動揺
凛華は玲央とデートを重ね、いかにも好意があるかのように振る舞い続けた。
学校でも二人が親しげに会話する姿が日常となり、それと引き換えに、葵への玲央からの頼み事は激減していった。
だが、葵の胸を埋め尽くしたのは安らぎではなかった。
玲央の役に立てていない焦燥感。捨てられてしまうのではないかという酷い恐怖。そして、大好きな凛華に対する友情と、どうしても抑えきれない黒い嫉妬心——複雑に入り混じった感情が、葵の心をゆっくりと蝕んでいった。
一方、颯太は学校で常に玲央の方へ切ない視線を向ける葵の姿に胸を痛めながらも、凛華との約束通り、じっと側にい続けた。
自分を気遣って寄り添い続けてくれる颯太に対しては、葵は深い罪悪感を募らせていく。
そうやって歪んだ時間が過ぎ、翌日は学校の創立記念イベントという日の夕方。
玲央から葵のスマホに、素っ気ないメッセージが届いた。
『明日使うから、豪華な花束用意しておけよ』
いつものように「分かった」と返信し、葵は颯太と共に花屋へと向かっていた。
その道すがら、見覚えのある人影が足を止めた。凛華だった。
「葵……通学路でもないこんな所で、何をしているの?」
久しぶりに真正面から向けられた凛華の瞳に、葵は胸を突かれたように固まる。
「あ、凛華ちゃん……。うん、ちょっと花束を用意しなきゃいけなくて、花屋さんに……」
「花束? 何に使うの?」
「……玲央に、頼まれたから……」
うろたえながら答える葵に、凛華は氷のように冷ややかな視線を向けた。
「お金は? 相沢君から預かっているの?」
「えっ……あ、ううん、私が……出すけど……」
「……どうして?」
凛華の声が低く響く。
「あなたたち、最近は話してすらいないでしょう?それなのに、なぜそこまで尽くすの? 『幼馴染だから』なんて言葉じゃ、もう説明がつかないわ」
葵が息を呑むと、凛華は隣に立つ颯太にも視線を送り、たたみかけるように問い詰めた。
「それに、あなたと橘君は最近ずっと一緒にいるわね。……あなたたち、本当は付き合っているんじゃないの? だったら、一番大事にするべきなのは目の前の恋人でしょう?」
「ち、違う! 違うの凛華ちゃん!」
頭を強く振る葵の瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。
追い詰められた葵は、言ってはならない
「秘密」を吐き出してしまう。
「私は……私と玲央が、付き合ってるの! 颯太くんはただの友達で……っ! 私の恋人は玲央なの!!」
叫んだ葵に、凛華は酷く哀しそうな、だが毅然とした表情で反論した。
「……最近口すらきいていない相沢君とあなたが付き合っているなんて、到底信じられないわ。それに、学校での彼のあなたに対する態度……それが、とてもあなたを大切にしているようには見えなかったけれど?」
「違う……! 玲央は私を大切にしてくれてる! 私を守るために秘密にしてくれてるの! 私は……私はちゃんと幸せなの!!」
半狂乱になった葵は、自分の叫びから逃げるように、花束を用意しないといけない事も忘れてその場から走り去ってしまった。
これまで黙って二人を見守っていた颯太は、深く息を吐くと、真剣な眼差しで凛華を見つめた。
「……信じてるからな、白銀」
短くそう告げると、颯太はすぐさま葵の背中を追って走り出した。
夕闇が迫る道端に、一人残された凛華。
先ほどまでの厳しい表情は崩れ去り、彼女は胸を強く締め付けられるような痛みに顔を歪めた。
「……ごめんなさい、葵」
ポツリと溢れた呟きは、風にさらわれて消えていく。
「例え今はどれほど辛くても……あなた自身がその心の檻を壊さなければ、私はあなたを本当に救うことができないの……」
遠ざかる二人の背中を見送りながら、凛華は祈るように呟いた。
「……橘君。葵のことは、頼んだわよ。」




