開かずの間
メアが館に来てから一週間が経った。仕事の内容は召し使いのようなもので、簡単な家事や館での生活にも慣れ始めていた。いつもの挨拶を交わしているうちに、魔物や喋る狼などにも違和感を感じない。この日も街灯頭の二人と掃除を済ましたところだった。
双子のレストとフラットは、この家の世話役でもありメアの先輩だった。今日は主であるイレーズの指示で客を出迎えたらしい。メアはまだ屋敷の客がどんな人なのかも知らないが、仕事が慣れたら後々任せられるらしい。
仕事の合間。休憩時間にメアが廊下を歩いていると、レストとフラットが、一つの部屋の前に集まっていた。二人で部屋の隙間を覗き込むように屈み込み、メアにも気付かず釘付けになっている。普段の礼儀正しい姿を消し、子供っぽさが現れていた。
「何かあったんですか?」
「わっ!」
「メアさん、いたんだね」
二人が驚いて一斉にメアの方を見る。夢中になっていたようでメアはくすっと笑った。
「メアさん、ここの部屋って中に何があったか知ってるかな?」
言いながら一室を指さす。メアはその部屋の事を思い出そうとした。二階にある、西の部屋。確かにメアがいたときにあった部屋だった。
「さぁ……ちょっと覚えてないかも」
だが自分の家だったというのに、メアには覚えがなかった。もう何年も放置されている部屋。存在すらもメアにとって風化しかかっていた。
「そうですか」
「何か用事でも?」
「実はこの部屋だけ開かなくて。鍵が掛かってるみたいなんだ」
レストは扉を開けようとしてガチャッと鳴らす。双子は中の部屋について興味津々といった言い方だった。メアはうろ覚えの記憶を甦らせようと考え込む。
「うーん……やっぱり思い出せないかなぁ」
「もしかして中に何かあるのかな。鍵を掛けたままだなんて」
「レスト、探してみようか」
「うん。宝探しみたいで面白そうだね」
二人が家中の鍵を探そうとする背後で、メアは頭を悩ませていた。この部屋の事を考えると、不思議と頭にもやがかかるような感覚に襲われる。思い出せないのではなく、まるで思い出すなと言うかのようだった。
「そこで何をしている」
突然聞こえた強い口調に、三人は同時に肩がビクリと反応して振り返る。廊下には、いつも通り強面の主イレーズがいた。
「あっ、イレーズ様……すみません」
「今は休憩なので、部屋に戻ります」
「質問に答えろ。何をしていると聞いたんだ」
街灯頭の双子があたふたした仕草を止めて硬直する。館の主はやけに威圧的だった。メアは何故怒られているのかも分からず、不安げにイレーズの方を見上げた。
「私は三日前に、この部屋に興味を持つなと言ったのだ。何度も同じことを言わせるな」
「かしこまりました……」
「メア。お前もだ」
「あっ、はい」
「いい事だ。部下は、こう従順でなければな」
イレーズは鼻で笑う。素直に従う三人に満足したのか、颯爽と横を過ぎ去っていった。疑問を持ったメアはその姿を見送るとすぐに口を開いた。
「何でこの部屋に興味を持っちゃダメなの?」
「……気になるよね」
「そうだね。何の説明もないし、開けろと言わんばかりって感じ」
主をやり過ごしたように、メアの質問で会話は元に戻る。三人は聞かれないよう小声になり、こそこそと輪を作った。
「えっと……ドアを壊すの?」
「あはは。そこまでしたらもう屋敷にいられなくなってしまうよ」
「部屋の鍵を手分けして探そうか」
――――
屋敷は広いが、鍵を置く場所となると限定される。そして捨てたという事もないだろうと話で結論が出た。双子の兄レストは誰かが持っていると推測して探し始めていた。
「こんにちは、ソロー様」
レストは数回ノックした後、挨拶をする。少しするとドアが僅に開いた。
「なんだ」
「ちょっと探し物があるのですが」
