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少女と魔物の館  作者: 日々木
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天使が襲う家


 メアが館にきた翌日。早朝の館は空気が澄み渡っていた。メアは誰もいない台所を見渡す。今日から屋敷の一員となった。仕事のために着てきた服は水色のワンピースに赤いリボン。いつも着慣れている服が一番動きやすかった。メアの家は成功した貴族でもなければお金に困る事もない、中の上といった家庭。メアも時々、家事も手伝いはしていた。

「あれ、メアさんだ」

「早いんですね」

 雑巾を手に取ったメアのもとに街灯頭の二人がやってきた。手伝いと聞いてメアの方が先に来ていた。

「おはようございます」

「そんなに頑張りすぎなくてもいいよ」

「はい、えっと……フラットさん?」

「僕はレスト。弟はこっちだよ」

「ごめんなさいっ……」

「いいんだよ。僕らも最近、同じ過ぎてどっちがどっちだか分からなくなってきたんだから」

「そうなんだ……」

 街灯頭の二人は全く同じ形をしている。レストとフラットは客から後輩になったメアに気さくな口調で話していた。昨日の丁寧な態度とは違い、子供らしさが垣間見える。メアには年が近く感じられた。

 メアが掃除を進めようとしたところ、「それよりも朝食の支度を」とレストが言い、ボウルと卵を指差す。メアは不馴れな手付きで卵を割っていった。

「お二人は双子なんですよね」

「うん」「そうだよ」

「おいくつなんですか?」

「ふふっ」

「気になる?」

「え……」

 予想外の溜めた返事に、メアは少し動揺する。まさか数百歳などと言うのでは。不敵な声から、そんな予感がした。

「気になるかな、少し……」

「実は、メアさんより後に生まれてるんだ」

「なんだ……」

 予想に反して普通の返事に安堵する。しかし何故年を知っているのだろうか。メアは少し引っ掛かった。きっと写真でも見たのだろう。と、無理矢理自身を納得させた。

「友達みたく思ってていいよ、メアさん」

「とも、だち……」

 人間では叶わなかった友達。かつてメアの周りにいた少年にはいい思いをしていなかった。意地悪さや身勝手さ。それがこの二人からは感じられない。「友達」という言葉の響きにメアの目が揺らぎ、後に安心したように細めた。

「えへへ……レスト君に、フラット君か」

 街灯の兄弟はきょとんとしてメアを見つめた。

――――

「これでおしまいっと」

 隣の大広間にある大きなテーブルに食器を並べ終わる。朝食の支度が終わり、メアは満足げに朝の風景を見渡した。

「これで僕たちの仕事は一段落ついたね」

「うん。皆が仕事から帰ってくるのを待とう」

「仕事かぁ……他の人たちってどんな仕事をしているんですか?」

 メアからすると何気ない質問のつもりだった。だが二人の動作はピタリと止まり、無言になる。空気が変わった気がした。先程からどこに地雷があるか分からない。メアは何と続けていいか分からず、不安げに二人の方を見上げた。

「この家に来る外敵を追い払う仕事……かな」

「外敵……魔物とかかな?」

「……まぁ、そんな感じ」

「警戒するに越した事はないよね。さ、メアさん。先に朝食をどうぞ」

 レストもフラットも、揃って言葉を濁した感じがしていた。テーブルに朝食が並び終わると、二人は部屋の外へと出ていく。メアは一人、朝食が並んだ卓と共に取り残されていた。


――――


「――! 嬢ちゃん、いるか!」

 メアが一人で朝食を片付けていると、狼の獣人であるギヴが叫ぶような声が聞こえた。大広間のドアが勢いよく開く。呆然としている顔のメアの前には、何やら険しい表情のギヴに、レストとフラットの三人がいた。

「どうしたの?」

「無事か。よし、急で悪いが、こいつらと一緒に安全なとこに逃げててくれ」

「メアさん、こっちへ」

「僕たちから離れないようにね」

「何!? 何かあったの?」

「天使が来たんだ、嬢ちゃん!」

「て、てんし!?」

 メアは聞き覚えのある名にぎょっとする。天使とは悪魔や悪霊を討伐する聖なる生き物の事だった。神聖な存在で、人々から崇められている。

「それがどうして……天使が、この家を?」

「それは絶対に秘密」

「言ったらイレーズさんに怒られてしまうんだ」

 双子が冷たく突き放す。ダメージが倍になるようだった。颯爽と歩き出す二人の背を、メアは追いながらため息をついた。

(ここの人たちって、やっぱり悪魔なのかな……)


