールドでただ死を待つばかりだった俺を助けてくれた。このゲームのコツやテクニックを教えてくれて協力してくれた。タッカーがいなければ今の俺はなかったし優勝もできなかった。あらためて礼を言うよ、ありがとう」


 タッカーは感慨深げに何度か頷いた。


「そういう風に言ってくれるんであれば、俺も付き合った甲斐があった。それで、肝心の優勝賞品は?」


 俺がインベントリを開くと、今までにはなかったアイテムがある。インベントリから取り出すと、手の中に赤と青、二丁のハンドガンが現れる。

 俺はタッカーに二丁のハンドガンを渡した。タッカーにはこれを触る権利がある。


「おっといいのかよ」


 タッカーは渡されたハンドガンに目を落とし、説明ウインドウをポップアップさせた。


「青い方がガンナーズヘブン、赤い方がガンナーズヘル、ゲームタイトルをそのまま付けたのか。架空の光線銃で弾丸はスペシャルエネルギーパック。特殊能力は普通の光線銃と違って装甲を貫通しないが、代わりに敵との距離が近ければ近いほど攻撃力が跳ね上がる、ただし対モンスター限定。運営は妙な武器を商品にするなあ」


 タッカーが説明文を読み上げると、周囲にアナウンスが響いた。


『運営より皆さまにお知らせです。この後十二時より、リアルタイム大型アップデートが開始されます。アップデートの瞬間は文字通り世界が変わってゆく様をご覧いただけますので、皆様どうぞこの機会をお見逃しなきようお願いいたします』


 アナウンスが終わり、空中にカウントダウンの数字が表れる。


「ほら、ありがとよ」


 タッカーは俺に二丁のハンドガンを返すと、カウントダウンに顔を向けた。


「リアルタイムアップデートは聞くところによるとすごいらしいぞ」


 俺は二丁のハンドガンをインベントリに戻し、タッカーと同じようにカウントダウンへ目を向けた。


「ところで大型アップデートってどういう意味だ?」

「何だ知らないのか。実は2GHはゲームとしての収益性が悪くて、ほかの会社に売却されたんだ。その会社はほかにも幾つか同じようなゲームを買い取っていて、一つにまとめて新しいゲームにするらしい。今回の大型アップデートはその前段階で、一部先行実装がメインだ。プログラムそのものにも追加修正が行われる、かなり大きなアップデートらしい」


 タッカーがそこまで話したとき、音声によるカウントの読み上げが始まった。


『十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ』


 最初に変化が現れたのは太陽だった。太陽がものすごい勢いで沈み、かと思えば反対側から朝日が昇る。そして地平線の彼方に緑色が現れ、それはあっという間に足元を通り越した。砂が土へと戻り草が生え、木が伸びて葉が生い茂る。干上がった川に水が流れ、鳥の声が聞こえ始める。新しいゲームの幕開けにふさわしいイベントだった。

 タッカーが辛うじて呟いた。


「すごいな……」

「ああ……」


 俺達はしばらくその余韻に浸っていた。タッカーに声を掛けようとしたとき、俺は急に意識を失った。



 意識を取り戻したとき、俺は倒れていた。視界には草木と空しか見えないことからフィールドであろうと判断できる。

 最初に気づいた異変は匂いがあることだった。2GHでは硝煙以外の匂いは再現されていないはずだったが、今は森の匂いがむせ返るほどに鼻腔をついている。

 立ち上がった俺は周囲を見渡した。一面の森、隣にいたはずのタッカーの姿もない。


 インベントリからインカムを取り出した。フレンド登録した他のプレイヤーと会話ができる小型無線通信装置だ。

 左耳に装着しダイヤルを回す。すると目の前に登録されたプレイヤーの名前が浮き上がる。最も俺の場合はタッカーしかいなかったが。俺はダイヤルの内側にあるトークボタンを押した。


