第二十四話:高橋さんが万引きで再逮捕
今日は再就職の面接だ。
午後三時が面接の予定時刻。
警備のバイトの勤務時間を少しずらしてもらった。
久々に背広を着る。
親父との口喧嘩の結果、行くことになった。
印刷関連の会社。
まあ、あまり気が進まないが行くとするか。
そんな時、スマホが鳴った。
滝野川一丁目の交番から電話。
警察官からだった。
「あなたの彼女が万引きで捕まったんだよ。身元引受人としてあなたの名前を出した。こちらに来てくれませんか」
仰天した俺は、断りの電話を面接予定だった印刷関連の会社に入れて、すぐに交番へ行った。
短期間で二度目の万引き。
しかし、ほとんど説教だけで終わるようだ。
どうやら、警察も面倒らしい。
後、高橋さんが障害者手帳カードを持ってたのも考慮したらしい。
しかし、もう一回やったら、確実に検察局に送検するみたい。
そうなると下手したら前科者になってしまう。
もう一度万引きしたら、次はただじゃおかないからと警官に言われてしまった。
万引きしたのは百円のパン一個。税抜き価格。
コンビニで万引きしてしまった。
高橋さんが交番でうつむいて、座っている。
俺に気がつくと頭を下げて言った。
「あ、佐藤さん、本当に申し訳ありません」
「あの、お母様はどうされたんですか」
「実は、母は今入院中なの。それで、親戚は遠くの地方にいるし、もう知り合いで頼めるの佐藤さんしかいなかったの。本当にご迷惑かけてごめんなさい」
「差し支えなければ教えてほしいのですが、お母様はどんな病気なんですか」
「……すい臓がんです」
「え、大変な病気じゃないですか」
「もう末期に入っていて、余命は三か月って宣告されたの」
「……それは大変ですね」
「はい、お見舞いに行ったんだけど、母は機嫌が悪かった。やっぱり、私の事嫌いみたい。なじられました。最低の万引き娘って言われちゃった。お前の顔なんて見たくないって言われて。それで、なんだかイライラしてきて、またやっちゃった。もう、どうしようもない女ですね」
涙目の高橋さん。痛々しい。
うーん、なんと慰めていいのか。
すっかり落ち込んでいる高橋さんを、とにかくアパートまで連れていく。
そして、自宅でさらに多めに薬を飲んでしまう高橋さん。
ようやく落ち着いたようだが、呟くように言った。
「もう、私、治らないんじゃないかって思うの……」
「いや、そんなことはないと思いますけど」
そうは言ったものの、ううむ、実際のところ専門家じゃないのでなんとも言えん。
「私、親戚中に嫌われてるの。自殺未遂して精神病院に入院したから。田舎って自殺を試みた人とか精神障害者とかにはあまり良い印象を持たないのよ」
偏見を持つ人は田舎だけでなく都会に住んでいる人にもいるけどな。
俺の家にもいる。
あのバブル親父だ。
「けど、最近は心の病の方たちへの配慮も社会的に進んできたように思いますけど」
「……そうだったら、いいけど」
しばし、沈黙が流れる。
ただ、二人並んでソファに座っている。
なんとか慰める方法はないかと考えるが全然思いつかない。
俺が悩んでいると、高橋さんがちょっと微笑んで言った。
「佐藤さん、今日は背広姿で珍しいね」
「えーと、今日、就職の面接があったんですけど断りました」
「え、じゃあ、私、就職活動の邪魔しちゃったんですね」
「いや、親が勝手に決めた件で元々気が進まなかったから、どうでもいですよ。どうせ受からないし」
しかし、高橋さんがまた身体を震わし始めた。
また薬を少し飲んでしまう。
「本当に申し訳ありません。ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」
ひたすら涙目で謝る高橋さん。
「いや、本当に行きたいところじゃなかったんで、気にしないでいいですよ」
高橋さんがうつむいて、涙を流している。
ますます痛々しい。
どうにかならないかなあ。
ただ、時間が過ぎていくだけ。
「高橋さん、今日はもう休んだほうがいいと思うんですけど」
「はい……」
「じゃあ、一旦、俺は帰りますね。あのー、俺に出来ることがあったら何でも言って下さい。家が近いからすぐに駆けつけますので。とにかく、ゆっくり眠ったほうがいいですよ」
「うん、ありがとう」
家に歩いて帰りながら、考える。
帰り際に笑ってくれたけど、高橋さんの笑顔。弱々しいんだよなあ。
あの笑顔じゃなくて飛鳥山公園で花見の時とかの自信を取り戻しつつあった、高橋さんの元気でかわいい笑顔が見たいんだ、俺は。
そして、家に帰ると、バブル親父に首を絞められた。
「お前、なんで面接に行かなかったんだよ!」
高橋さんの事は言いたくない。
万引きの事がばれてしまう。
彼女の事は守りたい。
「ちょっと、首絞めるのはやめてよ。いやあ、印刷業界って将来性がないんじゃないかと心配になってね。今、どんどんペーパーレス化してんじゃん、この世の中」
「お前の将来の方がもっと心配だよ! 全然、将来性が無いじゃないか、馬鹿野郎!」
「うるせー、人には都合ってもんがあるんだ」
「せっかく、先方に何度も頭を下げて頼み込んで特別に設定してもらったんだぞ。本来なら、ほぼ再就職は決まっていたようなもんだったのに。反故にしやがって。ふざけんな、このごく潰し!」
そうか、親父はわざわざ先方に頭を下げてまで俺を就職させようとしていたのか。
こんなバブル親父でも息子のことを心配してくれてたんだな。
「わかったよ! 謝るよ、バブル親父! ただ、本当に大事な用事があったんだよ。もう大切な用事がさ」
「なんだよ、その態度は。ふざけんな! 全然謝ってないじゃないか! それでどういう用事だよ」
「言えない」
「言えないってどういうことだ」
「言えないから言えないんだよ」
「言え! このバカ息子!」
「言えないから言えないんだよって言ってんだろ、バブル親父!」
「言えって言ってんだ、日本語理解してんのか、このごく潰し!」
「言えないから言えないんだよって言ってんだろ! と言ってんだ! クソバブル親父!」
結局、お互いで首を絞めあうはめに。
母親にとめられた。




