迎撃戦
「……囲まれてる?」
さくらは木々の間へ視線を巡らせた。
あちらにもいる。
振り向いた先にも、灰色の影が動いている。
「え……待って。こんなに……?」
一頭を目で追えば、その向こうで別の獣が動く。そちらへ顔を向ければ、今度は背後で乾いた葉を踏む音が鳴った。
どこを見ればいいのか分からない。
さくらの呼吸が浅くなる。
「クロさん……」
「ロイタリングウルフか」
クローディスは立ち上がり、剣を抜いた。
反対側では、ガラティアも大剣を手に取る。
「随分いるな」
木々の間に見えるだけでも十を超えている。その奥でも、獣の姿が枝葉の隙間を行き来していた。
「さくら、そこにいろ」
「……うん」
クローディスが前へ出る。
ガラティアも反対側へ回り、さくらを間に置いた。
二人に挟まれても、さくらの視線は忙しなく周囲を行き来していた。
右から足音がする。
振り向けば、左の茂みで別の個体が揺れる。
やがて一頭が足を止めた。
低く身を沈める。
地面を蹴った。
開いた顎がクローディスへ襲いかかる。
その軌道へ、クローディスの方から地を蹴った。
牙が届くより早く剣が走り、首元を斬り抜く。
「ギャウンッ!」
短い悲鳴を残し、狼の身体が落ち葉の上を転がった。
直後、左右の茂みが大きく揺れる。
二頭、三頭。
遅れてさらに二頭が飛び出した。
「っ……!」
さくらが息を呑む。
ガラティアの大剣が横薙ぎに走った。
先頭の一頭を捉え、その体躯ごと後ろから突っ込んできた個体を弾き飛ばす。
「キャインッ!」
二頭がもつれるように地面を転がった。
クローディスの側からも二頭が駆け込んでくる。
一頭が低く走り、もう一頭がその背後から跳ぶ。
クローディスは先頭へ身を沈めて前へ出て、すれ違いざまに首元を斬る。その勢いのまま剣を返し、後ろから飛び込んだ一頭の腹を斬り上げた。
毛並みの塊が地面へ落ちる。
「……二十くらいか?」
ガラティアが大剣を引き戻しながら言った。
「そのくらいだな」
クローディスの声は普段と変わらない。
ガラティアが木々の間を動く獣たちを見る。
「多いな」
「数だけはな」
さくらは目を瞬いた。
周囲では低い唸り声が重なり、何頭ものロイタリングウルフが木々の間を駆けている。
それでも二人の様子は、少しも変わらない。
ロイタリングウルフたちがいったん距離を取った。
正面に残った数頭が低く身を沈める。
その間にも、別の個体が左右へ散っていった。
「……後ろにも」
さくらが振り向く。
木々の間を回り込んでいた二頭が、こちらへ向きを変えた。
正面の群れも動く。
前から。
横から。
後ろから。
地面を蹴り、獣たちが一斉に襲いかかった。
ガラティアがさくらの横を抜ける。
大剣が風を裂き、一頭を横殴りに弾き飛ばす。
その陰からもう一頭が飛び出した。
ガラティアの間合いを避けるように駆け抜けようとした、その先へクローディスが間合いを詰める。
すれ違いざまに刃が首筋を抜けた。
「ギャンッ!」
灰色の体躯が勢いを失い、地面を滑って木の根元へ転がった。
クローディスは足を止めない。
正面から迫る群れへ向きを変え、そのまま駆け込んだ。
振り上げた剣が一頭の喉元を裂く。倒れ込む身体の脇を抜け、続く一頭が牙を剥くより先に刃を返した。
血飛沫が散る。
横から距離を詰めてきた個体には、ガラティアの大剣が叩き込まれた。
鈍い衝撃音とともに、狼の体躯が弾き飛ばされる。
ガラティアは振り下ろした大剣を引き上げると、次に突っ込んでくる一頭へ身体ごと向き直った。
踏み込みに合わせて腰を捻る。
大きく薙いだ刃が胴を捉え、ロイタリングウルフの身体が横合いの茂みへ突っ込んだ。
その脇を抜けようとした一頭へ、クローディスが斬り込む。
短い悲鳴が重なる。
さくらはその場から動けなかった。
舞わなければ。頭では分かっている。
でも、身体が竦んで動かない。
牙が見える。
爪が土を掻く。
右から来たと思えば、次は左。
背後で唸り声が聞こえ、振り向いた時には、すでにガラティアの大剣がその影を薙ぎ払っている。
すぐ近くで何頭ものロイタリングウルフが襲いかかっている。
それでも、その牙も爪も、さくらのいる場所までは一度も届かなかった。
やがて、木々の間を動いていた獣たちが止まり始めた。
残ったロイタリングウルフたちが低く唸りながら、じりじりと距離を取る。
クローディスは剣を構えたまま、群れを見る。
ガラティアも大剣を下ろさない。
一頭が後ずさる。
それにつられるように、別の一頭も距離を取った。
やがて一頭が身を翻した。
その姿が木々の奥へ駆けていく。
続いて二頭、三頭。
残ったロイタリングウルフも次々と背を向け、森の中へ消えていった。
クローディスもガラティアも追撃しなかった。
枝葉を揺らす音が遠ざかっていく。
やがて、頭上を渡る葉擦れと、遠くで鳴く鳥の声だけが残った。




