街道の戦闘
村を出てしばらく歩いた頃だった。
街へ続く道はなだらかな起伏が続き、左右には低い森と草地が広がっている。本来であれば商人や旅人が頻繁に行き交う、安全な街道だった。
だが、その日は違った。
遠くから乾いた音が断続的に響く。
弦を弾く音。
その合間に混じる獣の唸り声と、地面を踏み鳴らす無数の足音。
クローディスが足を止めた。
「……前で戦ってるな」
ガラティアも耳を澄ませる。
「数が多い」
春月さくらが不安そうに辺りを見回した。
「どうするの?」
「様子を見る」
短く答えたクローディスを先頭に、三人は音を殺しながら森沿いへ近づいていく。
やがて木々の隙間から、その光景が見えた。
「……!」
春月さくらが息を呑む。
そこには三十体を超えるコボルトの群れがいた。
粗末な剣や棍棒を振り回し、甲高い叫び声を上げながら一人の冒険者へ殺到している。
群れの中には一回り大きく筋骨隆々とした個体も数匹混ざっていた。
コボルトファイター。
通常種よりも武器の扱いに長けた上位個体だ。
半円を描くように包囲され、左右の森からも次々とコボルトが姿を現す。
普通なら逃げ場はない。
ガラティアが静かに呟いた。
「完全に囲まれてるな」
しかし――
包囲の中心に立つ男だけは、妙に落ち着いていた。
ジルボアだった。
片手で弓を軽く構え、肩の力を抜いたまま群れを見渡している。
焦りも、慌てもない。
むしろ、面倒な依頼が少し増えた程度とでも言いたげな表情だった。
「今日は随分と多いじゃねぇか」
ぼやくように呟きながら一本の矢を番える。
放つ。
矢は一直線に飛び、一体目の額を貫いた。
その勢いは衰えず、後ろにいたコボルトの喉まで射抜く。
二体が同時に倒れた。
飛びかかろうとしていた一体の胸を撃ち抜く。
木陰へ逃げ込もうとした個体の肩口を正確に射抜き、その動きを止める。
矢を放つ。
番える。
放つ。
一連の動作に無駄がない。
まるで呼吸をするように矢が放たれ、そのたびにコボルトが地面へ崩れていく。
クローディスは静かにその射撃を見つめた。
(……見てから狙ってるんじゃない。)
コボルトが次に踏み込む場所。
飛び込む軌道。
逃げる方向。
ジルボアの矢は、そのすべてを先回りしていた。
「予測して撃ってるのか……」
思わず漏れたクローディスの呟きに、ガラティアも小さく頷く。
「近寄らせてない。一歩も」
春月さくらは目を丸くしていた。
「あんなにいるのに……」
その時だった。
ジルボアがこちらへ視線だけ向ける。
口元がわずかに吊り上がった。
「お、見物人か」
弓を引いたまま肩をすくめる。
「悪ぃけど、これくらいなら一人で十分だ」
言い終えると同時に、三本の特殊矢をまとめて番えた。
「――アローレイン」
三本の矢が高く空へ放たれる。
上空で矢が大きく散開した。
次の瞬間、矢の先端に取り付けられた小さなボックスが一斉に展開する。
内部に収められていた無数の小型矢が解き放たれ、雨のように降り注いだ。
無数の悲鳴。
コボルトたちは逃げ場もなく射抜かれ、次々と地面へ倒れていく。
一瞬で群れの数が半分近くまで減った。
「すごい……」
春月さくらが思わず声を漏らす。
しかし、生き残ったコボルトたちは怯まない。
その中からコボルトファイターが飛び出した。
盾を構え、一気に距離を詰める。
矢を放つ。
だが――
ガンッ!
盾に弾かれた。
「ほう」
ジルボアが少しだけ笑う。
「ようやく元気なのが来たか」
コボルトファイターは一気に間合いへ踏み込む。
あと一歩。
弓使いには危険な距離。
だがジルボアは退かなかった。
踏み込んできた勢いを見極めると、身体を半歩ひねり、鋭い回し蹴りを腹へ叩き込む。
鈍い音とともにコボルトファイターの体勢が大きく崩れた。
その一瞬。
すでに次の矢は番えられている。
「ニードルショット」
放たれた矢は盾の縁をかすめるようにすり抜け、露わになった右目を正確に射抜いた。
コボルトファイターは声も上げられず崩れ落ちる。
ガラティアが感心したように鼻を鳴らした。
「近付かれても終わりじゃないか」
残ったコボルトたちは一瞬足を止めた。
仲間が次々と倒れていく光景に、本能的な恐怖を覚えたのだろう。
それでも数を頼りに再び押し寄せる。
ジルボアは慌てない。
矢で前列を確実に削り、群れの動きを誘導する。
左右へ散ろうとした個体を撃ち落とし、逃げ場を失ったコボルトたちは一本の線を描くように密集した。
ジルボアは静かに弓を引き絞る。
「悪ぃな」
一筋の矢が放たれた。
「――ピアッシングショット」
矢は凄まじい勢いで一直線に突き進み、一体、二体、三体――その後ろにいた個体まで次々と貫いていく。
一直線上に並んでいたコボルトがまとめて地面へ崩れ落ちた。
残るは数体。
一本ずつ。
確実に。
矢を放ち続ける。
最後の一体が倒れ、街道は静寂に包まれた。
ジルボアは肩を軽く回し、弓を下ろす。
「依頼達成っと」
そう呟くと、クローディスたちへ歩み寄った。
「悪ぃな。ちょっと見世物になっちまった」
春月さくらは素直に笑みを浮かべる。
「すごかったです」
ガラティアは腕を組んだまま言った。
「数の割に危なげがなかったな」
「群れが散ってただけだ。いつもなら森の中で片付いてる連中なんだけどな」
ジルボアは足元のコボルトを軽くつつく。
「最近は住処がおかしくなってる。汚染の影響で追い出されてきたんだろ」
クローディスも倒れたコボルトたちへ視線を向けた。
三十を超える群れ。
本来なら森の奥で遭遇する規模だ。
それが街道まで流れ出てきている。
「……あり得るな」
ジルボアは肩をすくめた。
「依頼も増える一方だ。冒険者としては飯の種だけど、笑ってばかりもいられねぇな」
弓を肩へ担ぐ。
「ま、俺は次の依頼がある。またどこかで会うだろ」
そう言い残し、森の中へ歩いていく。
軽い足取りのまま、その姿は木々の奥へ消えていった。
春月さくらがその背中を見送り、小さく笑う。
「忙しい人なんだね……」
「冒険者はああいうものだ」
ガラティアが短く答える。
クローディスはもう一度街道を見渡した。
穏やかだったはずの街道に、異変は確実に広がり始めている。
「行こう」
三人は再び街へ続く道を歩き出した。




