↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/16

帰った人間

00:29:40


数字は減り続けていた。


田中隼人はしばらく何も言わなかった。


さっきまでは気になることが多かった。


魔法は本当に存在するのか。


王国の外にはどんな国々があるのか。


ここの人々はどうやって暮らしているのか。


しかし残り時間が三十分を切ってからは、そういったことが急にどうでもよくなったようだった。


隼人が携帯電話の画面をつけた。


しばらく見つめてからまた消した。


アデリアが聞いた。


「なんでずっとそれ見てるの?」


「時間を確認してます。」


「私が教えてあげてるでしょう。」


「その時間じゃなくて。」


隼人が携帯電話を少し持ち上げて見せた。


「俺がいた場所の時間。」


アデリアが首を傾げた。


「今見てもわかることはないでしょう。」


「戻ったら比較できるので。」


その言葉にアデリアの目つきが動いた。


それはなかなか良い考えだった。


「召喚される直前の時間、覚えてる?」


「大体は。」


「何時だったの?」


隼人が画面を確認した。


「午後三時十七分くらい。」


アデリアが頷いた。


「覚えておいて。」


隼人がふっと笑った。


「それは俺が言うべき言葉な気がしますが。」


「なんで?」


「戻るのは俺ですから。」


アデリアがしばらく口をつぐんだ。


正しい言葉だった。


ただ問題が一つあった。


隼人が戻って何を確認しても、再び会えなければ自分は結果を知ることができない。


「また会えたら聞けばいいね。」


隼人が彼女を見た。


「俺をまた呼ぶこともできるんですか?」


「わからない。」


隼人はしばらく沈黙した。


そして頷いた。


「もうその答えにも慣れてきましたね。」


アデリアの眉が少し上がった。


この人間はいつの間にか自分の答え方に適応したようだった。


少し気に入らなかった。


残り時間は減り続けた。


十五分。


十分。


そして――


[残り時間 : 00:05:00]


「五分。」


隼人の手が止まった。


「正確にですか?」


「うん。」


部屋にいた全員の視線が彼に向かった。


ミレイユも。


ローウェンも。


テオも。


人間が現れる光景は見た。


しかし戻る瞬間は誰も見たことがなかった。


隼人が立ち上がった。


アデリアが聞いた。


「なんで立つの?」


「別に。」


隼人が自分の腕と脚を一度見下ろした。


「座ったまま急に消えるのはちょっと変な気がして。」


「立ったまま消えるのは変じゃないの?」


隼人はしばらく考えた。


「それは少しマシな気がします。」


アデリアは理解できなかったが、あえて突っ込まなかった。


隼人はポケットを確認した。


携帯電話。


財布。


鍵。


自分が元々持っていた物だった。


そしてふと顔を上げた。


「ここの物を持って帰ったらどうなるんですか?」


アデリアの目つきが動いた。


それは自分も気になった。


「確認してみましょう。」


テオがポケットを探った。


小さな銅貨を一枚取り出した。


「これを使ってみますか?」


ローウェンが彼を見た。


「なぜお前の金を出すんだ?」


「銅貨一枚ですから。」


「それでもお前の金だ。」


テオが肩をすくめた。


「戻ってきたら返してもらえばいいでしょう。」


隼人が笑った。


「戻れなかったら?」


テオが一瞬止まった。


「……その時は差し上げます。」


隼人が笑いながら銅貨を受け取った。


アデリアが言った。


「ポケットに入れて。」


「はい。」


隼人が銅貨を入れた。


「これを持っていくか見ればいいんですか?」


「うん。」


「本当に記念品目的じゃなくて?」


「実験です。」


隼人が首を振った。


「やっぱり。」


[残り時間 : 00:01:00]


「一分。」


今度は隼人の表情も完全に真剣になった。


本当に戻るのか。


どこへ戻るのか。


そこでは時間がどれくらい経っているのか。


誰にもわからなかった。


隼人は携帯電話を手に握った。


そしてしばらく悩んでからカメラをつけた。


アデリアが聞いた。


「何してるの?」


「写真を一枚残そうと思って。」


「なんで?」


「戻ってこれが残っていたら証拠になるじゃないですか。」


隼人が携帯電話を持ち上げた。


画面の中にアデリアとミレイユ、後ろに立つローウェンとテオが入った。


カシャ。


小さな音がした。


アデリアの眉が上がった。


「許可してないのに。」


「もう来られないかもしれないので。」


隼人が写真を確認した。


「俺が別の世界に行ってきたって言っても誰が信じますか。」


アデリアも画面を覗き込んだ。


さっきと同じ部屋。


その中にいる自分たちがそのまま写っていた。


「これも確認になるね。」


「そうですね。」


「時間、写真、硬貨。」


「はい。」


アデリアが頷いた。


確認すべきことが三つに増えた。


[残り時間 : 00:00:30]


