第二十五話:兄貴からの真剣な話
当分、高橋さんの撮影会は中止になった。
高橋さんは母親の看病で大変だ。
俺も、高橋さんのお母さんが末期がんだってのにあんな撮影会をやる気分には到底なれなかった。
お母さんが亡くなったら、高橋さんはどうなるのだろうか。
無職で精神病。
親戚からは嫌われている。
兄弟は無し。
父親はすでに他界。
友人と言うか知り合いと言えるのはキモオタの俺一人。
なんとか支えてあげたいなあ。
しかし、単なるバイト警備員に何が出来るってんだ。
ぼんやりと高橋さんの画像を見る。
飛鳥山公園で写した、唯一、彼女の顔が写っている写真だ。
朗らかに笑っている。
この笑顔をなんとかして取り戻したいなあ。
いや、もっともっと明るい笑顔にしたいんだ。
「お前の彼女って優しそうな顔してるな」
「うわ!」
いつの間にかまた兄貴が後ろに立っていた。
松葉杖をついている。
ボーッとした表情。
背後霊かっての。
「兄貴、びっくりさせないでよ」
「すまん。ところでこの写真、どこで撮った」
「飛鳥山公園だよ。この前、桜を見に行ったんだ」
「そうか。幸せそうだな、彼女」
確かにこの頃は病気が治りかけていた気分になって、本人も機嫌が良かったんだよなあ。
「うーん、そうかな。で、またパソコン使うの」
「いや、違う。お前に話がある」
「なに」
「彼女、精神病だろ」
「え、なんで知ってんの」
「巣鴨のクリニックで偶然会ったんだよ。びっくりしたよ。話しかけなかったけどな」
「えー、すげー偶然だ」
「巣鴨にある有名なクリニックだから、出会っても不思議ではないな。彼女、西巣鴨に住んでるんだろ。で、彼女の病名は」
「……パニック障害。それにうつ病も併発」
「薬はどれくらいの期間飲んでいるんだ」
「二年間くらい飲んでいるみたい」
「そうか、うーん……もし、結婚する事になったら、その場合は慎重に考えたほうがいいと思うけどな」
結婚! そんな事、一度も考えたことなかったな。
高橋さんがおれと結婚してくれるなんてありえるのだろうか。
異世界にでも行かなきゃありえないんじゃないかな。
「しかし、精神障害者だからと言って、差別するのはやめてくれないかな、兄貴」
「差別じゃない。だいたい、俺も精神障害者だからな」
「あ、そうだよね」
「で、結婚したとするだろ。お前も、今は楽そうなバイトをやっているが、いずれちゃんと就職するだろ。仕事ってすごくストレスがたまるじゃないか。ヘトヘトになって自宅に帰ると、奥さんがベッドでただ寝ているだけ。家事は全部お前がやるんだぞ。そんな生活に耐えられるのか。それに、もし、子供が出来たらどうするんだ。子育てというのは想像以上に大変だぞ」
「た、耐えられるよ。それに彼女の病気が治るかもしれないじゃないか」
「そんな、なまやさしい病気じゃないぞ」
まあ、俺もメンタルヘルスの本を読んだこともあり、厄介な病気であることは知っていたのだが、つい反論したくなった。
「ネットで精神病患者の質問に精神科医の意見が載ってたのを見たよ。パニック障害やうつ病は必ず治りますって回答してた」
「そんなの、そういうしかないだろ医者の立場じゃ。一生治らない場合もありますなんて下手に回答したら、質問した患者が自殺しかねないじゃないか」
「それでも彼女を支えるよ。兄貴の嫁さんみたいに見捨てたりはしないよ」
「あいつの悪口は言わないでほしいんだがな」
「あ、ごめん」
「それに追い出されたわけじゃない。俺の方からあいつに離婚を切り出したんだ」
「え、そうなの」
「俺はあいつがヘトヘトになっているのを見てられなかった。在宅で自分の仕事、子育て、家事、おまけに何も出来ない俺の世話。もう疲れ果てているのがわかったんだよ。見てられなくてね、つらそうで。自分の時間なんて全くない。せめて俺がいなくなれば負担も減ると思ってな」
そうだったのか、知らなかった。
「真剣に聞いてくれ。お前が女性だったとして、今の俺と結婚するか」
「うーん……」
無精ひげだらけでぼんやりとした表情の兄貴。
学生の頃はイケメンでスポーツ万能、勉強も出来てモテモテだった兄貴。
今はボロボロ。最近、自殺未遂した兄貴。