――――


「ったく、どうするか……俺はこういう頭使うのが苦手なんだ」

 ギヴが困ったように呟いた。それを見たレストとフラットは思い思いに話し出した。

「孤立しない方がいいよ。僕たちは天使を追い返せないし」

「どっちにしろギヴさんたちがやられたら、おしまいだしね」

 悩むギヴは「仕方ない」と言い、玄関へと向かった。そこには入口を見張るように、ローブ姿の男が立っている。

「……」

「ソロー。悪いが嬢ちゃんたちを頼む。天使を食い止めてくれ」

「……あぁ」

 ソローは、メアからすると無口な人といった印象だった。食事の場に姿を見せなかったため、どんな人なのかも分からなかった。

「いざというときは例の力を使うんだな」

「……使うわけがない。お前こそ暴れ過ぎるな」

 言葉を遮るようなノックの音。その瞬間にはギヴが動きだし、メアの前に立って身を構えた。

「させるか!」

「ギヴ!?」

 ギヴはメアが聞いたことのない口調で叫び、ドアごと破壊するように飛び出す。とてつもない力だった。

「ぐぁっ……貴様……!」

 轟音と共に木製のドアが吹き飛び、現れた天使に狼男がのし掛かる。一瞬の出来事だった。

「ギヴさんは、喧嘩になるといつもああなるんだ」

「イレーズさんですら、止めることが出来ないからね」

「ギヴ……」

 普段タキシードを着ている優しい姿は見る影もない。メアはショックを受けたように、ギヴの後ろ姿を見た。普段の紳士的な姿からは想像もつかない、襲い掛かる動物となっていた。

「食い殺してやるっ!」

「そこをどけ狼! お前には用はない!」

「黙れ!」

 天使の数は三人。一人に噛みついたギヴに、もう一人の天使が止めようと引き剥がす。その隙に一人の天使が家の中に入ろうとしていた。玄関に入った天使は、中の住人に目を移す。

「この娘……何故こんなところに?」

「ど、どうしよ……」

 メアは天使と目が合った。すぐに天使が魔物に囲まれる少女を見つけ、驚きの声をあげた。行動にうつす前に、無言の男がメアと天使の間に立ち塞がる。

「……お前か! くそっ!」

 ソローは目の前に手を伸ばし、握った手をかざす。その周辺に黒いもやが集まり、大きな鎌が現れた。両手で構えるローブの男は、死神さながらの姿へと代わる。これがソローの武器だった。

「……」

 ソローが無言のままゆっくりと前へ出る。一歩ずつ進むその動作は、遅いというのに構えに隙が感じられない。得体の知れない恐ろしさを含んでいた。

「この……悪霊が!」

 叫び、天使が飛び掛かった。だが、それはすでに降り下ろされていた鎌の餌食となる。ソローは避けようとする天使を、的確に肩から胴体へと断った。

「う、ぐぁあ!」

「きゃ、やだ……!」

 メアは恐怖で悲鳴をあげた。咄嗟に顔を反らすと、天使の呻き声のような音が聞こえる。メアは僅かに、強く閉じた目を開く。

 断ち切られたはずの天使は息絶えておらず、うずくまって傷口を押さえていた。傷口からは血ではない何かを流している。僅かに輝く、青色の液体。メアには見覚えがあるものだった。

「あれは、魔力……」

 現実の物質で作られた武器が同じ物質を傷つけるように、魔力でつくられた武器は魔力に傷をつける。それが魔法の性質だった。

 天使がのそりと立ち上がり、飛び出すように家を出た。外で戦っていた二人の天使たちも逃げるように、撤退している。優勢になった、ギヴは次の獲物に飛び掛かった。

「待て。深追いするなギヴ」

 突然、ソローが制止した。だがギヴはそれを振り切り、天使へ飛び掛かる。頭に血が昇ったギヴには言葉が耳に入っていない。

「かかったな、狼が!」

 やがて、ギヴの絶叫が響いた。まるで感電したようにギヴの体は痙攣し、体がダメージを受けたように傷ついていく。

「ギヴ!大丈夫!?」

 ギヴの大きな体が崩れ落ちると、その攻撃は止まった。攻撃を止めたわけではなく、そこには天使による結界が張られていた。倒れたギヴは言葉も忘れたように何度も吠える。天使は獣に見向きもせず、メアたちの方を見ていた。

