発覚
限界を超えて頑張り続けていた葵の体は、悲鳴を上げていた。
寝る間も惜しんで玲央の課題をこなし、放課後は立ちっぱなしのバイト。
睡眠不足とストレスから、素朴で可憐だった彼女の目の下には、隠しきれないうっすらとしたクマができていた。
「葵、顔色がひどいわ。保健室へ行くわよ」
見かねた凛華は、嫌がる葵の手を半ば強引に引いて保健室へと連れて行った。
ベッドに横たわった葵は、緊張の糸が切れたようにすぐさま深い眠りへと落ちていった。
静まり返った保健室。
凛華はベッドの脇のパイプ椅子に腰掛け、苦しそうにうなされる葵の冷たい手をそっと握りしめた。
「どうして……どうして何も教えてくれないの……?」
普段の冷静で完璧な佇まいは消え去り、凛華の瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「私じゃ、あなたの助けになれないの……? 葵……」
その時、ガラリと保健室の扉が開いた。
「葵、大丈夫か——って、白銀?」
心配して様子を見に来た颯太だった。
凛華は弾かれたように立ち上がると、慌てて背を向けて涙を拭い、颯太の胸元を押して廊下へと押し出した。
「しっ……大声を出さないで。葵は今、やっと眠ったところよ」
パタンと扉を閉め、凛華はそのまま廊下を歩き出す。颯太は凛華の異変を感じつつも、切実な声をかけた。
「白銀……葵のやつ、絶対に何かおかしいよな。俺たちでどうにかできないのか? このまま放っておくなんて——」
「……葵自身が助けを求めてこない以上、私たちは見守るしかないわ」
凛華は足を止め、唇を強く噛みしめた。颯太に見えないよう顔を伏せながら、怒りと歯痒さに声を震わせる。
「歯痒いけれど……今の私たちには、これが限界なのよ」
葵が目を覚ました時には、すっかり放課後になっていた。
重い瞼を開けると、パイプ椅子に腰掛けた凛華と颯太が、心配そうな表情で自分を見つめていた。
「葵、気分はどう?」
「少しは休めたか?」
「凛華ちゃん……颯太くん……」
二人がずっと付き添っていてくれたのだと悟り、胸が温かくなる。しかし、ふと壁の時計に目をやった瞬間、葵の顔から血の気が引いた。
「嘘……こんな時間!? ごめん二人とも、私、バイト遅刻しちゃうから!」
「えっ、葵、待ちなさい!」
という凛華の引き止める声も耳届かず、葵は二人にお礼を言うと、鞄をひったくるようにして保健室を飛び出して行った。
残された二人は、呆然とその背中を見送るしかなかった。
凛華は深呼吸をひとつすると、決意を秘めた瞳で颯太に向き直った。
「颯太。先生には『葵が起きたから私が送っていく』と伝えておいて頂戴」
「え? 一人でどこ行くんだよ」
「葵のバイト先よ」
短く答えると、凛華は制服のスカートを翻し、颯太の返事を待たずに速足で保健室を後にした。
駅前の喫茶店。夕方のピークを迎えつつある店内で、凛華は物影になる奥の席に身を潜めていた。
(葵……あんなにボロボロになりながら、一体何のために——)
その答えは、唐突に訪れた。
店の入口のベルが鳴り、入ってきたのは制服姿の相沢玲央だった。
玲央は店内を見回すと、注文を取りに来た葵の手首を強引に掴み、店の裏口へと繋がる通路の陰へと引きずり込んだ。
凛華は気配を消し、静かにその物陰へと近づく。
「……で? 今月分、いくら用意できたわけ?」
玲央の冷酷な声が響いた。昼間に葵に見せる爽やかな顔とは似ても似つかない、底意地の悪いトーン。
「ご、ごめんね玲央……今月は体調崩しちゃって、あまりシフトに入れなくて……これしか……」
「はあ? これだけ? ふざけんなよ葵。お前さ、俺と付き合えてるありがたみ、分かってんの? 俺がどんだけリスク犯して『秘密の恋人』やってあげてると思ってんだよ」
ビクッと肩を揺らし、何度も頭を下げる葵。
玲央は舌打ちをすると、葵の手から千円札が数枚入った封筒を奪い取った。
「使えない奴。次はもっと稼げよ」
玲央は捨て台詞を残し、葵を置いて店を出て行った。残された葵は、壁に背を預けて力なく崩れ落ちていた。
壁の陰で、すべてのやり取りを目撃していた凛華。
彼女の美しい顔は、怒りで氷のように凍りついていた。
(……そういうことだったのね)
葵の様子がおかしかった原因。
笑顔が消え、突然バイトを始め、自分を削り続けていた理由——。
(相沢玲央……あなた、葵に何をしてくれているのかしら)
握りしめた凛華の拳は、爪が皮膚に食い込むほど強く、激しく震えていた。