うーん。愛は勝つと言いたいところだが、こりゃ、女性としたら二の足を踏むだろうな。
「何度も言うがお前が考えているほど甘い病気じゃないぞ。お前に彼女を一生支える覚悟があるのか。一生薬を飲み続ける可能性だってあるんだぞ。一生治らないかもしれない。ものすごく苦労することになるかもしれないんだぞ。今までも彼女に面倒をかけられたことはないのか」
ううむ、そう言えば高橋さんが万引きしてしまったおかげで、身元引受人になるため親父が用意してくれた会社の面接に行けなかったなあ。
「親族だってどう思うか」
「彼女は親族から嫌われているんだよ。ご両親も亡くなった。兄弟もいないし、友人もいない。知り合いは俺だけなんだ。なおさら支えてやらないと」
「違うよ、俺たちの親族だよ。とくに親父。俺に対する態度を見ろよ。全く精神病に対して理解がないじゃないか。だから、嫁に追い出されたってことにしたんだ。俺から離婚を言い出したってわかったら、根性がないとか気合が足りないとかうるさくて仕方がないからな。あいつには悪かったけど、嫁の方から離婚を言われたんで仕方がないってことにしたんだ。あの親父も他人になった嫁には文句言わないだろ。それでさ、お前が彼女と結婚したとして、親父があんな態度取ってきたらどうするんだ」
「いや、そしたらあのバブル親父とは縁を切るよ。とにかく本当に素晴らしい女性なんだ。外見とかじゃなくて中身も全部。ものすごく優しい女性なんだ。見放すどころかずっと一緒にいたいんだけどな」
一緒にいてくれた場合の話だけど。
「一生支える覚悟があるのか」
「あるよ!」
勢いで答えた。
まあ、結婚してくれた場合の話だけどさ。
はっきり言って可能性はかなり低いぞ。
ゼロじゃないか。
だいたい、病気が治ったら俺の方があっさり捨てられるかもしれん。
「本当だろうな」
「本当だ!」
「よし、その覚悟があるんなら、たとえ親父が猛反対しても俺はお前を全力で応援するよ」
「……ありがとう、兄貴」
しかし、俺と高橋さんが結婚なんて本当にありえるのだろうか。
マジ、異世界転移しないとありえないんじゃないか。
異世界新婚生活。
うーん、けど、もしそうなら、バイト警備員ってのはやばいよな。
よし、真剣に再就職活動に専念するぞ!
と言うわけで、ようやく俺も重い腰を上げて真剣に再就職活動に挑んだ。
なかなか決まらないし、いいところもない。
バブル親父が推薦してきた印刷関係の会社。
今、思えば惜しかったなあ。
しかし、今さらしょうがない。
やはり、新卒十か月で辞めたってのがネックになっているようだ。
そういうのは採用されないんだよな。
根性無しと思われて。
苦闘三か月。
氷河期世代並みに面接を繰り返した。
つらい。
ようやく中小IT企業の営業に就職。
IT知識に乏しいのによく採用してくれたもんだ。
しかし、最近はIT業界未経験でも採用されるらしい。
一応、ブラック企業であったが金融業界出身というのも考慮されたらしい。
あんなブラック企業の経歴でも役に立つことがあるのか。
まあ、金融業界にも進出する予定らしい。
ITソリューション企業。
大手の下請けでもある。
何をやっているのか、正直、自分でも詳細には理解していない。
いい加減な俺。
給料は高くない。
まあ、警備員のバイトよりはマシですが。
どうやら営業の兵隊さんが必要みたいね。
使い捨ての兵隊扱いされるかもしれんけどさ。
営業かあ。
ブラック企業時代のつらさがよみがえってくる。
名刺手裏剣攻撃をかわす再訓練をしておかなければいけないな。
しかし、いずれはAIが全て取り仕切って、営業なんてクビになるかも。
そうすると、将来性ないぞ。
まあ、いいや。
とにかく就職したんで、バブル親父も、「よく、やったな。おめでとう。やはり必要なのは気合と根性だ」と珍しく褒めてくれた。
まあ、気合と根性はともかく頑張るぞ!
その頃、高橋さんからメールが来た。
『本日、母が亡くなりました。いろいろとご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。葬儀の方は親族ですませました』
お母さんが亡くなったようだ。
これから高橋さんはどうなるんだろうか。
心配だ。




