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第三十一話:高橋さんの元上司と偶然出会う

 飲み屋から出てくる数人の男たち。

 あれ、この間、会議を行った大手企業の人たちじゃないか。

 そのうちの一人が俺に声をかけてきた。

 俺がお茶で膝を汚してしまったさわやかイケメンさんじゃん。


「よお、中小企業のサトーさんじゃないか、元気かよ」


 白い歯がキラリと光る。

 けど、今夜はずいぶんと酔っぱらっているなあ。


 しかし、「中小企業のサトーさん」ってなんか俺の事、バカにしてるような感じ。

 失礼な人だ。

 しかし、まあ、契約維持のためなら仕方がない。

 ブラック企業の営業の時にくらった名刺手裏剣攻撃に比べたら全然平気だ。


 しかし、隣の高橋さんが顔をうつむいてガクガクと震えはじめた。


「あれ、高橋さん。どうしました」

「……」


 なんだろう、声も出せないって。


 そのイケメンが高橋さんの方を見る。


「なんだ、楓じゃないか。お前、田舎に帰ったんじゃないのかよ」


 ただ、震えるだけの高橋さん。

 そのイケメンは俺と高橋さんを見て言った。


「えー、もしかして、サトーさんと楓って付き合ってるの」


 小声で高橋さんに、「この方は」と聞くが、高橋さんは、「……あの人」としか言えない。

 え、不倫関係だった元上司か。

 けど、三友商事じゃなかったっけ。

 相手に聞いてみた。


「あの、もしかして三友商事に勤めていたんですか」

「ああ、そうだよ。けどヘッドハンティングされて、今はこの会社だよ」


 そして、そのイケメンは高橋さんに近づく。


「なんだ、すっかり髪を短くしたんだな」

「……こ、こっち来ないで……」


 なんとか振り絞るように言う高橋さん。


「なんだよ、冷たいなあ」


 そして、俺に向かって言い放った。


「こいつのあそこいい具合でしょ。俺が調教してやったんだ」


 うわ! なんて事言い出すんだ、こいつは。

 今時、珍しいセクハラ野郎だな。

 ブラック企業もびっくりだ。


「……やめてよ」


 高橋さんが震えながらもなんとか小さい声で抗議する。

 元上司が高橋さんの腕を掴む。


「俺の嫁さん、また妊娠してセックスしてくれないんだよ。たまってんだよ、こっちは。楓、ホテルに行かないか。昔、俺の後輩と一度三人プレイしたことあるじゃないか」

「……ふ、ふざけないで」


 高橋さんが身体を震わしながら、なんとか声を出して抗議する。

 高橋さんの元上司が俺に話しかける。


「けど、あいつこの女の口に出したらさっさと逃げ出しちゃったけどな。しょうもない奴だ。よう、中小企業のサトーさん。あんたと俺とこの女でやるってのはどうだ。この女の上下の口を同時に攻めて楽しもうぜ。この淫乱女も大喜びするぞ」


 後輩はドン引きして逃げただけじゃないのか。

 高橋さんの腕を掴んで離さないイケメン。


「さわらないで、汚らしい」

「なにが汚いだよ。人の家庭を崩壊寸前までにしやがって」

「……な、なんのことよ、人をさんざん殴ったくせに……不潔」


「なに清純ぶってんだよ。俺に嫁がいることを知っているくせに嬉しそうについてきたじゃねーか。お前が断れば何もしないよ。あの時は一切、暴力とか振るってないぞ。処女だったお前を調教して娼婦なみに教え込んでやったのに。散々いかせてやっただろ。お前も楽しんでいたじゃないか。お前の胸もいっぱい揉んでやった。大きくしてやったじゃないか」


