ゴブリンライダー
「……起きろ」
ガラティアが声をかける。
クローディスはすぐに目を開けた。
「どうした」
ガラティアは入口の隙間から外を見ている。
「囲まれている」
クローディスは身体を起こし、傍らの剣を手に取った。音を立てないよう入口へ寄り、ガラティアの横から外を覗く。
朝の淡い光が差し始めた森。
木々の間には、狼に跨ったゴブリンの姿がいくつもあった。粗雑な剣や槍を手に、小屋の周囲からこちらを窺っている。
「……ゴブリンライダーか」
「ああ」
見える範囲だけでも十を超えている。さらに木々の奥にも、狼の脚や武器の先端が覗いていた。
クローディスは入口を離れ、まだ眠っているさくらの傍へしゃがんだ。肩に軽く触れる。
「起きろ。静かに」
「ん……」
さくらが薄く目を開ける。
「クロさん……?」
「外にいる」
眠気の残っていた目が、僅かに見開かれた。
「……狼?」
「ゴブリンライダーだ」
さくらの表情が強張る。
外から低い唸り声が聞こえた。
さくらは入口へ目を向ける。
クローディスは立ち上がり、剣を抜いた。
風が刃に纏わりつき、その表面を薄く覆う。
続いてもう一つ、風がクローディスの身体を巡り、防具へ宿った。
ガラティアも大剣を構える。
「光よ武器に宿り力となれ――エンチャントウエポン」
刃が淡い光を帯びる。
続けて、
「光よ防具に宿り守りとなれ――エンチャントアーマー」
光がガラティアの防具を包んだ。
そのとき、石と石が擦れ合うような重い音が山側から聞こえた。
ガラティアがそちらへ目を向ける。
クローディスも続いた。
斜面の上で、何体ものゴブリンが大岩に身体を押しつけている。
やがて岩が傾き――転がり始めた。
土を抉り、小石を弾き飛ばしながら勢いを増していく。
向かう先は小屋だった。
「さくら、立て!」
「えっ――」
「出るぞ!」
ガラティアが扉を開け放つ。
クローディスがさくらを促し、三人が外へ飛び出した。
直後、背後から凄まじい衝撃音が響く。
大岩が壁を突き破った。
木材が弾け、柱がへし折れる。押し込まれた岩に屋根が崩れ落ち、砕けた板や木片が土煙とともに辺りへ飛び散った。
さくらが振り返る。
ついさっきまで眠っていた小屋は、大岩に半ば押し潰されていた。
その背後から、狼たちの唸り声が重なる。
ゴブリンたちが武器を掲げ、狼の腹を蹴った。
周囲に散っていたライダーたちが、一斉に距離を詰め始める。
クローディスは剣を構え、前へ出た。
「数が多い。俺が斬り込む。合わせてくれ」
「ああ」
ガラティアも大剣を構え直す。
前方から迫るゴブリンライダーへ、クローディスが駆け出した。
正面のライダーが剣を振り上げる。その右手、木々の間から別の影が距離を詰めてきた。
「――ウィンドスラッシュ」
風を纏った剣が加速する。
正面へ斬撃を放ち、その勢いのまま刃が翻る。右手から飛び込んできたライダーを巻き込み、五連の斬撃が瞬く間に走った。
「ギャァッ!」
斬られたライダーたちが、土を巻き上げながら崩れ落ちる。
その陰から、三騎が飛び出した。
正面と左右へ散り、クローディスへ襲いかかる。
「クローディス! 飛べ!」
ガラティアの声に、クローディスは即座に高く跳んだ。
振るわれた武器が、その足元で空を切る。
「食らえ――烈斬破!」
ガラティアが大剣を横薙ぎに振り抜く。
衝撃波が地を駆け、三騎をまとめて薙ぎ払った。
「ギャァッ!」
狼とゴブリンが弾き飛ばされ、地面を転がっていく。
その頭上で、クローディスはガラティアたちの側面へ回り込むライダーを捉えた。
クローディスは空中で身体を捻り、すぐそばの太い枝へ片足をついて軌道を変える。
枝を蹴った勢いを乗せ、ライダーへ一直線に落ちていく。
狼の背でゴブリンが気づき、剣を掲げた。
その上から、クローディスが刃を振り下ろす。
掲げられた剣ごとゴブリンを斬り抜き、その下の狼まで叩き斬った。
「ギャッ!」
ゴブリンと狼がそのまま倒れ込む。
クローディスは着地すると、次のライダーへ目を向けた。
木々の間には、まだいくつもの影が走っている。
ガラティアも大剣を構え直す。
二人の背中を、さくらは見つめていた。
――今度は、見ているだけじゃない。
「――軽風の舞」
さくらは帯から春鏡を取り出し、そっと触れた。
淡いピンクの光が鏡面に広がり、桜の音色が鳴り響く。
身体を翻すと、袖の先から淡い光が零れた。
桜の花びらを思わせる光が風に乗り、クローディスとガラティアのもとへ舞い広がっていく。
淡い光がクローディスを包む。
横合いから飛び込んできたライダーが、剣を振るう。
クローディスはその脇をすり抜け、一息に狼の側面へ回り込んだ。
刃が走る。
「ギィッ!」
ライダーが崩れ落ちる。
クローディスが顔を上げる。
舞い続けるさくらと目が合った。
小さく頷く。
さくらは舞を続けた。
淡い光がガラティアにも降り注ぐ。
その正面から、ライダーたちが迫る。
ガラティアが前へ出る。
ゴブリンが槍を突き出すより早く、大剣が狼ごと横から捉えた。
「ギャッ!」
騎手もろとも横へ吹き飛び、激しく地を転がる。
その脇を、別のライダーがすり抜けようとする。
ガラティアは踏み込んだ勢いのまま身体を返した。
振り抜いた大剣が、狼の背にいるゴブリンを捉える。
「ギィッ!」
ゴブリンが鞍から弾き飛ばされ、地面に沈んだ。
クローディスが次のライダーへ駆ける。
ガラティアも迫るライダーへ向き直る。
その二人を淡い花びらが追う。
さくらは舞を止めなかった。




