人間を呼ぶ力
アデリアはいつもより早く目を覚ました。
正確に言えば、ちゃんと眠れなかった。
目を閉じて開けるたびに、昨夜見た文字が頭に浮かんだ。
人間召喚。
最初は夢だったのではないかと思った。
だが目を開けた瞬間、その可能性は消えた。
【固有権能:人間召喚 Lv.1】
【条件スロット:1】
宙に文字が浮かんでいた。
アデリアは枕に頭をつけたまま、しばらくそれを見つめた。
「……あるのね」
昨夜と同じだった。
アデリアは上体を起こした。
手を伸ばして文字に触れると、半透明の窓が開いた。
【人間召喚 Lv.1】
召喚可能人数:1
条件スロット:1
それで終わりだった。
アデリアはしばらく待った。
もう少し説明が出てこないかと思ったからだ。
何も出てこなかった。
「本当に不親切ね」
一番上にある「人間召喚」を押してみた。
反応がなかった。
Lv.1も押してみた。
同じだった。
今度は条件スロットに触れた。
新しい窓が開いた。
【召喚条件を入力してください。】
アデリアの目つきが変わった。
「入力?」
指で宙に文字を書いてみた。
何の反応もなかった。
少し考えてから、アデリアは口を開いた。
「剣がうまい人間」
すぐに文字が現れた。
【条件:剣がうまい人間】
【召喚しますか?】
アデリアの手が止まった。
本当にできた。
このまま押すだけでいいらしい。
だがアデリアは数秒間、窓を見つめてから言った。
「キャンセル」
文字が消えた。
「言葉で入力するのね」
今度は口をつぐんだまま考えた。
(剣がうまい人間)
反応なし。
やはり口に出さなければならなかった。
アデリアは少し面白くなってきた。
「料理がうまい人間」
【条件:料理がうまい人間】
【召喚しますか?】
「キャンセル」
今度はもっと長く言った。
「剣がうまくて、忠誠心が高くて、性格もいい人間」
しばらくして別の文章が現れた。
【条件が超過しました。】
【使用可能条件スロット:1】
アデリアが目を細めた。
「三つと見なされるのね」
一つずつ確認してみる必要があった。
「若くて強い人間」
【条件が超過しました。】
「強い男」
【条件が超過しました。】
アデリアが顎に手を当てた。
若い。
強い。
男だ。
それぞれ別の条件として扱われているらしい。
だとすれば今自分が選べるのは、本当に一つだけだった。
「思ったより制約が多いのね」
不満げにつぶやいたが、気分は悪くなかった。
むしろ逆だった。
ルールがあるということは、解明すべきことがあるという意味だった。
アデリアはもう一度言った。
「強い人間」
【条件:強い人間】
【召喚しますか?】
今度はすぐには取り消さなかった。
強い人間。
単純な条件だった。
問題は「強い」という意味だった。
体が強い人間かもしれない。
剣がうまい人間かもしれないし。
魔法使いが現れるかもしれなかった。
あるいはまったく見当違いに、精神力が強い人間が現れるかもしれない。
アデリアはしばらく悩んでから取り消した。
もう少し明確な表現が必要だった。
「戦いがうまい人間」
【条件:戦いがうまい人間】
【召喚しますか?】
今度は気に入った。
少なくとも自分の望む意味と大きく外れる可能性は低そうだった。
アデリアは手を上げた。
本当に押してみようか。
戦いがうまい人間。
どこかに存在する人間が一人、今この部屋に現れる。
その人間がどんな存在かは分からない。
どこから来るのかも分からない。
武器を持っているかもしれなかった。
性格が悪いかもしれなかった。
いきなり見知らぬ場所に落とされた人間が、自分を見て素直に言うことを聞く保証もなかった。
ステータス画面のどこにも、そんな内容は書かれていなかった。
アデリアの指がゆっくりと下りていった。
そこで止まった。
「キャンセル」
窓が消えた。
好奇心はあった。
かなり。
だが好奇心があるからといって、自分の寝室に得体の知れない戦闘員を呼び出すほど愚かではなかった。
何より――
アデリアは危険なことが嫌いだった。
正確には、自分が危険になることが嫌いだった。
試すにしても準備が必要だった。
そのときだった。
コンコン。
扉を叩く音が聞こえた。
「殿下」
ミレイユの声だった。
アデリアはステータス画面を閉じた。
「入って」
扉が開いた。
ミレイユを先頭に侍女たちが入ってきた。
一人は洗面用の水を持っており、もう一人は着替えを持っていた。
アデリアは彼女たちをしばらく見つめた。
昨日と同じ朝だった。
なのに、なぜか少し違って見えた。
人間。
昨夜までは特に意識したこともない単語だった。
アデリアはミレイユを見つめた。
(あの子も人間だし)
侍女たちも人間。
騎士たちも人間。
父も。
自分も。
だとすれば、自分の権能が言う「人間」とはどこまでを指すのだろうか。
王国内の人間?
