報告
王宮へ戻る道は行く時より静かだった。
正確にはアデリアが静かだった。
馬車の窓辺に顎を乗せたまま外だけを見つめていた。
向かいにはミレイユが座っていた。
ローウェンとテオは外で馬に乗ってついてきていた。
しばし沈黙が続いた。
結局先に口を開いたのはミレイユだった。
「殿下。」
「うん。」
「何を考えていらっしゃいますか。」
「どうすれば報告を短く終わらせられるかな。」
ミレイユは予想していたというように頷いた。
「不可能だと思います。」
アデリアが窓の外から視線を外した。
「なんで?」
「今日なさったことを考えてみてください。」
「人間を一人呼んだだけ。」
「王都のど真ん中でです。」
「戻ったじゃない。」
「数十人が見ました。」
「誰も私が誰か知らないのに。」
「王室近衛隊が同行しました。」
アデリアの表情が少し強張った。
ミレイユが付け加えた。
「警備隊も見ました。」
「知ってる。」
「殿下は直接戦われましたし。」
「それはあまり重要なことじゃないでしょう。」
ミレイユがアデリアを見た。
「陛下は違うようにお考えになると思います。」
アデリアは再び窓の外に視線を戻した。
「面倒だな。」
ミレイユはあえて答えなかった。
王宮に到着するとすぐ、アデリアは自分の部屋へ戻ることができなかった。
待っていた侍従が言った。
「第二王女殿下。」
アデリアはすでに不吉な予感がしていた。
「陛下がお呼びです。」
やはり。
「今?」
「はい。」
アデリアがミレイユを見た。
ミレイユは静かに視線をそらした。
さっき聞いた言葉が思い浮かんだ。
『不可能だと思います。』
アデリアが小さくため息をついた。
「どこにいるの?」
「小執務室にいらっしゃいます。」
「わかった。」
逃げるつもりはなかった。
そうすればもっと面倒になるだけだから。
国王エドガール・ローゼンハルトの小執務室は大きくなかった。
国政を処理する大執務室と違い、近しい家族や側近と話をする時に主に使う場所だった。
アデリアが入るとまず国王が見えた。
机の後ろに座っていた。
その横のソファには王妃エレオノラがいた。
アデリアは一瞬止まった。
『母上まで。』
静かに頭を下げた。
「お父様。」
エドガールが書類から目を上げた。
「座れ。」
普段とそう変わらない声だった。
だからこそ判断が難しかった。
アデリアが向かいの椅子に座った。
ミレイユとローウェンは少し後ろに立った。
テオは外に残った。
しばしの沈黙。
エドガールが先に言った。
「楽しかったか?」
アデリアが目を瞬かせた。
「王都見物のことですか?」
「そうだ。」
「はい。」
「それは何よりだ。」
声は依然として穏やかだった。
アデリアにはあまり何よりとは聞こえなかった。
王妃エレオノラがカップを置きながら言った。
「エドガール。」
「何だ?」
「あの子をあまり追い詰めないで。」
「まだ何もしていない。」
「だからもっと怖いのです。」
アデリアは静かに母を見た。
助けられた感じはしなかった。
エドガールが再びアデリアを見た。
「説明してみろ。」
「どこからですか?」
「最初から。」
やはり短く終わりそうになかった。
アデリアはしばらく考えを整理した。
「成人の儀が終わった夜に固有権能が生まれました。」
エドガールの目つきが変わった。
王妃も姿勢を正した。
「固有権能?」
「はい。」
「なぜすぐ報告しなかった?」
アデリアは正直に答えた。
「面倒になりそうだったので。」
部屋の中が静かになった。
ローウェンがごくわずかに目を閉じた。
ミレイユは何の表情もなかった。
エドガールが聞いた。
「面倒になりそうだったから?」
「魔法使いを呼んで、神官を呼んで、学者を呼んで、一日中あれこれ聞かれそうだったので。」
エレオノラが片手で額を押さえた。
「アデリア。」
「間違ってますか?」
誰もすぐには答えなかった。
アデリアはその沈黙を肯定と受け取った。
