告白
昼休み、校舎裏。
普段は陽キャグループの輪の中心にいる玲央に呼び出された時、葵は「また何か買い出しかな」と軽い気持ちで向かっていた。
しかし、玲央の口から飛び出した言葉に、葵は自分の耳を疑った。
「葵。俺と……付き合ってほしい」
少し照れくさそうに頭を掻く玲央の姿が、一瞬遠のいて見えた。
幼い頃からずっと好きだった相手からの告白。それを喜ばない女の子なんて、きっとこの世にいない。
「……っ、ほんとに……? ほんとに私でいいの……!?」
「当たり前だろ。葵以外に誰がいるんだよ」
胸の奥から溢れ出す感情を抑えきれず、葵の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
もちろん、返事は「はい」の一言しかない。
幼馴染と恋人同士になるなんて、物語や少女漫画でいくらでも見かけるありふれたお話だ。
だけど、まさか自分の身に起きるなんて思ってもみなかった。
実際に体験すると、世界が急に色鮮やかに輝き出すような、こんなにも素敵で幸せなことだったんだ。
噛みしめるような幸福感に包まれる葵に、玲央は少し表情を陰らせて静かに語りかけた。
「なあ葵、ひとつお願いがあるんだ。俺たちが付き合ってること、二人だけの秘密にしておかないか?」
「えっ、秘密に……?」
「……葵を守るためなんだ。俺ってクラスでも目立つ方だろ? 嫉妬した女子たちが、葵に何か嫌がらせでもしたら俺、耐えられない。葵を危ない目に遭わせたくないんだ」
クラスの女子たちがそんな酷いことをするとは思えなかったけれど、葵は自分の小さな疑問にすぐさまフタをした。
玲央がそこまで自分のことを考えて、心配してくれている。その優しさが何よりも嬉しかった。
「うん……分かった! 玲央の言う通りにするね」
二人の関係は「秘密」としてスタートした。
教室に戻った葵は、自分でも抑えきれないほどニコニコしていた。凛華や颯太からはもちろんのこと、クラスメイトからも「葵ちゃん、何か良いことでもあったの?」と訊かれてしまう始末だった。
「なんでもないよ〜!」なんて誤魔化しながらも、胸の鼓動は鳴り止まなかった。
放課後。スマホに玲央から「また校舎裏に来て」とメッセージが入った。
もしかして、一緒に帰ろうって誘ってくれるのかな——葵は期待に胸を膨らませて、駆け足で校舎裏へと向かった。
だが、夕陽が差し込む校舎の影に立っていた玲央の顔には、昼間の甘い面影は微塵もなかった。
「……お前、秘密守る気あんの?」
氷のように冷たい声だった。思わず足がすくむ。
「え……?」
「昼間、教室でやたらヘラヘラしてただろ。周りから怪しまれてるって自覚ねえの? 秘密にしろって言ったよな?」
「ご、ごめんなさい……! 嬉しすぎて、浮かれてて……ごめんなさいっ……!」
葵が青ざめた顔で必死に頭を下げると、玲央は深く溜め息をつき、表情を和らげた。
「……はあ。分かればいいんだよ」
玲央は葵の肩を引き寄せ、優しく抱きしめた。
「怒って悪かったな。でもさ、全部お前を守るためなんだからな? 分かってくれるだろ?」
「うん……うんっ、ありがとう……」
耳元で囁かれる優しい言葉に、葵の心はすぐに満たされた。
そのまま体を離し、踵を返して歩き出そうとする玲央の背中に、葵は思い切って声をかける。
「あの、玲央……! 一緒に、帰らない……?」
「あぁ!?」
返ってきたのは、苛立ちを隠そうともしない不機嫌な怒声だった。
葵がびくっと肩を跳ね上がらせると、玲央はハッとしたように表情を作り直した。
「……あー、ごめんごめん。ダメに決まってんだろ? 一緒に下校なんてしたら一発でバレるだろ。俺はお前を守りたいんだからさ。じゃあな」
ひらひらと手を振りながら去っていく玲央の背中を、葵は見送ることしかできなかった。
その夜。自室のベッドに腰掛けた葵は、膝の上でぎゅっと拳を握りしめていた。
(初日から怒られちゃったな……。浮かれすぎていた私が完全に悪いんだ。玲央は私のことを思って言ってくれてるのに……)
玲央の冷たい声や不機嫌な顔が頭をよぎるたび、胸がチクチクと痛む。
だけど、それもすべて自分を守るためなのだと信じ込もうとした。
(嫌われないように、もっと頑張らなきゃ。もっと良い彼女にならなきゃ……!)
同じ頃。
自室のデスクに座る相沢玲央は、スマホの画面に映し出された白銀凛華の写真を、ねっとりとした視線で眺めていた。
「ハッ、マジでちょろいなあの女。ちょっと告白しただけで泣いて喜んでやんの」
鼻で笑いながら、凛華の美しい顔立ちを指でなぞる。
「せいぜい凛華を落とす役に立ってくれよ、葵ぃ……」
薄暗い部屋の中に、玲央の醜悪な笑い声が静かに響いていた。