大陸全体?
それとも――
「殿下?」
ミレイユがアデリアを見つめた。
「なぜそんなふうにご覧になるのですか?」
アデリアが視線をそらした。
「別に」
「また何かお考えですか?」
「成人初日から私をそんなに疑うの?」
「殿下が朝からそんなに私をじっと見つめていらっしゃったからです」
ミレイユがタオルを差し出した。
アデリアが受け取って顔を拭いた。
「考えることがちょっとあったの」
「どんなことですか?」
アデリアの手がしばし止まった。
話してみようか。
昨夜、固有権能が現れたと。
それも人間を召喚する権能だと。
王族に新しい固有権能が現れたのなら、間違いなく重要なことだった。
父に報告するのが普通だろう。
そして報告した瞬間――
王室魔導師たちが来るだろう。
学者も来るだろう。
神官も呼ばれるかもしれない。
騎士も配置されるだろう。
アデリアが能力を一度使うたびに、そばで何を見たか、何を感じたか、どんな変化があったか、一つ一つ記録しようとするかもしれなかった。
考えただけで疲れた。
アデリアがタオルをミレイユに返した。
「たいしたことじゃないの」
ミレイユがしばらく何も言わずに見つめた。
「殿下がそうおっしゃるときが一番怪しいです」
「ミレイユ」
「はい」
「私が話したくないと言ったら?」
ミレイユはしばらくアデリアを見つめてから頭を下げた。
「お聞きしません」
アデリアの表情が少し和らいだ。
「やっぱりあなたはいいわね」
「急に褒められると、もっと不安になります」
アデリアが小さく笑った。
朝食は王妃と一緒だった。
王族だからといって、いつも家族全員が同じ食卓につくわけではなかった。
国王エドガールは早朝から執務があり、王太子レオポルドも自分の予定があった。
カシアンはおそらく練武場にいるだろうし、セシリアも午前から約束が入っていた。
だから食卓には王妃エレオノラとアデリア。
そして末っ子のルシアンだけが座っていた。
「姉上!」
十四歳のルシアンがアデリアを見るなり手を上げた。
「昨日どうして僕に会ってくれなかったの?」
アデリアが椅子に座りながら彼を見た。
「私が会わなかったんじゃなくて、ミレイユが入れなかったんでしょ?」
「それでも姉上が入れてって言えたじゃないか」
「成人の儀の準備中だったのよ」
「ちょっとだけでよかったのに」
アデリアがパンを一つ取った。
「あなたが入ってきてドレスに何か付いたら?」
「僕が付けなければいいだけだろ」
「その言葉を信じろって?」
ルシアンが口をつぐんだ。
しばらくして小さくつぶやいた。
「……僕はそんなに問題ばかり起こさないよ」
アデリアは答える代わりにパンを一口かじった。
ルシアンはそれ以上反論しなかった。
エレオノラが二人の兄妹を見て笑った。
「成人になった初日の気分はどう?」
「同じですわ」
「そう?」
「朝目が覚めたからって、急に別の人間になるわけじゃありませんもの」
「それもそうね」
王妃がお茶を一口飲んだ。
「それでも、これからできることが増えるはずよ」
アデリアの手がしばし止まった。
できることが増える。
昨夜からその言葉が妙に違って聞こえた。
「お母様」
「なに?」
「私、王都に出てもいいですか?」
エレオノラが茶碗を置いた。
「王都?」
「はい」
「昨日成人になったのに、今日から?」
「だからです」
「何をするつもり?」
アデリアは平然と答えた。
「見物したいんです」
「見物?」
「成人になったのに、王都の人々がどう暮らしているのかもちゃんと知らないじゃないですか」
王妃が娘を見つめた。
アデリアは何でもないようにパンをちぎった。
嘘ではなかった。
実際に王都も見たかった。
ただ、目的がもう一つ増えただけだった。