「だから先にどんな能力か確認してから報告しようと思いました。」
エドガールが指で机を叩いた。
「その結果が今日のことか?」
「はい。」
「権能の名前は?」
アデリアが答えた。
「人間召喚。」
指が止まった。
「もう一度言ってみろ。」
「人間召喚です。」
エレオノラも驚いた顔だった。
「人間を……呼ぶと?」
「はい。」
「どこから?」
「それはまだわかりません。」
エドガールが眉間を少し狭めた。
「今日現れたという男は?」
「田中隼人。」
「どこの国の人間だ?」
「日本。」
「そんな国はない。」
「私もそう言いました。」
「大陸は?」
「アジア。」
今度もエドガールはすぐに言った。
「初めて聞くな。」
「私もです。」
国王の表情からさっきまで残っていた父の気配が消えた。
代わりに王の顔が現れた。
「正確に話してみろ。」
アデリアは田中隼人から聞いた内容を簡単に説明した。
日本。
東京。
地球。
アジア。
そして隼人もローゼンハルトとアルカディアという名前を全く知らなかったことまで。
説明が終わった時、エドガールはすぐには言わなかった。
王妃が先に聞いた。
「本当に別の世界から来た人間だと思うのかい?」
アデリアが肩をすくめた。
「わかりません。」
「だが可能性はあると見ているのだね。」
「少なくとも同じ大陸から来たようには見えませんでした。」
アデリアがしばらく考えてから付け加えた。
「それに持っていた物が変でした。」
「物?」
「携帯電話と言っていました。」
エドガールがアデリアを見た。
「何をする物だ?」
「遠くにいる人間と話もして。」
アデリアが指を一本立てた。
「絵を一瞬で作って。」
もう一つ。
「文字も保存して。」
もう一つ。
「時間も教えてくれて。」
しばし止まった。
「とにかくいろいろやってるようでした。」
エレオノラが聞いた。
「魔道具だったの?」
「隼人はそうじゃないと言いました。」
「魔力は感じましたか?」
エドガールの質問はローウェンに向けられた。
ローウェンが答えた。
「私が感じられる範囲ではありませんでした。」
「召喚された男本人にも?」
「特別な魔力反応は感じませんでした。」
エドガールの指が再び動いた。
トン。
トン。
机を叩いた。
「その男は今どこにいる?」
「戻りました。」
「戻った?」
「三時間経ったら消えました。」
アデリアが説明した。
「ステータスウィンドウには帰還が完了したと出ました。」
エドガールが目を細めた。
「ステータスウィンドウ?」
「私だけが見られる文字があります。」
「最初からあったのか?」
「はい。」
「そこに何が表示される?」
アデリアはしばらく考えた。
「権能の名前とレベル。」
「レベル?」
「Lv.1と出ます。」
「それはどういう意味だ?」
「わかりません。」
エドガールの表情がほんの少し変わった。
アデリアが先に言った。
「私もそれから知りたいのに説明がないんです。」
「他には?」
「条件スロットが一つ。」
「条件?」
「どんな人間を呼ぶか条件を一つ決められます。」
今度は王妃が聞いた。
「今日はどんな条件を決めたの?」
アデリアが答えた。
「戦いが上手い人間。」
部屋の中が再び静かになった。
エドガールがゆっくりローウェンを見た。
「それで?」
ローウェンが短く答えた。
「実際に熟練していました。」
「どの程度だった?」
「一般的なならず者二人を難なく制圧しました。」
「騎士並みか?」
「そこまではありません。」
アデリアが割り込んだ。
「それでも私よりずっと上手でしたよ。」
エドガールの視線がすぐにアデリアに向かった。
「その話が出たから聞こう。」
アデリアは非常に嫌な予感がした。
「なぜ直接戦った?」
やはり。
「試すためです。」
「何を?」
「召喚を。」
「召喚を試すのになぜお前が直接戦わなければならない?」
アデリアはしばらく考えた。
「四人だったから?」
王妃が目を閉じた。
エドガールの指が止まった。
「アデリア。」
