決意の一手
中心が脈打つ。濁りの束が一点へ寄る。角度を半歩ずらし、刃を水平に引いた。水の流れを刃先へ集める。狙いは一点、先ほど露出しかけた核だ。
「アクアスラッシュ」
斬撃が深く食い込み、表層を裂きながら内部の流れをさらに露わにする。直後、ガラティアが重ねた。大剣が同じ軌道へ叩き込まれ、衝撃が集中する。鈍い破砕音。まだ割れない。粘る。
中位精霊が反撃に転じる。体表が膨らみ、腕の塊が左右交互に振り抜かれる。一撃、二撃、三撃。止まらない。前へ出ようとするたびに腕が迫り、間合いを潰される。
捌く。捌く。捌き続ける。
刃で弾き、身体をひねって避け、足元を滑らせて距離を取る。四撃目が肩を掠めた。防具の表面を衝撃が走る。五撃目は頬の横を風圧が切った。六撃目をかわした瞬間、足元の低位精霊が脚に絡みつくように迫る。
「アクアウェーブ」
横に走る水刃が低位精霊を薙ぎ払う。汚染の滓が散る。中位精霊の七撃目が来た。沈み込んでかわす。八撃目。横へ流れる。九撃目。刃で受け流す。腕がじんと痺れた。
十撃目が来た瞬間、ガラティアが割り込んだ。大剣で受け止め、衝撃を逃がす。
「……っ、押される」
歯を食いしばりながら言う。腕甲が砕け、破片が地面に散った。
「癒しの舞!」
春月さくらの声が飛ぶ。春鏡に触れる。桜の音色が鳴った。桜色の光が二人を包む。ガラティアの腕の痺れが引いていく。呼吸が戻る。
しかし中位精霊は止まらない。今度は体ごと押し出してきた。質量で潰す動き。
間合いへ入る。刃を差し込み、軌道を逸らそうとした。
間に合わなかった。
巨大な腕の塊が直撃した。衝撃が全身を貫く。身体が宙を舞い、背後の大木へ叩きつけられる。鈍い轟音。大木がへし折れ、幹が地面に崩れ落ちた。
視界が揺れる。
口の中に鉄の味が広がった。地面に手をついた瞬間、こらえていたものが溢れた。
血が、地面に落ちた。
「クローディスさん!」
春月さくらの声が遠く聞こえる。
立てる。
膝が震える。それでも立てる。剣はまだ手の中にある。視界の端で春月さくらが駆け寄ろうとしていた。片手を上げ、制した。
「問題ない」
声が掠れた。足は動く。
ガラティアがこちらを一瞬だけ見た。何も言わない。ただ前へ向き直り、中位精霊の注意を引きつける。それで十分だった。
「癒しの舞!」
春月さくらが舞い直す。春鏡に指を添える。桜の音が流れた。今度は光が強い。桜色の輝きが全身を包み、裂けた部分がじわりと塞がっていく。吐いた血の味が薄れる。肺の痛みが引いていく。
完全ではない。戦える。
息を吐く。腰のポーチに手を伸ばす。
小さな瓶を取り出す。透明な液体がわずかに光る。躊躇なくそれを口に含んだ。喉を通る瞬間、熱が広がる。魔力が漲る。感覚が冴える。
「行ける」
ひと言だけ言う。ガラティアが頷く。
春月さくらの舞がやわらかく変わる。春鏡が淡く光り、音色が広がった。
「軽風の舞!」
淡い輝きが満ちた。足運びが一段速くなる。身体の軽さが戻ってくる。
外周を回り込み、再び本体の側面へ入った。
「中心、もう少し上だ」
一言だけ告げる。歪んだ魔力の流れがわずかに持ち上がっている。
「分かった」
ガラティアが応じる。二人の狙いが一致する。
先に切り開く。
「アクアスラッシュ」
水をまとった刃が同じ傷へ食い込み、裂け目を縦に広げる。内部の流れが露出し、核の輪郭がはっきりする。ガラティアが前へ出る。大剣を振り上げ、止める。呼吸を合わせ、次で叩き割る構え。
中位精霊が唸る。体表が収縮し、次の瞬間、腕のような塊を振り抜いた。横薙ぎの一撃。沈み込み、刃の下を滑り抜ける。ガラティアは受け流し、角度を外す。完全な回避ではない。衝撃が腕へ伝わる。体勢は崩さない。
春月さくらの舞が変わる。春鏡をそっと握る。淡い音色が響いた。
「増力の舞!」
桜色の輝きが増した。筋力が底上げされ、ガラティアの一歩が一段重くなる。握りも締まる。
「押し切る」
ガラティアが低く言う。
「ああ」
応じる。
刃を入れ続け、傷口を維持する。ガラティアはそこへ一点集中で重撃を重ねる。衝撃の蓄積で、内部の流れが乱れる。核が揺れる。
魔力の底が見えている。決定打には届かない。わずかに足りない。
春月さくらの舞がやわらかく変わる。春鏡に触れる。桜の音色が鳴った。
「癒しの舞!」
桜色の光が溢れ、二人の消耗を底から支える。戦える。それだけでいい。
中位精霊の核が、露出したまま脈打つ。汚染の滓がそこへ吸い寄せられる。今までで一番、深く見える。二人の動きが止まる。止まっているのではない。溜めている。
刃先に水を集める。ガラティアは大剣を肩口で止める。春月さくらの舞が維持され、桜光が視界の端で揺れる。
「次で終わらせる」
ガラティアが答える。
「そのつもりだ」
核へ――決着の一撃を叩き込む。




