救急救命士
訓練場の外に出ると騒がしい声が聞こえた。
「どけ!」
「医務官はまだか?」
「もうすぐ着くと言っていました!」
サラはテオについて急いで歩いた。
アデリアとローウェンもその後に続いた。
エドガールと王室魔法使いも少し遅れて訓練場を出た。
事故が起きたのは建物の裏手、厩舎へ続く道だった。
倒れた馬車が一台。
横倒しになって荒く息をしている馬。
そして石畳の上に横たわっている男。
御者だった。
三、四人の兵士たちが周りを囲んでいた。
一人が倒れた男の体を起こそうとしていた。
それを見たサラが声を上げた。
「待って!」
兵士たちの動きが止まった。
サラはまっすぐ駆け寄った。
「動かさないでください。」
兵士が戸惑った顔で彼女を見た。
「どなたですか?」
「今それは重要じゃありません。」
サラはすでに御者の横に膝をついていた。
「頭をぶつけたんですよね?」
テオが答えた。
「はい。」
「倒れるのを見た人は?」
一人の兵士が手を挙げた。
「私が見ました。」
「どう倒れたんですか?」
兵士はサラの服装が変だというようにちらりと見たが、すぐに説明した。
「馬が急に驚きました。御者が手綱を掴もうとして馬車の脇から落ちました。」
「高さは?」
「あれくらいです。」
兵士が馬車の御者台を指した。
サラは一瞬確認した。
「頭から落ちましたか?」
「横に落ちながら頭が地面にぶつかりました。」
「意識を失いましたか?」
「一瞬……そうだったと思います。」
サラの表情が強張った。
彼女は御者の顔の近くに身をかがめた。
「私の声、聞こえますか?」
御者のまぶたが少し動いた。
「う……。」
「いいですよ。目を開けてみて。」
男がゆっくり目を開けた。
焦点がうまく合っていなかった。
「名前は何ですか?」
「……ドラン。」
「ドランさん。私が誰かわからなくても大丈夫です。今からいくつか聞きますね。」
サラは手を伸ばしかけて止まった。
そして自分の手袋を見下ろした。
召喚される直前まではめていた青い手袋。
そのままだった。
アデリアは数歩離れた所からその様子を見つめていた。
さっき訓練場で戸惑っていた人間は消えていた。
サラの声は速いのに落ち着いていた。
動きにためらいがなかった。
「今日が何日かわかりますか?」
ドランが目をしかめた。
「……十四日。」
「ここはどこですか?」
「王宮……。」
「いいですよ。」
サラは彼の両目を交互に確認した。
そして言った。
「首を動かさないでください。」
ドランが本能的に頭を上げようとすると手で押さえた。
「そのままでいてください。」
「脚が……。」
男がうめいた。
サラの視線が下へ向かった。
右脚が異常な方向に曲がっていた。
周りにいた兵士の一人が顔をしかめた。
アデリアも眉を少し動かした。
見栄えの良い姿ではなかった。
サラはむしろもっと落ち着いた。
「脚は後で見ます。」
兵士が怪訝な表情を浮かべた。
「後でですか?」
「今は頭と首から確認しないといけません。」
サラはドランの胸の動きを確かめた。
手首を掴んで脈拍を確認した。
「息するのに苦しくないですか?」
「少し……。」
「胸が痛い所は?」
「ない……です。」
サラが腹を慎重に押した。
ドランの表情が一瞬歪んだ。
「ここ痛いですか?」
「少し。」
サラの表情がわずかに変わった。
「テオ。」
自分の名前を呼ばれてテオが目を瞬かせた。
「はい?」
「宮廷医務官はあとどれくらいかかりますか?」
「すぐ来るはずです。」
「すぐって何分ですか?」
テオが困った顔になった。
「それは正確には……。」
サラがため息を飲み込んだ。
「いいです。」
彼女は周りを見回した。
「板みたいな物ありますか?長くて硬い物。」
一人の兵士が聞いた。
「何に使うんですか?」
「首と体をできるだけ動かないようにしないといけません。」
「なんでですか?」
「首の骨を怪我している可能性があるからです。」
兵士たちの表情が少し変わった。
その中の一人がすぐ厩舎の方へ走っていった。
サラは再びドランに集中した。
「眠いですか?」
「少し……。」
「寝ないでください。」
「疲れてるのに……。」
「それでも今は私と話をしないといけません。」
ドランが辛うじて目を開けた。
サラが質問を続けた。
名前。
場所。
事故直前の状況。
指と足の指の感覚。
アデリアは静かに見守っていた。
不思議だった。
治療魔法を使っているわけでもない。
魔力が感じられるわけでもない。
なのにサラはドランを見る順序が決まっているかのように動いていた。
そして周りの人間に何をしてはいけないかから指示していた。
アデリアがローウェンに聞いた。
「うちの医務官たちもああするの?」
ローウェンがしばらく考えた。
「私にはよくわかりません。」
「戦場では?」
「出血を止めて添え木をする程度は騎士たちも習います。」