部屋の中が少しずつ静かになった。


隼人が一度息を吐いた。


「もう本当に残り少ないですね。」


「うん。」


「最後に一つだけ聞いてもいいですか?」


「何?」


隼人がアデリアを見た。


「なんで人間を召喚しようとしたんですか?」


戦いが上手い人間という条件をつけたことはもう話した。


しかし隼人が聞いているのはそれより前の話のようだった。


なぜわざわざ人間を呼んでみようとしたのか。


アデリアはしばらく考えた。


答えは簡単だった。


「できるか気になったから。」


隼人が止まった。


「……それが全部ですか?」


「うん。」


数秒後、隼人が力なく笑った。


「本当に王女様らしいですね。」


アデリアの目が細くなった。


「それどういう意味?」


「良い意味だと思っておきましょう。」


「あんまり良い意味じゃなさそうだけど。」


隼人は答えなかった。


00:00:10


アデリアの視線が数字に固定された。


「十秒。」


隼人も口をつぐんだ。


九。


八。


七。


隼人の体の周りに淡い光が生まれた。


テオが息を呑んだ。


ローウェンの手が反射的に剣の柄近くへ動いた。


六。


五。


光がもう少しはっきりしてきた。


隼人が自分の手を見下ろした。


四。


三。


彼が顔を上げた。


そしてアデリアを見た。


「戻れるといいですね。」


アデリアはしばらく彼を見つめた。


「そうだといいね。」


二。


一。


[召喚維持時間が終了しました。]


隼人の姿が揺らいだ。


最初に現れた時と似ていた。


周囲の空間が歪み。


体の輪郭がぼやけた。


そして――


消えた。


光も一緒に消えた。


数秒前まで人間が一人立っていた場所には何も残っていなかった。


テオがつぶやいた。


「本当に消えましたね。」


アデリアは答えなかった。


目の前に新しい文字が現れたからだった。


[召喚対象の帰還処理を進行します。]


数秒後。


[帰還完了。]


アデリアの目が少し見開かれた。


「戻ったんだ。」


ミレイユが聞いた。


「確実ですか?」


「帰還完了って出てる。」


ミレイユの表情が少し和らいだ。


ローウェンもようやく剣の柄から手を離した。


少なくともステータスウィンドウが正しければ、隼人は元いた場所へ戻った。


その時また別のウィンドウが現れた。


[人間召喚 Lv.1 再使用待機中]


アデリアが下の方を確認した。


[再使用可能まで : 6日23:59:56]


アデリアが数字をしばらく見つめた。


「……一週間?」


テオが聞いた。


「そんなにかかるんですか?」


「うん。」


アデリアの表情に落胆の色がよぎった。


思ったよりずっと長かった。


一度人間を呼べば一週間は再び使えない。


つまり何でも条件を入れて試すこともできなかった。


次の一回はもう少し慎重に選ばなければならない。


ローウェンがすぐに口を開いた。


「お嬢様。」


アデリアが彼を見た。


「王宮へお戻りいただかなければなりません。」


「もう?」


「もうではありません。」


ローウェンの視線がさっき隼人が消えた場所へ向かった。


「今日のことは必ず報告しなければなりません。」


アデリアの口角が少し下がった。


通りの真ん中で人間を呼んだ。


目撃者も多い。


警備隊も現場にいた。


王室近衛隊の紋章まで見せた。


なかったことにするのは難しかった。


アデリアが短くため息をついた。


「面倒なことになったね。」


ミレイユが言った。


「最初から人の少ない場所を選んでいれば、少しは面倒が減ったと思います。」


アデリアがミレイユを見た。


「今その言葉、言わなきゃいけない?」


「次に役立つと思いまして。」


アデリアは反論できなかった。


それがもっと気に入らなかった。


同じ瞬間。


日本、東京。


田中隼人は目を瞬かせた。


そしてそのまま固まった。


ゴムマットの匂い。


エアコンの回る音。


低く流れる音楽。


目の前には見慣れたジムの壁があった。


「……あれ?」


右手には携帯電話が握られていた。


隼人は急いで周りを見回した。


何も変わっていなかった。


確かにさっきまで――


石造りの部屋にいた。


剣を差した人間たちがいて。


不思議なほど平然とした王女がいた。


隼人は急いで携帯電話の画面をつけた。


15:17


目が見開かれた。


召喚される直前も三時十七分だった。


あちらでは三時間近く経っていた。


なのにこちらではほとんど時間が流れていなかった。


「何だよ……。」


隼人はすぐに写真を開いた。


さっき撮った写真。


アデリアとその一行。


確かにあったはずだった。


写真一覧を素早くめくった。


ジムの写真。


食べ物の写真。


友人たちと撮った写真。


そして終わり。


「……ない。」


もう一度確認した。


なかった。


今度はポケットに手を入れた。


銅貨。


テオがくれた銅貨。


それもなかった。


隼人はしばらくじっと立っていた。


写真もない。


硬貨もない。


時間もほとんど経っていない。


まるで何もなかったかのように。


その時ジムのドアが開いた。


「コーチ!」


次のレッスンの会員が入ってきた。


「来ましたよ。」


隼人が反射的に携帯電話を下ろした。


「あ、はい。」


会員が彼を見た。


「どうしたんですか?」


隼人はしばらく口をつぐんだ。


「何でもない。」


会員は特に気にせず奥へ入っていった。


隼人は再び携帯電話をつけた。


メモ帳を開いた。


一行目。


アデリア


確かに自分で書いた名前だった。


なのに変だった。


さっきまで鮮明だった顔と声。


王都の通り。


そこで交わした会話。


記憶が少しずつ薄れていっていた。


隼人は画面をしばらく見つめた。


「……これはどういう意味だ?」

第8話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。