扉が大きく開いてレストは部屋へ招かれる。普段は入らないソローの部屋に、きょろきょろと辺りを見渡した。陰鬱なカーテンや埃っぽい戸棚は、屋敷に来た時から変わっていなかった。
「二階の西にある部屋の鍵って知りませんか?」
「鍵など、何に使うんだ」
ソローは椅子に腰掛け、レストを見て問いかける。普段の冷たい人当たりとは相反して、街灯頭の双子への声色は穏やかなものだった。
「あの部屋の中に何があるのか気になるんです」
「そうか」
短く返事をして、ソローは考え込む。少し部屋を見渡してから言葉を返した。
「……俺には分からんな」
「分かりました。すみません、お忙しいところ」
返事をもらうと、レストは挨拶をして部屋を後にした。歩きながらどこにあるかを考える。有力な場所は、一番恐ろしい主の部屋だ。そう思うとと恐ろしくて到底立ち寄れなかった。
――――
双子の弟であるフラットは、館の戸棚中から見覚えのない鍵を探していた。大広間や書斎などの隠れたところにあるのではないかと考えて部屋を巡っていた。
(他の人たちにはレストが聞くだろうし……って、まずい)
フラットは倉庫から出ようとドアを開けた時、誰かの気配を感じて咄嗟に部屋の中へ戻る。廊下には狼男のギヴがいた。人気のない場所で偶然会ってしまったうえ、秘密の探し物をしている。急にフラットは後ろめたさを感じて、外に出られなくなってしまった。
「レストか? フラットか?」
「ひっ……」
フラットの肩がビクッと震える。ギヴは狼という種族柄、鼻がいいらしい。どこに誰がいるのかも感知してしまうのだろう。そうとは分かりながらもフラットは隠れながら静かに呼吸をして、このまま過ぎ去ってくれないかと願った。
「どうしたんだ、こんな所で」
「……え、えっと」
隠れるフラットの頭上から声が掛けられる。見ると、開いたドアの外からギヴが覗きこんでいた。動揺するフラットを前に、ギヴは僅に笑顔で話しかける。その気さくな雰囲気に、フラットは誘導されるように答えた。
「鍵を、探していたんです」
「ハッ、なんだい。こそこそ隠れてたからどうしたのかと思ったぜ」
笑ったギヴは、スンスンと鼻を鳴らしてフラットのいる部屋に入った。大きな引き出しを開けたかと思うと、奥に手を伸ばす。そしてジャラジャラと音を立てて、見つめるフラットに手を差し出した。
「ほらよ。鍵ならなんでもいいのかい?」
フラットは目の前に、いくかの鍵が留まった輪が差し出されている。快く協力してくれた狼に、何も隠れる必要がなかったのだと胸を撫で下ろした。
「あ……ありがとうございます」
――――
メアは廊下を歩き、開かないの部屋について考えていた。かつてこの館に住んでいたというのに、記憶がない。不思議だと思った。
(なんで、思い出せないんだろ)
もう一度、鍵の場所を思い返す。メアの両親が鍵をどこかに持っていったか。もしくはイレーズが持っているのではないか。それでもメアは、自分に心当たりがある限りの鍵を探してみた。鍵を集めた机の引き出しや、クローゼットに隠れた鍵置き。二人の言ってた通り、あたかも探険のようで楽しく感じられた。メアは箱の鍵入れに手を伸ばした。
「あれ、そういえばあの部屋って……」
ふと、メアの脳裏に一つの記憶が甦った。
――――
「で、各自鍵を持ってきたね」
三人は開かない部屋の前に集合していた。鍵を入れようと試す二人の奥で、メアは呟いた。
「これって……」
メアが、恐る恐る指をさす。
「鍵穴じゃないんじゃないかな?」
よく見ると、その穴は僅かにドアノブの斜め下方にある。そして同じような穴は複数ついていた。遠目から見ると装飾の一部に過ぎなかった。あまりにもしょうがない結果に、三人は脱力したように座り込んだ。
「はぁ……せっかく鍵を集めたのにね」
「取り越し苦労って感じ」
双子が口々に言う。だが、メアにはある考えについて心当たりがあった。
「これって、中から鍵が掛かるドア……だよね」