 路上にへたり込む高橋さん。

 気分が悪そうだ。

 体をさらに震わしている。


 酔っぱらっているとはいえ、今時珍しいほど気持ち悪いセクハラ野郎だな。

 昭和じゃねーよ、今は。

 令和時代だってのに。


 いや、昭和でもこんな発言を堂々と言うやつはいなかったんじゃないか。

 俺の勤めていたブラック企業でもセクハラ行為には気をつけてたぞ。


 部下の人たちもオロオロしている。

 イケメンの上司らしき人物も渋い顔だ。


「なんだ、楓。お前、調子悪いのか」

「……あなたが中絶させるからよ」

「ああん、しょうがねーだろ。ベッドでお前が俺の上にまたがって激しく腰を振りながら何度も、『私を孕ませて、あなたの注ぎ込んで』って言ったから出ちまったんだよ」

「……殴って、暴力で無理矢理言わせたんじゃないの」

「殴ってねーよ、顔を引っ叩いたり、尻を叩いたりしただけだろ」


 それが暴力だろ。

 こいつはアホか。


「他にもいろんな気持ちいいこと教えてやっただろ。お前が『性奴隷にして』って頼むから仕方なくそうしたんだ」

「……」


 高橋さんはもうほとんど声が出せなくなってきた。 

 なんだこの変態野郎は。

 俺の一億倍変態だな。


 女性が自ら、『私を孕ませて、あなたの注ぎ込んで』とか『性奴隷にして』なんて言うかっての。

 このおっさんエロ漫画の読みすぎじゃねーか。

 暴力で無理矢理言わせやがって。

 最低野郎が。


「もう、いい加減にしたらどうだ」とイケメンの上司が止めに入る。

「こいつが俺を侮辱するからですよ、淫乱女のくせに」 


 そして、俺に向かって笑いかけるイケメン。


「特に尻を叩くとこの女、興奮しやがんだ。叩けば叩くほどいやらしい液を垂れ流して喘ぎ声が大きくなるんだぜ」

「もう、やめて!」と耳をふさぐ高橋さん。

 涙を流している。


 こりゃ、もうだめだ。

 俺は思った。こいつは変態ではない。鬼畜であると。

 鬼畜に容赦はいらない。

 俺はイケメン改め鬼畜の前に立ちはだかった。

 ビビりながら。


「高橋さんを侮辱したり辱めるのはもうやめていただけませんか」

「あのなあ、女ってのは辱めれば辱められるほど興奮する生き物なんだよ。この女が証拠だよ。ホテルの浴室で後ろから両膝をかかえて鏡の前でおしっこさせたらもの凄く興奮してたぞ。もうあそこはぐしょ濡れ。こいつは変態淫乱女だな。この女の後ろの穴も開発中だったんだけど、嫁にバレちゃってそれどころじゃなくなったけどな。この女も残念がってた。もっと面白い話を教えてやろうか。夜中、職場の屋上に連れて行って全裸にして柵に手錠でつないで、浣腸してやった時とか。懐中電灯で照らしてやったら、誰かにいつ見られるかとこの女、涙ながして興奮してやがった。あれは面白かったなあ。他にもいろいろあるぞ。知りたいか」


 ふざけんな!

 もうこいつを許すことは出来ない。


 小心者の俺。

 他人には暴力を振るったことなんてない。

 しかし、ここは高橋さんのためだ。


 こうなったら必殺技を出すしかない。

 ブラック企業で覚えた必殺技。

 ひとつは土下座。

 そして、もうひとつの必殺技。

 それは股間蹴りだ!


 俺は、「あ、あれ」とあらぬ方向を指差す。

「ん、何だ」と鬼畜が目をそちらにやる。


 隙あり!

 俺は思いっきり力をこめて鬼畜の股間に蹴りをぶち込んだ。


「アヒイ!」

「甘い! 隙だらけだよ!」


 鬼畜が路上に倒れて悶絶している。

 部下たちが介抱している。


「さあ、高橋さん、立ち上がって。逃げましょう」


 へたり込んでいる高橋さんをなんとか立ち上がらせて一緒に逃げる。


「契約解除だぞ! あと、楓、あの動画ネットに流してやる!」と鬼畜が俺たちの背中に大声で叫んだ。


 どうでもいいよ、契約なんて。

 しかし、動画の方は心配だ。


それにしても、俺に股間蹴りを実戦で教えてくれたブラック企業の元上司よ、ありがとうございます。

感謝します。


 身体を震わせている高橋さんを支えながら、なんとかバイクの駐車場まで連れて行った。


「少し休ませて……」


 高橋さんはバイクに寄りかかり、ポシェットから何錠もの薬をまた飲んでいる。

 せっかく、今日はほとんど薬の世話になってなかったのに。

 鬼畜のせいで台無しだ。

 しばらくして落ち着いたのか、高橋さんが俺に謝った。


「ごめんなさい。また迷惑をかけてしまった。あの人、契約とか叫んでたけど、もしその契約解除されたら、佐藤さんは会社でまずいことにならないの」

「まあ、クビでしょうね。けど、いいんです。会社なんて星の数ほどありますよ」


 高橋さんがポツンと呟くように言った。


「また迷惑をかけてしまった……こんなどうしようもない女と一緒にいないほうがいいと思うけど……」

「そんなことないですよ」


 しかし、高橋さんは力なくうつむいたまま。

  

