赤い粉
「何の病気ですか?」
「ちょっと待って」
女は拡大鏡で葉をもう一度観察した。
爪で表面を軽く引っかくと、赤茶色の粉が指先についた。
「やっぱり」
そこで女はようやく周りをきちんと見回した。
「その前に、ここはどこですか?」
「ローゼンハルト王国」
「……どこですか?」
「ローゼンハルト」
「初めて聞きます」
「あなたが住んでいた世界ではないから」
女の表情が固まった。
「私が住んでいた……世界ですか?」
「はい」
「私、確かに畑にいたんですけど」
「どこの国ですか?」
「イギリスです」
アデリアがエドガールを見た。
「今回はイギリスだそうです」
女はその言葉を聞き逃さなかった。
「今回は?」
「あなたが3人目です」
「私が何ですって?」
「私が召喚した人間」
アデリアがステータスウィンドウを開いた。
【召喚対象の転移が完了しました】
【召喚維持時間が適用されます】
【残り時間:02:58:41】
「私があなたをここに呼びました」
「どうやって?」
「権能で」
「権能?」
「3時間後には元いた場所に戻ります」
「確実ですか?」
「前の二人は戻りました」
女は額に手を当てた。
「参ったな」
「名前は何ですか?」
「エミリー・カーター」
「何をする人間ですか?」
「植物病理学者です」
「植物病理……」
「植物の病気を研究します」
「私はアデリアです」
王室農業管理者がエドガールに尋ねた。
「陛下、あの方に標本をもっとお見せしてもよろしいでしょうか」
エミリーの視線がエドガールへ向かった。
「陛下?」
「今は小麦を見るのが先だ」
「……国王でしたか」
「そうだ」
エミリーがアデリアを見た。
「私は王女です」
エミリーは短く息を吐いた。
「分かりました」
そして再び小麦を手に取った。
「まずこれから見ましょう」
エミリーは標本を一つずつ並べた。
「全部同じ地域から持ってきたものですか?」
「いいえ。西部の複数の領地です」
「いつ最初に現れましたか?」
「2年前です」
「最初は?」
「3か所」
「去年は?」
「11か所」
「今年は?」
「現在27か所です」
「雨が多く降った後に悪化しますか?」
「そういう場合が多かったです」
「湿った日が続いた後は?」
「悪化します」
エミリーが赤い粉を指した。
「この粉は服にもつきますか?」
「ひどい畑ではそうです」
エミリーが言った。
「さび病の可能性が高いです」
アデリアが尋ねた。
「さび病?」
「小麦にできる病気です」
「あの粉のせいですか?」
「ここに胞子があります」
「胞子?」
「病気を広げる、とても小さなものだと思ってください」
「あれが他の小麦に行くと?」
「病気が移ることがあります」
農業管理者が言った。
「病んだ畑は燃やしたこともあります」
「畑一つを燃やしても終わらないことがあります」
「なぜですか?」
「胞子は風に乗ります」
エミリーが地図を広げた。
「最初に発見された3か所はどこですか?」
農業管理者が印をつけた。
去年。
今年。
エミリーの指が西から東へ動いた。
「この季節の風は?」
「西から東へ吹く日が多いです」
「可能性はさらに高くなりましたね」
アデリアが尋ねた。
「それなら風を防げばいいんですか?」
「畑全体の風をですか?」
アデリアが地図を見た。
「……それは難しそうですね」
エミリーは正常に見える小麦を手に取った。
「完全に綺麗ではないですね」
農業管理者が驚いた。
「病んでいない小麦です」
「まだ目に見えにくいだけかもしれません」
エミリーが拡大鏡を渡した。
「ここを見てください」
農業管理者が覗き込んだ。
「……赤い点がありますね」
「もう少し経つと大きくなることがあります」
「それなら大丈夫そうに見える小麦も移してはいけませんか?」
「発生地域から出たものは注意が必要です」
エミリーが尋ねた。
「収穫後に残った茎や葉はどこに使いますか?」
「家畜の餌や敷物に使います」
「他の地域にも移しますか?」
「はい」
「病んだ畑から出たものも?」
農業管理者の返事が遅れた。
「状態がひどくなければ使います」
「それはまず止めた方がいいです」
「麦の粒もですか?」
「食べる用と播種用は区別してください。種子が主な伝播原因かはさらに確認が必要です」
記録官が書き取った。
アデリアが尋ねた。
「それで今すぐできることは何ですか?」
エミリーが指を立てた。
「発生地域の表示」
「病んだ麦わらと植物残渣の地域間移動制限」
「周辺の畑の確認」
「そして品種別被害の比較」
農業管理者が尋ねた。
「品種によって違いますか?」
「強い品種と弱い品種があるかもしれません」
アデリアが尋ねた。
「病気にかかりにくい小麦だけ植えればいいじゃないですか」
「そういう小麦があるかから探さないと」
農業管理者が記録官に言った。
「過去2年間の領地別被害記録を持ってこさせろ」
エミリーが付け加えた。
「小麦の品種も一緒に」
しばらくして厚い帳簿が広げられた。
エミリーが数枚めくって手を止めた。
「ここは被害がほとんどないですね」
「ラーゼン領地です」
「周りは?」
「全て被害があります」
エミリーの指が次の欄へ動いた。
「植えている小麦が違いますね」
「ブラン麦です」
「他の場所は?」
「大半がセルナ麦です」
「ブラン麦を植えている所はもっとありますか?」
「あと2か所あります」
「被害は?」
「一か所はほとんどありません。もう一か所も周りより少ないです」
アデリアが尋ねた。
「何か見つけましたか?」
エミリーがブラン麦という記録を指した。
「この品種がさび病に強い可能性があります」
農業管理者が言った。
「それなら来年はブラン麦を増やせばいいですね」
「まだそれはできません」
「なぜですか?」
「品種のせいか他の理由か、まず確認しなければなりません」
「どうやって?」
エミリーは紙に四角を二つ描いた。
一方はセルナ。
一方はブラン。
「同じ場所で一緒に育てるんです」
「植える時期も同じに」
「管理も似たように」
「そして病気がどれだけ発生するか比較します」
アデリアが尋ねた。
「来年まで待たないといけませんか?」
「はい」
「長すぎますね」
「代わりに今年確認できることは今すればいいです」
エミリーは地図の上を指した。
品種別被害。
発病日。
雨と湿度。
風。
その時エミリーが赤い粉のついた葉を再び手に取った。
「顕微鏡があればいいんですが」
「それは何ですか?」
エミリーが拡大鏡を掲げてみせた。
「これよりずっと大きく見る道具です」
「胞子も?」
「はい」
アデリアが王室魔法師を見た。
「あれよりずっと大きく見られますか?」
「……やったことはありません」
「それならやってみてください」
エミリーも魔法師を見た。
「私も気になります」
第14話です。