「頭から見るのは?」
ローウェンは答えられなかった。
アデリアの視線が再びサラに向かった。
『違うな。』
田中隼人の時と同じだった。
戦いが上手い人間だと言ったら、自分の知る方式とは違う戦い方をする人間が来た。
今回は応急処置が上手い人間。
そして実際に自分たちが慣れ親しんだ方式とは少し違う人間が来た。
条件はちゃんと機能している。
二度目の確認だった。
しばらくして王宮医務官たちが到着した。
中年の男一人と若い助手二人だった。
「どいてください。」
中年の医務官が入ってきてサラを見て止まった。
「どなたですか?」
サラが答えた。
「救急救命士です。」
「救急……何ですって?」
サラが短く息を吐いた。
「怪我人を最初に診て応急処置をする仕事です。」
医務官の視線がドランに向かった。
「状態は?」
「意識はありますが、事故直後に一瞬意識を失ったようです。質問には答えますが反応が少し遅いです。」
サラが素早く言った。
「右脚に変形があります。骨折の可能性が高いです。ただ先に頭と首の損傷を疑うべきです。腹部の圧痛も少しあります。」
医務官が彼女を見た。
表情が微妙だった。
「魔法で確認したのですか?」
「いいえ。」
「では、どうやって?」
「見て、触って、聞きました。」
医務官がしばらく無言だった。
「治癒術師がすぐ到着します。」
「よかったです。」
サラが言った。
「でも先に脚から治療してはいけません。」
医務官の眉が上がった。
「理由がありますか?」
「頭と首、内出血から確認しないといけないからです。」
「外傷は脚の方が一番ひどく見えますが。」
「見える傷が一番危険だとは限りません。」
二人の間に短い沈黙が流れた。
アデリアの目が細くなった。
興味深かった。
医務官は王宮で長く患者を治療してきた人間だった。
サラも自分の世界では人を救う仕事をしていると言った。
なのに方式が違った。
エドガールが近づいてきた。
周りの兵士がすぐ姿勢を低くした。
「陛下。」
サラは人々の反応を見てエドガールを見た。
そして表情が一瞬強張った。
「……王様ですか?」
エドガールがサラを見た。
「そうだ。」
サラの視線がすぐにアデリアに向かった。
アデリアが小さく笑った。
「言ってなかったっけ?」
「王女だという話も今聞きました。」
「あ。」
サラが目を閉じてから開けた。
今重要なのはそこじゃないというように再びドランに視線を戻した。
エドガールが聞いた。
「あなたが見て何をすべきだ?」
サラは迷わなかった。
「できれば首を固定した状態で運ぶべきです。内出血を確認する方法があればすぐに確認してください。」
王宮医務官が言った。
「治癒魔法で調べられます。」
サラがすぐ彼を見た。
「体の中も見えるんですか?」
「熟練した治癒術師なら損傷した箇所の魔力の流れを確認できます。」
サラの表情が変わった。
初めて驚きより関心が先に立った。
「じゃあ頭の中の出血も?」
医務官がしばらく考えた。
「大きな損傷なら感知できます。」
「腹部は?」
「可能です。」
サラが頷いた。
「じゃあ先にそれをしてください。」
医務官の眉が少し上がった。
「命令しているのですか?」
サラが彼を見た。
「いいえ。」
短い答えだった。
「患者に必要なことを言っているんです。」
医務官の表情が強張った。
アデリアの口角がほんの少し上がった。
ミレイユが横でその様子を見て静かに言った。
「殿下。」
「何?」
「楽しそうに見えます。」
「面白いじゃない。」
「人が怪我をしています。」
アデリアの笑みが少しだけ減った。
「わかってる。」
ミレイユはそれ以上言わなかった。
まもなく治癒術師が到着した。
彼はドランの頭と胸、腹部に順に手を乗せた。
淡い緑色の光が広がった。
サラはその様子をすぐ近くで見つめた。
「これは……。」
言葉が一瞬途切れた。
アデリアが聞いた。
「魔法、初めて見ますか?」
「当然です。」
「さっき召喚されたのも魔法みたいなものでしょう。」
「あの時は気が動転してましたから。」
治癒術師の表情がすぐ強張った。
「腹部内側に出血があります。」
サラがすぐに聞いた。
「多いですか?」
「少なくはありません。」
周りの雰囲気が変わった。
王宮医務官ももうサラを不思議な人間のようには見ていなかった。
サラが言った。
「じゃあ脚よりそれが先です。」
治癒術師が頷いた。
「同意します。」
医務官が聞いた。
「運べますか?」
「首の損傷は?」
治癒術師が再び魔力を流した。
「大きな損傷は感じられません。」
「確実ですか?」
「私が確認できる範囲では。」
サラはしばらく悩んだ。
そして頷いた。
「いいでしょう。それでもできるだけ首を動かさず運びましょう。」
先ほど持ってきた広い板が使われた。
サラは兵士たちに手をどこに当てるべきか一つずつ説明した。
