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帰ってきた日常

創立記念イベントが終わり、最初の登校日。

教室の扉を開けた葵の顔には、もうあの痛々しい影や疲れ果てた色は微塵もなかった。

「……おかえりなさい、葵」

葵の席の横で待っていた凛華が、どこか愛おしそうに柔らかく微笑む。

葵は一瞬キョトンと目を丸くさせたものの、すぐに意味を察して、太陽のような笑顔を咲かせた。

「うん! ただいま、凛華ちゃん」

憑き物が完全に落ちた葵の晴れやかな返事に、教室の空気までもがパッと明るくなったかのようだった。

——だが、そんな微笑ましい光景を前に、一人だけ挙動不審な男がいた。橘颯太である。

(あ、ダメだ……なんか上手く喋れねえ……!)

颯太は葵への接し方に、猛烈に頭を悩ませていた。

これまでは「葵には好きな奴(玲央)がいる」と思っていたからこそ、一線を引いて頼れる親友ポジションを維持できていたのだ。

だが、その障壁は消え去った。さらに今回の事件を経て、葵を守りたい、支えたいという想いは爆発的に強くなってしまっている。

結果、これまでどう接していたのか自分でも分からなくなってしまったのだ。

しかも、障害はもう一つあった。

「はあ〜……私、しばらくあのクズの相手をしてたせいで葵成分が壊滅的に足りないのよ。補給させてちょうだい」

「ふふ、なにそれ〜」

白銀凛華である。

イベント以降、凛華は事あるごとに葵にぴったりと密着し、片刻も離れようとしないのだ。

「おい白銀……お前、葵が困ってんだろ。いい加減離れてやれよ」

見かねた颯太が苦言を呈するが、凛華は葵にぎゅっと抱きついたまま、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「そんなことないわよね〜、葵?」

「うん! 凛華ちゃんが近くにいてくれると、すっごく安心するよ」

葵が心の底から嬉しそうに答えてしまうものだから、颯太はぐうの音も出ず、二人を引き離すことすらできないのだった。


だが、そんな不遇の颯太に、ついに千載一遇のチャンスが訪れる。

数日後の登校時。奇跡的に、葵と二人きりで通学路を歩くタイミングが巡ってきたのだ。

颯太は何度も周囲を見回したが、あの絶対的なお嬢様の姿はどこにもない。

(今……今しかない……!)

心臓が早鐘のように鳴り響く。

颯太は意を決して、隣を歩く葵に向き直った。

「あのさ、葵! 今度の週末……もし良かったら、二人で遊園地に行かないか!?」

言えた。顔を真っ赤にしながらも、はっきりと誘うことができた。

葵が「えっ……」と驚いたように目を丸くした、まさにその瞬間だった。

「あら、面白そうな話をしているわね? ……私も行っていいかしら、葵?」

「「!?」」

背後からぬるりと現れたのは、優雅に日傘を差した凛華だった。

背筋に冷や汗をかいた颯太を余所に、葵はパーッと表情を輝かせた。

「もちろんだよ〜! 凛華ちゃんも一緒の方が、絶対楽しいよね!」

屈託のない、満面の笑み。

悪気など1ミリもない、心からの嬉しそうな笑顔だった。

凛華は満足そうに口元を緩めると、固まっている颯太の方へと視線を向けた。

そして、イタズラっぽく上目遣いで微笑んで見せる。

「……葵もこう言っていることだし、よろしくね。た・ち・ば・な君?」

葵のあの弾けるような最高に良い笑顔を向けられては、「二人きりで行きたい」なんて野暮な事を言えるはずもなかった。颯太の出した勇気は、あっさりと撃沈したのだった。

「……はい。喜んでお供させていただきます……」

がっくりと肩を落とし、項垂れる颯太。

そんな彼を横目に、葵と凛華は楽しそうに週末の予定を話し始めるのだった。


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