「はい。」
「私は今数を聞いているのではない。」
「わかってます。」
アデリアが姿勢を少し正した。
「ローウェンがあの四人は訓練された兵士より弱いと言いました。」
エドガールの視線がローウェンに向かった。
ローウェンがすぐに答えた。
「そう申し上げました。」
「それで?」
「二人の護衛が後ろにいました。」
アデリアは淡々と言った。
「危険になったらすぐ介入しろと言っておきました。」
「なら最初から護衛に任せればよかっただろう。」
「それだと私がどれだけできるかわからないでしょう。」
エドガールがしばし言葉を止めた。
「自分の能力を確認しようとしたということか?」
「それもあるし。」
アデリアがしばらく考えた。
「召喚された人間がどの程度か比較もしてみたかったんです。」
今度はローウェンが目を閉じた。
エドガールがしばらく娘を見つめた。
そして長く息を吐いた。
「お前が頭の悪い子ではないという事実が、時々もっと心配になるな。」
アデリアが首を傾げた。
「褒め言葉ですか?」
「違う。」
「そう思ってました。」
王妃がついに笑いを漏らした。
エドガールが妻を見た。
エレオノラは口元を隠しながら言った。
「ごめんなさい。」
全く申し訳なさそうに見えなかった。
報告はそれで終わらなかった。
エドガールは一つずつ確認した。
召喚に時間がかかったこと。
田中隼人がアデリアの命令に従わなかったこと。
互いに違う言語を使うのに会話が可能だったこと。
隼人がローゼン語の文字を読めたこと。
三時間の維持時間。
そして――
一度使うと再び召喚するまで一週間かかるということ。
エドガールが聞いた。
「正確に七日か?」
「ステータスウィンドウにはそう出ました。」
「使うたびに同じかは?」
「まだわかりません。」
「召喚された人間はお前の命令に必ずしも従わない。」
「はい。」
「敵対する可能性もあるということだな。」
「そうかもしれません。」
「それでも再び使うつもりか?」
アデリアが不思議そうに父を見た。
「当然です。」
今度はエドガールが少し驚いたようだった。
「なぜ当然なんだ?」
「固有権能ですから。」
アデリアはあまりにも自然に答えた。
「使えるのに使わない理由がありますか?」
エドガールは答えなかった。
アデリアが付け加えた。
「もちろん今日みたいにはしません。」
「それは当然のことだ。」
「人のいない所でやります。」
「それだけでは十分でない。」
アデリアの表情が強張った。
やはりここで問題が生じた。
エドガールが言った。
「次の召喚は王宮内で行う。」
「嫌です。」
即答だった。
王妃の眉が上がった。
エドガールも一瞬止まった。
「理由は?」
「それだと人間がたくさん押し寄せるでしょう。」
「当然だ。」
「だから嫌です。」
「お前の好き嫌いの問題ではない。」
アデリアの口角が下がった。
エドガールは無視した。
「どこに現れるかわからない人間を王女一人の勝手に召喚させるわけにはいかない。」
「今日も一人じゃなかったですけど。」
「その言葉で今日のことを正当化しようとするな。」
今度はアデリアも口をつぐんだ。
エドガールが続けた。
「召喚場所は王宮訓練場のうち一つを空ける。」
アデリアがちらりと顔を上げた。
「人は?」
「最小限にする。」
「どれくらい?」
「私。」
「お父様が直接ですか?」
「問題があるか?」
多かった。
アデリアは心の中でだけ答えた。
エドガールが続けて言った。
「王室魔法使い一人。」
アデリアの顔がすぐに強張った。
「もう嫌なんですけど。」
「近衛騎士。」
「ローウェンでいいでしょう。」
「ローウェンを含めて二人。」
「一人。」
「二人。」
アデリアとエドガールの視線が合った。
しばらくしてアデリアが先に諦めた。
「……わかりました。」
「そして記録官。」
「それはなぜです?」
「今日お前が説明したように、毎回『わからない』と答えさせるわけにはいかないからだ。」
