見えないもの
王室魔法師はエミリーの拡大鏡を受け取った。
「これより大きく見えればいいのですか?」
「もっと大きくです」
「どのくらいに?」
エミリーが赤い粉を指した。
「胞子の形が区別できる程度だといいです」
魔法師が拡大鏡と葉を交互に見た。
「粉より小さいものを見ようということですね」
「そうです」
アデリアが尋ねた。
「できますか?」
「試してみます」
「どれくらいかかりますか?」
「やってみないと分かりません」
アデリアがステータスウィンドウを開いた。
【残り時間:01:46:32】
「1時間46分」
エミリーが言った。
「その間に可能ですか?」
「試してみましょう」
王室魔法師は薄い硝子板を数枚持ってこさせた。
一回目の試みは失敗した。
硝子の上に赤い粉を乗せて拡大魔法をかけると、空中に赤い染みが大きく現れた。
エミリーが言った。
「ぼやけています」
「大きさは十分ではありませんか?」
「大きくなったことと鮮明なことは違います」
エミリーが拡大鏡を掲げてみせた。
「これも距離を間違えるとぼやけます」
魔法師が自ら拡大鏡を動かしてみた。
ある瞬間、手が止まった。
「この位置では鮮明だな」
「それが焦点です」
二回目の試み。
魔法陣の位置が少しずつ変わった。
にじんでいた赤色に境界ができた。
「もう少し」
エミリーが言った。
「そこ」
空中の像が止まった。
小さな楕円形が見えた。
「もっと大きくできますか?」
「鮮明度は落ちるかもしれません」
「それでもお願いします」
像が再び大きくなった。
「少し後ろへ」
魔法陣が動いた。
「止めて」
エミリーはしばらく像を見つめた。
アデリアが尋ねた。
「見えますか?」
「はい」
「それが胞子ですか?」
「そうです」
エミリーが像を指した。
「私が知っている小麦さび病の胞子と形が似ています」
農業管理者が尋ねた。
「それならさび病で確実なんですか?」
「さび病として対応してもいい程度です」
「種類までは?」
「今は難しいです」
「それなら何からすべきですか?」
エミリーは病んだ小麦を前に持ってきた。
「発生地域から正確に記録してください」
記録官が新しい紙を広げた。
どこで。
いつ。
どの品種で。
当時の天気はどうだったか。
風はどちら向きに吹いていたか。
農業管理者が尋ねた。
「病んだ小麦は燃やせばいいですか?」
「ひどいものはそう処理できます」
「全部燃やすのは?」
「それだと収穫量まで一緒に失われます」
エミリーが正常に見える小麦を手に取った。
「これも注意が必要です」
「病んでいないものではありませんか?」
「まだ症状が見えないだけかもしれません」
「それなら発生地域の小麦は全部移動を止めるべきですか?」
「病んだ植物残渣はまず制限した方がいいです」
「麦の粒もですか?」
「食べる用と播種用は別に管理してください。種子が主な伝播原因かはさらに確認が必要です」
「分かりました」
アデリアが尋ねた。
「その次は?」
「品種です」
過去2年間の帳簿が再び広げられた。
エミリーが尋ねた。
「同じ領地でブラン麦とセルナ麦を一緒に植えている所はありますか?」
農業管理者が帳簿をめくった。
「一か所あります」
「どこですか?」
「ベルト村です」
「被害は?」
セルナ麦。
被害大。
ブラン麦。
被害小。
エミリーが言った。
「使える資料ですね」
アデリアが尋ねた。
「ブラン麦が強いんですか?」
「可能性はさらに高くなりました」
農業管理者が言った。
「それならブラン麦を増やせばいいですね」
「すぐそう決めないでください」
「なぜですか」
「他の違いも見なければなりません」
農業管理者が言った。
「収穫量はセルナ麦の方が多いです」
「寒さには?」
「ブラン麦が強いです」
「収穫時期は?」
「ブラン麦の方が遅いです」
「味は?」
「セルナの方が好まれます」
エミリーが紙を受け取った。
「それなら比較しなければなりません」
二つの品種を同じ地域。
同じ時期。
似た方法で管理。
そして発病度合いを比較。
アデリアが尋ねた。
「来年まで待たないといけませんか?」
「はい」
「長すぎますね」
「今年確認できることは今すればいいです」
エミリーは地図の上を指した。
現在の品種別被害の差。
最初の発病日。
降雨。
湿度。
風。
王室農業管理者が言った。
「各領地に調査命令を出します」
「できれば同じ形式で記録させてください」
「同じ形式?」
「ある所は『ひどい』、別の所は『少し』とだけ書くと比較しにくいです」
「調査項目を統一します」
「病んだ畑の割合も数字で残すといいです」
「それも入れます」
その時、アデリアの目の前に文字が浮かんだ。
【召喚対象が条件に該当する能力を使用しています】
しばらくして新しい文章が現れた。
【権能経験値 +20】
【累積経験値:70 / 100】
「20」
エドガールが尋ねた。
「経験値か?」
「はい」
「今入ったのか?」
「たった今です」
アデリアはステータスウィンドウを閉じた。
拡大された像が揺れた。
王室魔法師が言った。
「これ以上維持するのは難しいです」
「あとどれくらい可能ですか?」
「10分ほど」
エミリーが地域の異なる標本を3つ選んだ。
3か所とも似た形の胞子が確認された。
魔法が解けると空中の像も消えた。
「とても助かりました」
エミリーが言った。
「離れた地域で似た病気が発生したことが確認できましたから」
アデリアが尋ねた。
「次はもっと大きく見られますか?」
王室魔法師が彼女を見た。
「今日初めて試した魔法です」
「だからです。次は今日より上手くやればいいじゃないですか」
王室魔法師は答えなかった。
農業管理者が尋ねた。
「この病気を完全になくせますか?」
「完全になくすのは簡単ではないでしょう」
「それなら被害を受け続けなければならないのですか?」
「被害を減らすことはできます」
エミリーが言った。
「早く発見して」
「広がる経路を確認して」
「強い品種を見つけて」
「記録を積み重ねることです」
アデリアがステータスウィンドウを開いた。
【残り時間:00:53:16】
「53分残っています」
「それなら実行することから整理します」
記録官が新しい紙を取り出した。
発生地域調査。
病んだ植物残渣の地域間移動制限。
品種別被害記録。
ブラン麦とセルナ麦の比較栽培。
そして。
「王国外の状況も確認する必要があります」
エドガールが尋ねた。
「隣国のことを言っているのか」
「はい」
「理由は?」
「胞子が風に乗って入ってくるなら、国境内の畑だけ管理するのでは不十分です」
エドガールが西部国境を見た。
「外から絶えず入ってくることもあるという意味だな」
「その可能性も確認すべきです」
エドガールが命令した。
「西部国境の向こうの農作物の状況も調査させろ」
「はい、陛下」
エミリーが付け加えた。
「赤い粉ができる症状があったかも確認してください」
農業管理者がうなずいた。
アデリアがステータスウィンドウを見た。
【残り時間:00:49:42】
エミリーが記録官に手を差し出した。
「紙をもう一枚ください」
「今度は何を書くんですか?」
「病んだ小麦を最初に見つける人が」
エミリーがペンを取った。
「何を見るべきかです」
第15話です。