「ギルドにも行ってみたいですし」
「冒険者ギルド?」
「はい」
エレオノラの目つきが少し鋭くなった。
「まさかダンジョンに入るつもりじゃないでしょうね?」
アデリアが心底理解できないという表情を浮かべた。
「なぜ私が?」
ルシアンがすぐに割って入った。
「姉上はそんなところ入らないと思うよ」
アデリアが弟を見た。
「あなたは私をよく分かってるわね」
「危ないの嫌いだろ」
「正確には、私が危険になるのが嫌なのよ」
王妃がこめかみを軽く押さえた。
「それのほうがもっと心配な言葉だって分かってる?」
「なぜですか?」
「もういいわ」
エレオノラが小さくため息をついた。
「一人で出かけるのはだめよ」
「もちろんです」
「護衛もつける」
「はい」
アデリアの返事があまりに早かったので、エレオノラが少し意外そうな顔をした。
「嫌がると思ったのに」
「護衛がいたほうが楽なのに、なぜ嫌がるんですか?」
自分が直接戦う機会を減らしてくれるのだから、嫌がる理由がなかった。
エレオノラはしばらく娘を見つめてから言った。
「でも今日はだめよ」
アデリアの表情が少しこわばった。
「なぜですか?」
「昨日の成人の儀のせいで、王都に貴族たちがたくさん残っているでしょう。目立たずに歩きたいなら、数日待つほうがいいわ」
アデリアはしばらく考えた。
その言葉も一理あった。
そしてむしろ好都合だった。
その間に権能についてもっと調べることもできる。
「では数日後に」
「そうね」
「約束ですよ」
「護衛とミレイユを連れていくという条件で」
「分かりました」
あまりに素直に受け入れたので、今度はエレオノラが疑わしげな顔をした。
「本当に?」
「はい」
「こっそり先に出かけたりしないわよね?」
アデリアがパンを置いた。
そしてほんの少し傷ついた表情を作った。
「お母様」
エレオノラが笑った。
「その顔は私には通用しないわよ」
アデリアの表情がすぐに戻った。
横でルシアンが言った。
「姉上はこっそり出かけるのも面倒くさがってしないと思うよ」
「やっぱりあなたは私をよく分かってるわね」
朝食を終えたアデリアは、すぐに自分の部屋には戻らなかった。
王宮西側にある小さな資料室へ向かった。
王室図書館より規模は小さかったが、王家の歴史と特殊な能力に関する記録が別に保管されている場所だった。
管理人がアデリアに気づき、慌てて席を立った。
「王女殿下」
「固有権能に関する本が必要なの」
「固有権能でございますか?」
「ええ」
「どのような種類をお探しでしょうか?」
アデリアがしばし考えた。
自分の権能をそのまま話すつもりはなかった。
「全般的に」
「殿下ご自身でご覧になるおつもりですか?」
アデリアが管理人を見つめた。
何も言わなかったが、男の表情がすぐにこわばった。
「失礼いたしました。すぐにご用意いたします」
しばらくして何冊かの本が机の上に置かれた。
アデリアは一番薄く見える本から手に取った。
固有権能。
一般的な魔法や神聖力とは違い、特定の個人にのみ現れる特殊な能力。
発現時期は一定ではなかった。
生まれつき存在する場合もあり。
幼い頃に現れる場合もあった。
稀ではあるが、成人後に初めて発現する場合もあった。
アデリアがページをめくる手を止めた。
(成人になってから現れること自体は、おかしくないのね)
次のページ。
固有権能は同じ形で繰り返される場合が極めて稀だった。
また、最初の発現時にユーザーが権能のすべての機能を知られるわけでもなかった。
ユーザーの成長や反復的な使用を通じて、新しい機能が現れた事例も記録されていた。
アデリアの目がしばし止まった。
Lv.1。
昨夜から自分の権能の横についていた数字だった。
(やっぱり成長するのかしら?)