「とにかくあいつを狙え!」

 天使が標的を指を指す。

「……うせろ」

 視線を集めるローブ姿の男が天使たちを見据える。天使の背後で、ギヴが大きな声で吠えていた。

 ソローは三人の天使の前で鎌を下げる。降参か。そう見えた時、ソローは一気に正面の天使たちの元へ距離を詰めた。鎌を後方から一気に振り回す。長い一閃だった。

「チッ……」

 天使は、空中に浮遊していた。その体に、僅に届かない。大きな鎌は動作が遅く、反撃に対して無力だった。ソローがやった事と同じように、天使は手をかざす。光がソローの回りにまとわりついた。それはソローを囲う光の輪へと形を現す。

「ッ……」

「うそ、待って……!」

「あっ、メアさん!」

 天使がソローを捕らえたまま、空高く飛び上がった。メアは家から飛び出し、飛び立つ天使を見上げる。朝日の逆光で目が眩んだ。――もう誰も届かない。一同が思った時だった。

 突如、天使が避けるように身をよじらせる。何かが当たり、天使が作った光の輪は砕け散るように消え失せた。

「貴様ら、私の屋敷で何をしている」

「あがっ……」

 現れたのはこの館の自称主であるイレーズだった。空を舞うその背には、コウモリのような翼をはばかせている。腕を天使の方へ伸ばし手のひらを向けると、ソローを横に抱えた天使の首に、絡み付く蛇が現れていた。

イレーズが伸ばす手をぐっ、と握ると、天使は体の力が抜けたように抵抗をやめる。ソローの体が地面に落とされた。

「ぐっ……」

「貴様は地にでも這いつくばっていろ、ソロー」

イレーズは嘲笑うように吐き捨てる。メアは心配になり声をかけた。

「大丈夫ですか、ソローさん……」

「……」

 ソローはゆらりと立ち上がると、メアの後を追って出てきた双子に肩を抱えられる。

「そのボロ布と小娘を屋敷に入れてろ」

「はい」「分かりました」

 イレーズの指示で、メアは急いで双子の後に付いた。不安そうに空を飛ぶイレーズを見上げる。その堂々とした姿に、恐怖の感情などは一切感じられなかった。


「では、始めるか」

 イレーズは剣を引き抜き、向ける。人間の生き血を啜る種族である吸血鬼。体の構成が生き物とそう変わりがなく、銀も光も恐れる対象ではなかった。自慢の銀装飾が、きらりと朝日に照らされる。

「誰から死にたいか……かかってくるがよい」

 不敵に囁いた吸血鬼に天使が剣で斬りかかる。イレーズは空中で素早く身をかわした。天使の剣を軽く流し、一気に振り上げると天使の持っていた剣が空を舞った。

 驚いた天使に向かい、イレーズが指で撫でるように紋を描く。すると闇の魔法が螺旋を描きながら天使を包んだ。すぐに天使はのたうち回る。辺りは朝だというのに、どす黒い闇の霧に覆われていった。一人で三人の天使を追い詰めている。それはメアが敵である天使を心配するほど圧倒的な力だった。

