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異界からの来訪者

裂け目がわずかに広がる。空気が吸い込まれるように揺れ、その中心から何かが押し出される。白い光が一瞬だけ強まり、次の瞬間、小柄な人影が足をもつれさせるようにして地面へ現れた。着地は不格好で、よろめきながらもなんとか転倒を免れる。


「え、ちょっと……ここ、どこ……?」


少女は周囲を見回し、明らかに戸惑っている。


クローディスとガラティアは同時に構えた。裂け目から出てきた。この状況下では何が出てきてもおかしくない。敵か味方か、何者かも分からない。距離は保つ。


少女は二人の視線に気づき、慌てて手を振る。


「あ、違います!怪しい者では……たぶん、ないです!」


言葉がまとまらない。その拍子に帯に差していた小さな手鏡を落とした。表面がわずかにピンク色の光を帯びている。


「あっ」


拾おうとした足がもつれ、つま先でそれを弾いてしまう。鏡は地面を滑り、少し離れたところで止まった。


「大変……!割れてないかな……!」


慌てて追いかけ、しゃがみ込み、両手で持ち上げてあちこちを確かめる。クローディスはその手鏡に一瞬だけ視線を向けた。見たことのない素材。淡いピンクの光を帯びている。だが今は優先事項ではない。視線を少女へ戻す。


敵意はない。汚染された気配もない。

だが――何者かは分からない。


その仕草は戦場の緊張とは明らかに噛み合っていなかった。


しばらくして少女は深呼吸を一つ。両手で手鏡を抱え直し、姿勢を整える。


「えっと、私は春月さくらって言います。……ここ、人界ですよね?迷子になっちゃったみたいで……」


剣を下げないまま様子を見る。ガラティアも同様に構えたままだが、視線はやや緩んでいる。


春月さくらは周囲の木々を見上げ、少し首を傾げた。


「……桜、ないんだ」


ぽつりと呟く。その言葉にクローディスとガラティアは反応しない。聞いたことのない単語だった。


「桜っていうのはね、こう……花びらがひらひらして、ピンクで、すごく綺麗で……」


身振り手振りで説明するが、伝わっている様子はない。


その時だった。空気が変わる。先ほどまでとは比べ物にならない圧が、森の奥から押し寄せる。地面がわずかに震え、木々の葉が揺れる。視線が鋭くなる。ガラティアが大剣を握り直した。


「来るぞ」


低い声。春月さくらも反射的に振り向く。


「……なに、これ……」


土の匂いが濃くなる。空気が重く沈む。次の瞬間、前方の地面がわずかに盛り上がった。そこから、ゆっくりと現れる。人の倍以上はある巨大な塊。土色を濁らせた半透明の体。内部に濁った光が渦巻き、中心に歪んだ輝きが灯っている。表面には太い歪曲紋様が走り、低く唸るような音を発していた。


汚染された中位精霊。

――土か。風では押し切れない。


その存在が、はっきりと姿を現した。


ガラティアが一歩前へ出る。クローディスも並ぶ。春月さくらは一瞬だけその場に立ち尽くし、二人の背中を見つめた。


戦いが始まる。

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