「けど、とんでもない奴でしたね」

「でも、正しい事言ってるとこもあるわ」

「ええ、どこが正しいんですか」

「最初に誘われたとき、一切の暴力も強制もなかったってこと。奥さんがいることも知ってた。断ればいいのに、私は喜んでついていった。自分から積極的に」

「相手の本性を知らなかったからでしょ」

「けど、不倫ってことは自覚していたんだから」


 あんな最低男を擁護する高橋さん。本当に優しい人だなあ。


 高橋さんを後ろに乗せてバイクで家に帰る。

 スカイツリーに向かってた時と違って、全く無言だ。

 家に帰ると、高橋さんはまた薬を飲んでいる。

 ソファに二人並んで座る。

 会話が無い。


 また、元に戻ってしまったなあと俺が思っていると、高橋さんが不安そうに言った。


「……あの人が、もし、動画を流出させたらどうしよう」

「あんな奴でも一流企業の社員だからその地位は失いたくはないと思いますよ。流出させることはしないでしょ。自分も映っているんでしょ。ああいう奴は自分のことが一番大事だから」

「……そうかしら」 

「それに、そうなっても俺、高橋さんを全力で守りますよ。高橋さんは俺の女神様ですよ」


 どうやって守っていいかわからないけど。

 ただ、どんなに世間から嘲られようが絶対守る!


 しばらくして、高橋さんが少し恥ずかしそうに言った。


「……あの人が言ってた話を聞いていて、どう思ったの。全部本当の話。不潔な女だって思わなかった。薄汚れた女だって思わなかったの」

「いえ、全く。とにかく高橋さんは俺の女神です。それにあいつから無理矢理されたことでしょ」


 しかし、高橋さんはうつむいて黙ってしまった。

 しばらくして、顔を上げる。

 涙目になって怒った顔で叫ぶように俺に言い放つ。


「あの人にもてあそばれて、さんざん恥ずかしいめにあわされて、中絶したあげく捨てられて。その後、精神病院に入ったり、二度の自殺未遂、二度の万引きで逮捕、今も精神薬が手放せない無職の私のいったいどこが女神なのよ!」


 こんなに感情的になった高橋さんは初めてだ。

思わずこちらも大声を出してしまった。


「どんな目に遭ってようが、どんなに汚れてようが、高橋さんは俺の女神様ですよ!」


 本心でそう思った。


 しばらくして、高橋さんがまた呟くように言った。


「……ごめんなさい、つい、感情的になって。佐藤さんは関係ないよね。結局、私が悪いんだ」

「高橋さんの何が悪いんですか」

「前にも言ったけど、向こうの奥さん妊娠中だった。それなのに心労をかけてしまったし」


 また、相手のことを考えている。

 酷い事言われたのに、優しいなあ。

 しかし、いつの間にか自分が悪いと考えてしまう、我が女神様。優しすぎ。


 優しくなければ生きていく資格が無い。


 とは言うものの、


 優しさだけでは生きていけないとも思う。


 ううむ、我が女神様。

 さんざん高橋さんの家に押し掛けて、セクシーな写真を無理矢理撮影した俺には全く資格が無いし、本来、二十四時間高橋さんに土下座をしなくてはいけないくらいだが、あえて厳しいことを言わざるを得ない。本人も土下座は嫌いなようだし。説教するのは二回目だな。説教と言うのは神聖変態帝国皇帝には最も似合わないものなのだがなあ。


「高橋さん、優しすぎますよ。その優しさも本当は相手に嫌われるかもしれないと怯えているだけじゃないですか。それとも悲劇的な自分に陶酔しているだけかもしれないと思いませんか。他人にかまわず、もう少し自分本位に生きてもいいと思います。周りにわがままで甘えてもいいと思いますけど」

「……そうかもね」


 その後、高橋さんは黙り込んでしまう。

 今日はそっとしておくのが一番かなあと俺は思い始めた。


「じゃあ、俺は家に帰ります」

「あ、お願い、一緒にいてほしい」

「不安なんですか。薬が効くまでここにいますよ」


 すると、少し怒ったような表情で高橋さんが俺に言った。


「さっきわがままでもいいって言ったよね」

「ええ」

「お願い、朝まで私を抱きしめて。本当に私の事が好きなら。ただ抱きしめてくれるだけでいいの」


 その後、俺と高橋さんはソファで服を着たまま、ただ抱き合って朝まで眠った。

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