断罪
創立記念イベントのメイン企画——生徒たちがステージ上で自由に主張や決意を叫ぶ「意見表明コーナー」。
熱気に包まれる体育館の壇上に登ったのは、相沢玲央だった。
マイクを握りしめ、玲央は全校生徒の前で大声で叫んだ。
「俺は、白銀凛華さんが好きだ! 俺と付き合ってください!」
体育館に大きな歓声が上がる。
颯太の腕に支えられ、会場の端に立ち尽くしていた葵の口から、掠れた声が漏れた。
「……え?」
玲央はまだ自分と付き合っているはずだ。
自分を守るために秘密にしてくれていただけのはずだ。
頭が真っ白になり、玲央の言葉の意味が理解できない。
ステージ上の凛華は、玲央に向かって優しく微笑みかけた。
歓喜に顔を綻ばせる玲央。だが次の瞬間、凛華の笑みが氷のように冷たい冷徹な表情へと変わった。
「断るわ。あなたみたいなクズ、願い下げよ」
静まり返る会場。
想定外の拒絶にパニックになった玲央は、周囲を見回して会場の端にいる葵の姿を見つけると、血走った目で叫んだ。
「お前……! お前が変なこと吹き込んだんだろ!? お前のせいだ!!」
野獣のように葵へ襲いかかろうと駆け出す玲央。だが葵に触れる直前、影が交差した。
ズドォンッ!!
「がはっ……!?」
間一髪で割り込んだ颯太が、玲央の手首を掴んで鮮やかな背負い投げを決め、そのまま地面へ容赦なく組み伏せた。
「動くな」
低く冷たい颯太の声が響く中、ステージから降りてきた凛華が、地面に這いつくばる玲央を冷たく見下ろした。
「振られた理由が分からない、という顔ね。……これを見てもらえば、なぜ私があなたを断ったのか一目瞭然のはずよ」
凛華がパチンと指を鳴らすと、体育館の巨大スクリーンに映像が映し出された。
『何で葵はあなたの頼みを断らないのかしら?』
凛華の問いかける声。画面の中の玲央は、ヘラヘラと笑いながら答えていた。
『昔あいつが男子にからかわれてる所を助けて、それ以来付き纏われてんですよ。その迷惑料として頼みくらい聞いてもらわないと』
会場がざわめく。だが、映像は終わらない。場面が切り替わり、自室で鏡を見る玲央の姿が映る。
『ま、助けたといってもクラスでの人気取りのためにやった自作自演なんだけどな』
意地悪く嗤う玲央の姿に、悲鳴に似たどよめきが上がった。
さらに映像は続き、喫茶店の裏で葵から強引に金を奪うシーン、自室で『あいつ自殺してくれねーかな』と吐き捨てる声、そして——ついさっき校舎裏で、葵を張り倒し、腹を蹴りつけている残酷な光景が映し出された。
全校生徒からの激しい軽蔑と非難の視線が玲央に集まる。
「あ……あ……」
すべてを知った葵は、足の力が抜け、立っていられなくなった。今まで生きてきた世界が音を立てて完全に崩壊し、視界が真っ白に染まっていく。
膝から崩れ落ちそうになった葵の体を、凛華が力強く抱き留めた。
「葵! 目を覚まして、周りを見て!!」
凛華は崩れそうな葵の肩を掴み、必死に声を張り上げた。
「あなたの世界には、あのクズしかいないわけじゃないでしょう!?」
ハッと息を飲んだ葵の耳に、様々な音が届き始めた。
自分を心配そうに見つめるクラスメイトたちの視線。
地面に玲央を押し付けながら、「頼むから気づいてくれ」と言わんばかりに切ない眼差しを向ける颯太。
そして何より——自分を潰れそうなほど強く抱きしめてくれている、親友の温もり。
(ああ……そうだったんだ……)
今崩壊した世界は、自分を本当に大切に思ってくれる人たちを遠ざける「偽りの世界」だった。手を伸ばせば簡単に触れられる温かい世界を、見えないほど遠くに隔絶していたのは、自分自身で作った壁だったのだ。
「うあぁぁぁっ……凛華ちゃん……! ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」
あふれ出る涙を止められず、葵は凛華を力一杯抱き返した。
凛華は泣きじゃくる葵の顔を優しく包み込み、自らも瞳から涙をこぼしながら、太陽のように暖かく微笑んだ。
「私はあなたに謝ってほしいんじゃないわ。……笑ってほしいのよ」
「……っ、うん……! うん……っ!」
葵は袖で激しく涙を拭うと、涙でぐしゃぐしゃになりながらも、これまでで一番眩しく、最高の笑顔を見せた。
そして葵は立ち上がり、颯太の方へと向き直ると、静かな声で告げた。
「……颯太くん、離してあげて」
颯太は一瞬驚いた顔をしたが、葵の瞳に宿るまっすぐな意志を見て取り、「……分かった」と玲央を拘束していた手を解いた。
解放された玲央は、這いつくばったまま藁にもすがる思いで葵の足元へ擦り寄った。
「あ、葵……! 助けてくれ、俺たち付き合ってんだろ!? 全部嘘なんだ、あんな映像デタラメなんだ…! お前なら信じてくれるよな……!なあ葵……っ!」
自分に縋り付き、情けなく命乞いをする幼馴染。
かつて「ヒーロー」だと思い込んでいた男の惨めな姿を、葵は冷たさすら感じさせるほど穏やかな瞳で見つめ返し、はっきりとと言い放った。
「……私達、もう別れましょう」
その一言は、凛として体育館に響き渡った。
「……っ!?」
完璧に拒絶された玲央は、全校生徒からの蔑視に耐えかね、惨めな悲鳴を上げながら脱兎のごとく体育館から逃げ出していった。
静まり返る会場の中で、葵はすっと肩の荷が下りたような清々しい表情を浮かべた。
そんな葵のもとへ颯太と凛華が歩み寄り、三人は顔を見合わせる。
「……やっと、目が覚めたよ」
「遅いわよ、バカ葵」
「まあ、無事に戻ってきてくれたなら何でもいいさ」
照れくさそうに笑う葵を真ん中に挟み、三人から弾けたように温かい笑い声が溢れ出した。
ずっと失われていた「本当の笑顔」が、ようやくこの場所に戻ってきたのだ。




