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月からの使者 創世編  作者: 朝太郎
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光の間――星の扉にて

いつの間にかこの場所に来ていた。

「忙しいときになんの用だ? 」

引き連れたままの怒りを、アルルにぶつける。

「あなたの心がわたしたちに伝わりました」

アルルは平然と、淡々と告げた。

「クロノア・ルナリアの声は届きましたか? 」

「ああ、さっき届いた」

言葉ではなかった。だが、彼女が言いたかったことは確かにクロノスの心に届いた。

「生まれて初めての言葉だったと思う。これからも心に残っていくだろうよ」

「でも、クロノアさんの言葉だけではなかったはずです。あなたの心を動かしたのは彼女の言葉を借りたとしても、もう一人の人物のおかげでしょう。心の底から願ってこそ、わたしたちはこの場所に辿り着くことができた」

「そういえば、最初の頃に比べたら綺麗な世界になったな」

真っ白い世界に彼女がいて、その背後に誰が通るのか理解不能なサイズの巨大な扉がある。

「綺麗なのはあなたの影響です。ここはそういう風に作られています。ですが、コレがあるということはあなたの願いにわたしたちが応えたいという表れです」

アルルが笑う。だが、様子がいつもと違った。訪れるごとにこの世界が少しずつ変化していることに関係しているのだろうか?

異世界で出会った時の様に、いまの彼女からは戦いの気配を感じる。静謐なイメージの中に燃え上がる炎。空間全体を満たすこの感覚に落ち着きが戻ってくる。

「俺に加護をくれるって意味か? 」

「加護を与えるという意味なら近い表現ですが、加護を与えたくらいでエイジアスの闇を押し退けることは不可能でしょう。彼はすでにあなたたちを残す生命を大地に還してしまった」

「勝てないっていいたいのか? 」

「恐い顔ですね」

「俺は諦めたくないからだ」

思い出す怒りを表すクロノスを、アルルは黙って見つめる。

「いままで目を背けてきたこの世界を俺は守りたい。俺を拒絶してきたこの世界の人々を救いたい。俺のことを好きだといってくれた女の生きたこの世界を助けたい。俺のことを信じてくれる人が待っているこの世界を取り戻したい。俺をずっと守ってくれた大切な者が救いたい未来を手にしたい。だから、俺に力を貸してくれ」

「その言葉をわたしたちはずっと待っていました」

その瞬間、世界が揺れる。

「わたしたちは多くの時間を共有してきました。その中でわたしたちは人間の罪深さと欲深さを知りました。これを愚かなことだと思わなかった時はありません。どうしてこのような者たちに命を与えてしまったのだと後悔したこともあったことでしょう。ですが、わたしたちはそれでも人間の無限の可能性を信じることにしました」

十の気配が姿を現す。凝縮された神々しい光を放つ玉が宙に浮かんでいる。

「箱庭のようなこの世界でも全ての人々が愚かではないことをエイジアスは知るべきだったのです」

アルルの言葉を最後に、光玉が各々の形に変化する。十の異形がクロノスを見下ろしていた。

「わたしたちはクロノス・ルナリアを我らが主と見定めましょう」

「それで、俺がこの世界を救うためにはどうすればいい? 」

「わたしたちはあなたの創造力によって始めて顕現することができます。個々の意識は持っていても、神々たるわたしたちは魂だけの存在です。だから、創造しなさい。そうすればわたしたちはあなたと共に戦うことができる」

創造力を使って使用するといえば創造魔術が一般的だが、それと同等と考えていいのかクロノスには判断できない。

しかし、話の内容は理解した。

アルルの話が本当なら、エイジアスの能力と互角に渡り合える可能性が上がる。

いや、勝てるかもしれない。

クロノスは意識を集中した。創造魔術すらまともに使っていなかったから、正しいやり方なんて知らない。だが、クロノスは意識を集中し、創造力働かせた。恐れ多くも神を創造することに戸惑いはしたが、構わず進めた。

アルビノとしてのもう一人の自分、というか目の前にいるものたち全てが自分なのだ。

光の一つに変化が起きた。

クロノスはその一つにさらに意識を集中させた。イメージを膨らませて、創造する神の姿。神々の能力。エイジアスを比較に上げるなら、別次元の能力を持っているだろう。

形が変化する。光が伸びるようにして、クロノスの前に立った。

手足から光が失われ、銀色の長い髪、両眼の青い瞳を見た。ディアソルテ。月の女神と称される彼女からは愛しさとせつなさが流れていた。言葉は出ない。だが、ディアソルテの姿が変化していることから彼女もこのことを薄々と理解していたのだろう。

「お前が泣いていたのはそういう意味だったのか」

小さくなった月の女神は小さく頷いた。年相応の可憐な少女にしか見えない。それでも、彼女から溢れ出す月の魔力は凄まじいものがある。

世界を守る守護神、そして事象神と呼ばれる特別な神としての風格が滲み出ている。だというのに、彼女の気持ちがそうされているのかディアソルテはとても小さな存在に感じられた。