だとすればレベルを上げる方法もあるはずだ。
だが本のどこにも「レベル」という表現はなかった。
アデリアは別の本を開いた。
そしてまた別の本。
しばらく探してみたが、人間を召喚するという権能は出てこなかった。
精霊を呼ぶ権能はあった。
獣と意思疎通する権能もあった。
武器を作り出したり、傷を素早く回復する力についての記録もあった。
だが人間召喚。
それに似た記録は一つも見つからなかった。
アデリアは結局本を閉じた。
「役に立たないわね」
離れたところにいた管理人が思わずびくっとした。
アデリアは気にしなかった。
それでも、まったく無駄な時間ではなかった。
一つは確かになった。
自分の権能はありふれたものではない。
もしかすると記録にもない種類かもしれなかった。
そして――
直接使ってみない限り、これ以上調べる方法もなさそうだった。
アデリアは椅子の背もたれに体を預けた。
朝からずっと一つの文章が頭に残っていた。
戦いがうまい人間。
その条件で人間を呼び出す。
では、どこで試すべきか。
王宮の中は嫌だった。
人が多すぎた。
何よりここで得体の知れない人間が現れれば、すぐに噂になる可能性が高かった。
寝室はもっと嫌だった。
戦いがうまい見知らぬ人間を自分の部屋に呼び込むのは、どう考えても良い選択ではなかった。
王宮の外。
自分には護衛がいて。
人はそう多くなく。
何かあっても騎士たちがすぐに動ける場所。
そういう場所がよかった。
そしてちょうど数日後。
王都に出かけられる。
アデリアの指が机を叩いた。
コツ。
コツ。
コツ。
「殿下?」
管理人がおずおずと呼びかけた。
アデリアが席を立った。
「もう見終わったわ」
「お探しの内容はございましたか?」
「いいえ」
管理人が困った表情を浮かべた。
アデリアは笑った。
「それでもよかったの」
どういう意味か説明してやるつもりはなかった。
資料室の外に出ると、ミレイユが待っていた。
「お探しのものはございましたか?」
「なかったわ」
「それにしては表情がよろしいようですが」
アデリアが数歩歩いてから立ち止まった。
「ミレイユ」
「はい」
「数日後、王都に出かけるとき」
「はい」
「ローウェンとテオも一緒に来させて」
ミレイユが目を瞬かせた。
ローウェンとテオはアデリアの護衛を務める騎士たちだった。
「お二人ともですか?」
「ええ」
「単なる王都見物とおっしゃっていませんでしたか?」
「そうよ」
「それなのに騎士お二人とも連れていかれるのですか?」
アデリアは何でもないように肩をすくめた。
「お母様も護衛をつけろっておっしゃったじゃない」
間違った言葉ではなかった。
ミレイユがしばらくアデリアを見つめた。
どうも何かおかしいと感じている顔だった。
しかし結局それ以上は尋ねなかった。
「かしこまりました」
「私服で」
「目立ちたくないのですか?」
「ええ」
「そのように準備いたします」
アデリアが再び歩き出した。
王都外出まで数日。
それくらいは待てた。
その間も能力は消えないだろう。
そして時が来れば――
アデリアは心の中で一つの文章を思い浮かべた。
戦いがうまい人間。
果たして何が現れるのだろうか。
初めて見る人間だろうか。
自分が知っている人間だろうか。
それともまったく想像もしなかった何かだろうか。
アデリアが口の端をわずかに上げた。
今度は声に出して言わなかった。
数日後に見れば分かることだった。




