第4話「前兆」
患者Aが入院してから、
一週間が経とうとしていた。
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相変わらず、
表面上は何も問題はない。
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規則正しい生活。
安定した言動。
模範的な態度。
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——“理想的な患者”。
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だが、
その評価に違和感を持っているのは、
私だけだった。
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その日、
小さな出来事があった。
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患者Bの私物が、
一つだけ見当たらなくなった。
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騒ぐほどのことではない。
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「どこかに置き忘れたんじゃないか」
誰もがそう考えていた。
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実際、
大きな問題にはならなかった。
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だが——
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妙に引っかかった。
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数時間後。
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その私物は、
全く別の場所から見つかった。
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誰も使わない、
病棟の隅にある収納棚の奥。
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患者B自身も、
そこに置いた記憶はないと言う。
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「まあ、よくあることですよ」
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そう言って、
スタッフは処理を終えた。
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——本当にそうか?
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そのとき、
ふと視線を感じた。
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振り向くと、
患者Aがこちらを見ていた。
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目が合う。
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一瞬だけ、
口元が動いた気がした。
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——笑った?
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次の瞬間には、
いつもの穏やかな表情に戻っていた。
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気のせいかもしれない。
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だが、
妙に現実感があった。
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その日の夜。
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巡回中、
患者Aの部屋の前を通りかかった。
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——物音がする。
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小さく、
何かを動かすような音。
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時計を見る。
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消灯時間は過ぎている。
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本来なら、
全員が就寝しているはずだった。
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扉の前で、
一瞬だけ迷う。
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ノックをするべきか。
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そのとき——
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音が止まった。
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完全な静寂。
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まるで、
こちらに気づいたかのように。
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背中に、
嫌な汗が流れた。
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そのまま、
私は何もせずにその場を離れた。
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——関わらない方がいい。
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直感的に、
そう思った。
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だがその直感は、
すでに遅かったのかもしれない。
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翌朝。
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病棟内に、
妙な空気が流れていた。
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何かが、
確実に変わり始めている。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
違和感は、
小さいうちは見過ごされます。
でも、
本当に危険なのは
「何となくおかしい」を放置することかもしれません。
この作品は、
人間関係の距離感をテーマにしています。
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