彼女には泣いて欲しくない。

アルルの言葉である個々の意識は確かにあった。だが、それは神も人間と同様の存在だと思わせるものだった。月の女神ディアソルテ。

魔人と呼ばれ、クリスタル王国の地下で眠っていた彼女はこうして、本来の役割に戻ることになった。

『……クロノス、あなたは』

引っかかるような言葉が詰まる。ディアソルテは必死に、言葉を作ろうとしていた。それでも、喉を越えることができない言葉は、嗚咽となってしまう。

彼女が伝えようとしていることを、クロノスは黙って待ち続けた。だが、彼女は言えなかった。出会った時に、直感が告げていた。

いずれ、このような状況がやってくるのではないか。アルビノとしての使命を果たすために、未来に大きな混沌を起こすのではないかと。

しかし、彼は運命の輪から外れた存在だった。エイジアスの運命に左右されない唯一無二の存在だった。

「わかっているよ、ディアソルテ」

クロノスを見た。いつもなら見下ろしている彼を見上げている自分がどんな顔をしているのかわからないが、その瞳が語る感情は穏やかなものだった。

「でも、俺はもう逃げないと決めた。そして、自分のやりたいことを決めた。だから、お前の願いは聞くことが出来ない」

『あなたが決めたことにわたしは口を出さないよ。わたしがあなたの前に姿を見せるのはこれが最後だと思うから言うけど、わたしはあなたと初めて会った時を覚えているよ。ううん、忘れようとしてもあの日だけは忘れられない。月の女神として存在を許されてからわたしに人としての言葉を掛けてくれたのはあなただけだった。わたしはそれがとても嬉しかった』

神々には世界に過度の干渉をしてはならない決まりがあった。この世界を守護するものとして、干渉するということは未来を大きく変えてしまう可能性があったからだ。

それでは自分の存在はどうだったのか? わからない。

地上に降り立ってから数千年の月日を過ごして、堕落する色褪せた世界に興味は失せていた。彼との出会い。クロノス・ルナリアの未来に興味を持ったのはこのときだ。神のとしての役割を放棄してからどのぐらいの月日が経ったのか、忘れてしまった。運命は平等に流れているということだろうか。

だが、そうではない。

ディアソルテよりも先にこの世界の負に影響を受け、干渉してしまったものがいた。クロノスが生み出された理由は知っていた。

彼が行かなければ、最悪の未来が待っているのも知っていた。だが、そのために彼が苦しみ続けなければならないのは我慢できなかった。

『神として生まれていながら、わたしはあなたに恋をした。決して結ばれないことだとわかっていてもこの想いはあなたの隣に居続けることで本物に近づいていった。ねえ、クロノスがわたしに言ってくれた言葉覚えている? 』

それでも、こうしてこの場所に彼が現れたということは、ディアソルテにとってありがたいことでもあるし、とても辛いことでもある。どちらに転んでも、素直に喜ぶことができないのだ。

「月の恋人として俺はお前と共に生きる、だろ」

穏やかな彼の表情があの時と重なった。孤独という世界に身を置く彼に魅了された時、ディアソルテはそうなることをいけないとわかっていても、偽ることができないほどに彼を欲していた。

それを後悔したことはなかった。

いまは違う。

こうして目の前にいる彼を失ってしまう恐怖に、後悔の念が強くなっていくばかりだ。

「あの言葉を忘れたことは一度もない。そして、俺の気持ちは変わらない。俺はお前と共に生きる」

クロノスがそっと近づいて抱きしめる。

「俺は気が付かないだけで多くの人々に支えられて生きてきた。自分が恐れるだけで、目を背けなければ多くの人々の声を聞くことが出来た。でも、俺はそのことを選ばなかった。俺の選択がこの世界を作り上げてしまったのなら、俺は自分の意思で世界を正す」

もう一人の自分が望んだ未来を見るか。エイジアスによって作り変えられる未来を見るか。結末は、この二つのうちのどちらかだ。

『いままでありがとう、月の使者』

ディアソルテの最後の呟きだった。彼女の姿はそれで消え、クロノスの前にはアルルを含めた十一の光玉が漂うのみとなった。もう、彼らはなにも言ってこない。クロノスの言葉を待っていた。

「お前たちもずっと一緒にいてくれてありがとう」

素直にその言葉が出てきた。やることは決まっているのだ。未来は見えている。クロノアの願いを叶えるために必要なことをクロノスがやればいい。方法はいたってシンプルだ。勝てばいい。

「恐れることなんてなにもない」

光玉に語りかける。クロノスの気持ちを言葉に介さなくても理解しているらしく、こちらに向かってきた。

「俺にはお前たちがついている」

そっと触れると温かい気持ちになれる。自分が笑っていることに内心驚いた。そして、クロノスは手に馴染みのトンファーを握り締める。

どういうわけかこの姿にしか変形できなかった。

おそらく、超古代の負の遺産としての存在力が終わろうとしているのだろう。

握りを確かめていると、アルルが告げた。

『わたしたちの名を呼びなさい。それで、契約は完了します』

巨大な扉が轟音を響かせて開いていく。クロノスの周囲を規則的に漂いながら、その中の一つが身の内に溶け込む。

「星界魔術……」

十一の光を引き連れて、クロノスは扉に向かった。


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