「一人は頭。」
「はい。」
「二人は胴体。」
「はい。」
「私が三つ数えます。同時に動かないといけません。」
兵士たちが緊張した表情で頷いた。
「一。」
サラが言った。
「二。」
そして。
「三。」
ドランの体がほとんど揺れることなく板の上に移された。
アデリアが目を少し見開いた。
単純な動作だった。
なのに皆がそれぞれ勝手に持ち上げるのとは明らかに違った。
ドランが運ばれ、医務官と治癒術師たちがついていこうとした。
サラが聞いた。
「私も行っていいですか?」
王宮医務官は今度はためらわなかった。
「来てください。」
サラが彼について行こうとした。
アデリアが呼んだ。
「サラ。」
サラが振り返った。
「はい?」
アデリアがステータスウィンドウを確認した。
[残り時間 : 02:31:08]
「時間は十分あります。」
サラが数秒間彼女を見つめた。
「じゃあ最後まで見てもいいですか?」
アデリアはエドガールを見た。
決定権は自分だけにあるわけではなかった。
エドガールが短く頷いた。
「許可する。」
「ありがとうございます。」
サラはすぐ医務官たちについて行った。
アデリアも動こうとした。
その時エドガールが呼んだ。
「アデリア。」
「はい?」
「お前は少し残れ。」
アデリアの足が止まった。
「なんで?」
エドガールがサラが消えた方向を一度見た。
「話すことがある。」
アデリアは少し名残惜しそうな表情で振り返った。
しかし結局父の方へ歩いていった。
「何ですか?」
エドガールが聞いた。
「あの人間を呼ぶ時、お前が決めた条件は何だった?」
「応急処置が上手い人間。」
「それが全部か?」
「はい。」
「職業も。」
「知りませんでした。」
「どこの国から来るかも。」
「当然知りませんでした。」
「女だということも。」
「知りませんでした。」
エドガールはしばらく無言だった。
アデリアが彼を見た。
「なんですか?」
「思ったより範囲が広いな。」
アデリアも同じことを考えていた。
条件はただ一つ。
その条件さえ合えば性別も。
国も。
職業も。
どこに住んでいるかも関係なく見つけ出す。
エドガールが言った。
「戦いが上手い人間。」
「田中隼人。」
「応急処置が上手い人間。」
「サラ・ミラー。」
「両方とも条件に正確に合った。」
「そうですね。」
国王はしばらく沈黙した。
そして聞いた。
「それなら。」
アデリアが首を傾げた。
「はい?」
「もっと具体的な問題を解決できる人間を呼んだらどうなる?」
アデリアが目を瞬かせた。
エドガールが話を続けた。
「単に戦いが上手い、あるいは応急処置が上手い人間ではなく。」
一瞬止まった。
「我々が解決できずにいる問題を解決する能力がある人間。」
アデリアは答えなかった。
代わりにゆっくり考えた。
王宮には問題が多い。
王国にはもっと多い。
そしてその問題を解決するために数多くの人間が働いている。
なのに——必要な能力を持った人間を直接選べるとしたら?
アデリアの目つきが少し変わった。
「お父様。」
「何だ?」
「今。」
口角が少し上がった。
「なかなか良い考えをなさったみたいですね。」
エドガールが娘を見た。
「褒め言葉として受け取っておこう。」
「褒めてますよ。」
今度は本当だった。
アデリアがサラの消えた方向を見つめた。
一週間に一度。
条件は一つ。
最初はそれがあまりに制限的だと思っていた。
しかしもしかすると重要なのは回数ではなかった。
どんな条件を選ぶか。
その方がもっと重要かもしれない。
その瞬間。
アデリアの目の前に文字が浮かんだ。
[条件一致度が高いです。]
アデリアの表情が止まった。
「……ん?」
エドガールが聞いた。
「どうした?」
アデリアは答えなかった。
文字の下に新しい文章が現れたからだった。
[召喚対象の行動が条件と一致しています。]
[召喚対象が条件に該当する能力を使用しました。]
[その行動に応じて権能経験値を獲得します。]
[権能経験値 +20]
アデリアの目が少し見開かれた。
経験値。
初めて見る項目だった。
そしてすぐ次の文章が現れた。
[人間召喚 Lv.1]
[累積経験値 : 30/100]
アデリアが目を細めた。
『30?』
さっき得たのは20だった。
なのに累積は30。
つまりそれ以前にすでに10があった。
田中隼人。
喧嘩が強い人間。
そして実際に戦った人間。
『あの時も溜まっていたのね』
経験値は今回初めて生まれたものではなかった。
自分が初めて気づいただけだった。
エドガールが再び呼んだ。
「アデリア?」
アデリアが顔を上げた。
「お父様。」
「言ってみろ。」
アデリアは目の前に浮かぶ数字をもう一度見た。
30 / 100。
「私の権能が。」
口角が少し上がった。
「成長していたみたいです。」
第11話です。