メアの言葉の後、静かな恐ろしさが訪れた。双子が目の前のドアに僅に構える。
「まさか、中に誰かが?」
「でも、もう何年もこのままだって言ってたよね」
「え。じゃあ……」
外から掛けた訳ではない鍵の部屋。そこから導かれる恐ろしい答えを、メアが口にしようとした時だった。
「レスト、フラット……そしてメア。お前たちは私の言い付けを聞けなかったようだな」
地を這うような低い声。双子が同時に振り返り、メアも続く。その顔を見て、三人は更なる恐怖に突き落とされた。背後に立っていたのは、館の主であるイレーズだった。
「い、イレーズ様!?」
「そんなに暇だったのか。ならば新しい仕事を与えてやろう」
主は淡々とした口調で語る。双子が身を寄せ合った。
「お前たちは戦えないというから雑務を任せていたというのに、過保護にし過ぎたか」
「も、申し訳ございません……」
イレーズが両手を地へかざし、何かを唱える。恐怖に戦慄く三人の前で、地に黒い闇がうごめき始めた。やがてどこからともなく唸るような鳴き声が聞こえ始める。メアは恐怖でイレーズの近くに寄ろうとした。だが、足元の何かに恐れ、立ち往生してしまう。
「何の音なの!?」
「お前たちの新しいペットだ。これから世話をしてもらうぞ」
メアを前に、イレーズは愉快そうに口端を釣り上げた。蠢いていた黒が徐々に形を現す。出来上がったそれは、メアと背丈か同じほどの大きな犬だった。頭が三つあり、ただの動物と呼べない生物。各々が唸り、鼻息を荒げていた。
「こいつは肉食で、用途は害のある生き物の駆除となっている。危険と指定されている高等な魔法生物だ」
「いっ……」
「どうだ、少しは楽しめそうか」
「や、やめて下さい!」
「退屈しのぎにはなるだろう」
「でも僕たちは……」
三人が困惑して禍々しい犬を見つめる。狂暴そうな猛獣を前に、誰もが戦う事ができず、大人しくさせる術を持たなかった。巨大な黒い犬に一歩、一歩と近付かれる。恐怖に押し潰され、三人は悲鳴をあげながら同時に駆け出し、一気に逃げた。その瞬間、猛獣は襲い掛かった。
「うわっ……!」
「フラット!」
一番後ろを逃げていた街灯頭のフラットが、服の背中部分を噛みつかれる。兄のレストが慌てて引き剥がそうとすると、もう一つの頭がレストの腕にも噛みついた。メアは恐ろしい生物を前に手足が震え鼓動がずっと早まった。
「いたた!」
「お願いです!助けて下さい、イレーズ様!」
「い、イレーズさん……お願い」
魔法生物を前にどうする事もできず、三人はイレーズに必死で懇願した。声を受けて、イレーズはゆっくりとした口調で話し出した。
「では、お前たちは今後も雑務をこなすか」
「もちろんです、イレーズ様……」
「そうか……ははは、可愛いやつらめ」
イレーズは満足したように笑う。そして右手の人指し指を立てると、魔法生物が溶けるように消えていった。助かった。そう思いながら安堵する三人を尻目に、館の主は軽快に背を向けて去っていった。
――――
三人で吸血鬼の背中を見送ると、レストが大きくため息をついた。
「……僕たちはイレーズさん嫌いだけどね」
「そうなの?」
「えぇ。何だかんだで体育会系たからね。あの人」
「礼儀とか形式とか。うっとうしくてほんと嫌い」
「……あ、はは、そうなんだ」
屋敷が閉鎖的なせいもあり、二人にも色々と思うところがあるのだろう。メアは双子の悪い部分を見てしまったような気がして僅に困惑した。
「でも、今更離れる訳にもいかないし」
「何だかんだで寂しいからね」
「少し、分かるなぁ」
顔を見合わせるように双子が話し合う。懲りずに言い合う姿はやはりメアよりも年下なのだと感じさせた。普段の低姿勢さはイレーズが厳しく教えつけた成果なのだろう。メアは、二度とこんな目に合わないように、より礼儀正しくしようと決心した。




