Act10 なりたい職業ナンバーワン
長い黒髪が、追い風に泳いでいるのが目に入った。
まだ十代の名残りを残した、若い女性。
視界を邪魔する髪の毛を片手で押さえると、ほっそりとした輪郭が露わになった。
視線があって、どきりとする。
アマカゼをとらえる眼差しは、微笑みにより柔らかく眇められていて、ゆるい瞬きのむこうには純度のたかい宝石のような赤い瞳。滑らかな白い肌。しっとりと瑞々しい唇。たとえ遺伝子操作の賜物だとしても、芸術品みたいに美しいと思う。
だけどさ……と、アマカゼは違和感をおぼえる。
こんなにも綺麗な顔立ちをしているのに、身につけている服は、はっきり言って彼女の良さを打ち消している。
極めてシンプルな灰色の長袖カットソーに、膝丈までの黒ベスト。合成繊維で織られたツルリとした質感の弛みのあるパンツの裾を、足首までの革靴のなかに仕舞いこんでいる。まるで女であることを否定しているようだ。
(そういえば……似てるよな?)
ふと気付く。
眠るアマカゼに会いにきていたという女子にだ。
AIが描いた似顔絵に瓜二つだった。おそらく同一人物に違いない。
(知り合い? だったっけ……?)
「なりたい職業ナンバーワン、だって」
「えっ?」
「十代の若者がなりたい職業ランキング、一位が魔法少年らしいよ」
低くて、まろやかで、落ち着いた声。
服と同じで飾り気のない、サッパリとした口調。
これが彼女なのだろう。
気さくで、裏表がなくて、何が起きても自分を貫くような人。そんな印象を持った。
アマカゼは訊ねてみる。
「なんで魔法少年が人気職なんだ?」
「みんな、誰かを守りたいんだろう。たとえば地下に眠る人たちを……とかね」
ああ。確かにそうかもしれない。
アマカゼは深く頷いた。
事実、アマカゼの両親も友人も仮想世界にいる。
幸せに眠る人達を無理やり目覚めさせようとする異星人のことを、ゆるせるわけがない。
今でも、力が欲しいと心から思う。できるならば異星人と戦えるだけの力が欲しいと。
「ああ、でも……魔法少年になりたいなんて夢がないと思わないか? 仮想世界は苦しみを避けた者たちの眠る安寧の褥、つまり墓場さ。魔法少年になりたいなら、墓守りにでもなればいい」
「そんな言い方やめろ。……みんな生きてるだろ」
咎めるように視線を向ければ、赤い瞳がわずかに揺らいだ気がした。
「言い方が過激すぎたなら謝る。だけど、もしも異星人の周波数で、仮想世界の住人が目覚めてしまったら?」
「それは……全員死ぬ、だろうな」
「だから守りたいんだ。いつか魂が肉体と切り離されるその時まで、幸せな夢をみていて欲しいと」
ブーンと無機質な音がした。
振り向いて、ふたたびコスプレイヤー達に目を向ける。
相変わらず、いちゃいちゃとくっついている。
(誰かを守るために、魔法少年になりたい……か)
ソレは、憧れよりも生々しくて、果てのない願いのようにアマカゼには思えた。
力無き者を守りたい。
だけど「力無き者たち」だって、本当は戦う力を欲しているのかもしれない。
(今の俺も、力無き者の一人だ)
溜め息とともに空を仰いだその時だった。
けたたましい警告音が鳴り響く。
──異星人の襲来!
警告音が鳴ったら一般人はすぐにシェルターか、身の安全が確保できる場所へ避難しなければいけない。
「さあ、早く! アパルトマンに帰るか、近くのシェルターに避難して!」
険しい眼差しで彼女は叫ぶ。
「っ、キミだって逃げないと」
「いいえ、わたしは軍に所属しているから」
「えっ」
驚くアマカゼのそばを、女性はすれ違うように走り去っていく。お互いの纏う空気がわずかに触れ合った。
瞬間、アマカゼは理解する。
「あの子…………」
どうやら、失われたと思っていた霊性は、まだ在ったらしい。
肉体の外側を膜のように覆っている、もうひとつの肉体。エーテル体。すれ違いざま、空気越しに彼女のエーテル体と触れ合ったとき、胸が締め付けられるほどの懐かしさを覚えた。
(間違いない、このかんじ)
あの子はセツだ。
女性の身体をしていたけれど……。
だとすれば、眠るアマカゼのもとを頻繁に訪れていたのもセツだったのだ。
「……なんだよ、はやく言ってくれよな」
ずっと会いたいと思っていた。
言い出せずにいた事情も、今なら分かる。
でもセツの本質なら、アマカゼはもう知っている。
「セツは、魔法少年だ──」
硬質な金属のシールドに覆われていく空を、アマカゼは仰ぐ。
きっとこれからセツは、戦いに行くのだ。
次はセツ視点になります。
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