「タッカー、聞こえているか?」


 一拍おいてから返信が来た。


『こちらタッカー』


 左耳に聞こえる声はいつもと少し違って聞こえた。


『ユーゴか?』

「そうだ」

『すまない、声がいつもと違う気がして……それより何度か呼びかけたんだが、もしかして意識を取り戻したばかりか』

「ああその通りだ。気を失っていたらしくて、今起きたばかりなんだ」

『実は俺も気を失っていたんだ。それで他のプレイヤー何人かと話をしたんだが、みんなそうだったらしい。メニュー画面を開いて時計を見てみろ』


 タッカーの唐突な指示に少しだけ困惑しながらもメニューを表示し、画面の隅にある時計に目をやった。

 ≪2.21 13:20:19≫


「一時間も意識を失っていたのか……」

『その通りだ、だが重要なのはそこじゃない。時計の横にある強制ログアウトまでの残り時間を見ろ』


 目をスライドさせ、時計の横にある時刻表示を見る。

 ≪強制ログアウトまで 00:00:00≫

 そこにあるのは信じられない表示だった。こんなことがあるはずがない。


『どうだ?』


 タッカーの声で俺は我に返り、慌てて捲し立てた。


「待て、待ってくれ。この手のVRゲームはユーザーの健康を維持するという名目で三時間までの接続規制があって、それを過ぎると一旦強制的にログアウトされるはずだ。しかも十五分のインターバルを置かないと再接続できないようになっている。そうだよな?」

『その通りだ。だが俺を含めて、接続規制の三時間を超えているプレイヤーが何人もいる』

「そんな馬鹿な、そんなはずが……」

『ユーゴ、ログアウトできるか?』


 タッカーのその一言に嫌な予感がして、まさかと思いながらもシステムメニューを開いた。ログアウトボタンを表示し、それをタッチする。


 ……ボタンは反応しなかった。


 俺は唇の震えを抑えながらインカムへと言葉を発した。


「駄目だ、ログアウトできない」

『そういうことだ』


 インカム越しのタッカーの声は、こんな状況だというのにも関わらず落ち着いたものだった。


「原因はリアルタイムアップデートか?」


 真っ先に原因として思い至ったのがそれだった。そもそも気を失ったのはあれの直後である。関係ないはずがない。


『恐らくな。ユーゴ、インベントリを探ってみろ、アップデートで配られたらしいナイフが入っているはずだ』


 俺はインベントリを呼び出した。さっきは気づかなかったが、よく見ればいくつかのアイテムにまぎれるように見覚えのないナイフが入っている。


「あったぞ」

『装備してナイフの刃に顔が映るようにするんだ』


 俺はインベントリからナイフを取り出した。目の前にナイフが現れ、数秒間の浮遊状態が失われる前にそれを手にする。刃の部分が銀色の大きなミリタリーナイフだ。

 角度を調整して顔と並行になるようにする。

 鏡のように輝くナイフの刃には一人の男が写っていた。ユーゴというプレイヤーデータとは全く違う顔の男。それは俺が最もよく知る男の顔であり、毎朝鏡の前で必ず見る顔だった。


「……現実での俺の顔だ。これもアップデートなのか?」

『いや、こんなアップデートがあるとは聞いていない。恐らくシステム的な問題が発生したんだと思う。とにかく一旦合流しよう』


 俺は周囲を見回すが、どの方角を見ても草木が延々と続いているだけでランドマークらしいものは一切見つからない。

 メニューからマップを呼び出す。だが自分の周囲以外は真っ黒に塗りつぶされており、マップのスケールもわからないため、自分がどこにいるのか想像もつかない。


「ここが何処かわからない。どっちへ向かえばいいのかもだ」

『落ち着け、位置情報を表示するんだ』


 俺は地図が表示されているウインドウの左下にある、位置情報の発信と書かれたボタンへ指を沿わせた。これはフレンドに自身の居場所を教える機能であり任意にオンオフができる。そして自らの位置を教える代わりに、同じように位置情報を発信しているフレンドの位置も知ることができる。

 ボタンを押すと黒いマップの中にタッカーの名前と居場所の方角を示す三角アイコンが表示される。


「大体の方角はわかった。すぐに行く」

『ああ、俺もまっすぐそっちへ向かう。レベルが一にリセットされ、ステータスも下がっている。敵によっては死亡しかねない、くれぐれも気を付けろ』


 通信が切れた。

 ステータス画面を見ると確かにレベルが一になっている。どうやらアップデートで起こった問題はシステムのかなり広範囲に及んでいるらしい。


 あらためてマップのを見る。スケールは不明だが、タッカーとの間にはそれなりの距離があるのは間違いない。


 インベントリにはどこでも特定の車両を呼び出せる配車チケットが一枚あるが、草木が生い茂り高低様々な崖がある森の中での運転は、ハンドル操作が大変な上にスピードも出せない。

 ……配車チケットの使用はやめておこう。車両のエンジン音を聞きつけた付近のモンスターがやってくれば戦闘になる。レベルが一に戻った今、危険度が高いことはすべきではない。


「妙なことになってきたな……」


 俺はそうぼやきながら森の中を慎重に歩き始めた。

なぜユーゴはゲームからログアウトできなくなったのか?

なぜアバターではなく現実の顔になったのか?

そしてタッカーと合流できるのか?


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