アデリアの表情が少し痛いところを突かれた様子だった。
「私がわざとわからないわけじゃないのに。」
「だから記録しようというのだ。」
論理的に間違った言葉ではなかった。
それがもっと嫌だった。
「他にもありますか?」
「ある。」
アデリアの表情がさらに暗くなった。
エドガールが言った。
「今後、召喚前に条件を私に報告しろ。」
「それはなぜです?」
「一週間に一度しか使えない権能ならなおさらだ。」
アデリアの目が少し細くなった。
エドガールが続けた。
「一度の召喚をどんな条件にでも使ってしまうわけにはいかない。」
アデリアは反論しようとして止まった。
気分は悪かったが。
さっき自分も似たようなことを考えていた。
一度使うと七日。
思ったより長い時間だった。
条件を一つ間違えれば再び試すのに一週間待たなければならない。
エドガールが言った。
「お前が何を呼び出すつもりか、事前に知っておかねばならない。」
「私の権能ですけど。」
「お前はこの王国の王女だ。」
今度はアデリアもすぐには答えなかった。
エドガールの声は依然として落ち着いていた。
「そしてその権能が本当にお前の説明通りならば。」
しばしの沈黙。
「お前一人だけのことでは終わらないだろう。」
アデリアはその言葉があまり好きではなかった。
自分に生まれた能力なのに。
もう他の人間が使い方に関わってきている。
しかし今は反論しなかった。
王都であまりにも多くの人間が見た。
少なくとも当分は父の言葉に従う方が面倒が少なかった。
アデリアが聞いた。
「じゃあ一週間後にはまたやってもいいですか?」
「再使用可能になった後なら。」
アデリアの表情が少し和らいだ。
「条件も私が決めて?」
「先に報告した後に。」
再び強張った。
それでも使うことはできる。
それくらいなら一応良しとした。
話が終わった後。
アデリアは自分の部屋へ戻った。
ドアが閉まるとすぐベッドに身を投げた。
「疲れた。」
ミレイユが後について入ってきた。
「殿下ご自身が招いたことです。」
「知ってる。」
「では次からは――」
「ミレイユ。」
「はい。」
「今日は説教はもう終わり。」
ミレイユはしばらくアデリアを見つめてから頭を下げた。
「かしこまりました。」
アデリアは枕に顔を埋めた。
しばらくそのままでいた。
そして少しだけ顔を上げた。
ステータスウィンドウを開いた。
[固有権能 : 人間召喚 Lv.1]
[条件スロット : 1]
[再使用可能まで : 6日19:12:44]
アデリアは数字をしばらく見つめた。
まだほぼ一週間。
思ったより長かった。
今すぐ再び試したくても方法がなかった。
「……長すぎる。」
アデリアがつぶやいた。
しかし一つだけ変わったことがあった。
一日に一度なら、あまり考えずいろいろな条件を試すこともできただろう。
一週間に一度なら話が違う。
一度使うたびに何を確認するか決めなければならない。
アデリアはベッドの上で体を返した。
天井を見つめた。
次はどんな人間を呼ぼうか。
戦いが上手い人間は確認した。
条件は一つしか入れられない。
それなら今度は別のことを試してみることもできる。
強い人間。
賢い人間。
魔法が上手い人間。
いや。
魔法という条件が田中隼人が住んでいた世界でも通じるかはわからない。
それより――
今日見たことを思い出した。
田中隼人が持っていた携帯電話。
一瞬で作られた写真。
夜を照らすという電気。
自分が全く知らないことを当然のように知っていた人間。
アデリアの目つきが少しずつ明るくなった。
戦いだけを確認する必要はなかった。
人間には戦う能力の他にも数多くの能力がある。
そして自分の権能は――
その中から一つを選んで呼び出せる。
アデリアはしばらくステータスウィンドウを見つめた。
6日19:11:57
数字はゆっくりと減っていった。
アデリアが枕に顔を埋めた。
「……長い。」
第9話です。