「さて……」

 天使たちが向かってこなくなると、イレーズが下方を見下す。地上には、まだ天使に牙を剥いて息を荒げる一匹の獣がいた。

 吸血鬼が掌を向けると、狼を覆う結界はガラスにひびが入るように亀裂が走る。そして結界へ剣を突き立てた途端、派手な音と共に粉々に崩れ落ちた。

「さっさと家に帰れ」

 ギヴは、ガルルと唸り声をあげる。そして言葉を聞けなかったように、まだ吠え続ける。

「まったく、これだからケダモノは」

 イレーズは同じように飛ぶ天使に向き直る。剣先は下げたままだった。天使を苦しめていた闇の霧が、少しずつ晴れていく。

「さて。私は貴様ら天使の大軍を敵に回すほど、暇ではない。ここは話し合いで済まそうではないか」

「くっ……言っておくが、先に話し合いで済まそうとしたのは我々の方だからな」

 イレーズが、ピクリと眉をひそめる。下方のギヴを睨み付けた。

「ギヴ、貴様から手を出したのか」

「当たり前だっ!」

「…………この不躾な犬が」

 イレーズの静かな声は、怒気を含んでいた。重力まかせに着地すると、狼の首に首輪を作った。ギヴを家の中に引き入れる。そして乱暴な音を立てて玄関の扉を閉じた。

――――

「クソッ! 俺とソロー、イレーズで充分勝てたってのに! 天使ごときに負けねぇだろ!」

 メアの目の前にいるギヴは、昨日とはまるで別人のようだった。ゼェゼェと激しく息切れをし、興奮しきっている。

「中途半端で帰すんじゃねぇ!目を付けられるぞ!」

 ソローが鎌を構え直す。返事がないが、賛成のようだった。

「ダメだ。一度天使のやつらを屋敷に案内しろ」

「何故だ!」

「相手の目的も分からん。話も聞かずにいきなり襲いかかる馬鹿がどこにいる」

 ギヴは反論せずに食い下がる。やがて静かになっていった。昨日見たギヴの雰囲気が少し戻っていく。

 メアはイレーズを見上げる。先ほどのイレーズの指示は的確に見えた。そこには魔物のリーダーとしての権力の強さ、そして理性が感じられた。

挿絵(By みてみん)

(もしかして、イレーズさんって結構人格者なのかも)

「で、誰が行くか……」

 イレーズは双子を見る。そして、メアと目が合った。まずい! と思った時にはすでに遅く、淡々とした言葉が続けられていた。

「そこの小娘。仕事始めのお前がやるか」

「そんなっ……代表ならイレーズさんがやればいいのでは?」

「私は手を出した。道理に合わない。お前が代表して行けばよい」

 あんまりな言い草だった。反論しようとした時、ふと昨日の言葉がメアの脳裏に過った。この館の仲間として、やっていけない。――仲間が欲しい。

 メアは口をつぐむ。静かに、強く握った手をほどいた。そして諦めたように笑った。

「あたしなんかに、できるかな」

 メアは寂しげに笑うと、無抵抗のまま外に出た。ドアを閉めた時、僅かにイレーズの表情が崩れていた気がした。


――――


 メアが家を出ると、外には怪我で立ち上がれない天使たちかいた。その体の皮膚は、火傷のような跡を残している。メアに対して一瞬だけ身構えるが、すぐに警戒が解かれる。どうみても魔物ではないからだ。

「その……ごめん、なさい……」

 少女がぺこり、と頭を下げる。突然の事態に天使たちは互いの顔を見合わせ合う。そして、困惑したように口を開いた。

「我々はただ、館の浄化に来ただけだったんだよ」

 悪事を働きに来たわけではなく、むしろ善行をしに来てくれていた。メアは心から申し訳なく思った。

「ご用があるのでしたら、ご自由にお入り下さい」


――――


 メアの後から、天使がついてくる。屋敷に不浄な力があり、その原因を浄化したいらしい。メアは丁寧に案内しようと務めた。天使三人が屋敷に入り、イレーズが鍵を締める。その途端、大きな物音がした。

「もういいぞ。やれ。ギヴ、ソロー」

「は?」

 その場にいた全員が動揺の声を漏らした。何が起きているか分からない。それは天使もこちらも同じだった。イレーズが一人の蹴りを入れて吹き飛ばす。そして嘲笑うように一笑した。

「フン。屋敷の浄化だと?笑わせるな。いくぞ」

「お、おう!」

 ギヴが困惑したように返事をして、天使たちへ追い討ちをかける。だが天使も無抵抗でやられる訳ではなかった。抵抗する天使にのし掛かったギヴが、喉笛に噛みつこうとする。

「殺すな。ギリギリのところで生かしておけ」

「何故だ?」

「これはいい見せしめになる。我が館に近づくとこうなる、とな」

「チッ、面倒な事だ」


「…………ひどい」

 メアの口からポロリとこぼれる。非道な戦い方が、その目に焼き付けられた。メアの言葉を聞いたイレーズが振り向き様にメアを見た。

「メア。貴様もやるか?」

「いやだよ!」

 メアも今度ばかりは強く反論する。天使がボロボロになった頃、獲物の三人を玄関から放り出して、一難は去った。メアはふと、イレーズに初めてきちんと名前を呼ばれた事を思い出した。


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