精霊の王
走り始めて一日が経った頃、クロノスたちは新たな国に辿り着いた。内乱によるクーデターが起きていた。視界に収まっていった時にはすでに紅蓮の炎に国は沈没していた。
天界への階段を紡ぐように黒煙が昇っていた。
敵味方の区別をつけず、視界に入ってくる者を問答無用で駆逐する彼らは汚染者だ。
「邪魔だ」
丸腰の魔術師と巨大な美しい女神を前にピタリと動きを止めれば、静かに倒れる。わけもわからずに戦っていた兵士たちは例外的な現象に武器を向けた。それを掴んで粉々に砕いてやった。人間を構成する部分において潜在的な本能を刺激すれば無駄な戦闘は回避できる。
いまは、時間が惜しい。
背後から誰かの声がするも、クロノスは振り返らずに先に進んだ。
外見は人間でも、すでに中身が人間ではないことを知っているからだ。
前方には死体に寄生するように、死人の群れが集っていた。意思のない人形たちは死傷を負ってなお、魔力汚染の支配下から逃れられないでいた。空気中に焼け焦げた臭いと酸化鉄の混ざった臭いが溶け出していることを感知すると、呼吸器系に痛みが走った。性質変化した魔力の一部が正常な内臓器官に対して毒性を持っているようだ。
死してなお、悪夢は終わらずにより劣悪な形に変化を繰り返す。
人間の気配はこの辺りからは感じない。汚染者たちは物音がする方向に反応しているようだが、すでにこの国には生存者はいなくなっている。発端としては潜入してきたはぐれの合成魔獣を仕留めた後に異常魔力による侵蝕効果。
所々に千切れている肉片が人間のそれとは違っている。たった一頭で国が落ちる。こちらは三人だが、魔獣は世界中のどこにでもいる。
大空を飛び交う連中や海中の中を優雅に泳ぎまわるものも例外ではない。
それと人間にも同じことがいえる。爆発的な感染力は他に類を見ない程に速い。敵として処理し続けても限界を向かえるのはこちらであり、不利なのは確かだ。世界とはそれほどまでに広い。
崩れ落ちてくる瓦礫を弾いて、亡者を蹴散らしてクロノスは亡国を突き進む。肉の壁を越え、広場を見回した。血と肉で彩られた赤黒い色彩感は、異常であることを改めに再認識させてくれた。吹き出ている噴水には循環機構が組み込まれていたため、景色は赤く染まった。
自然と足を止めた場所に言葉を投げることも躊躇った。国内を歩いて進む中、正常に動かせそうな転移魔法陣は見つからなかった。構築された術式がバラバラに分解され、行き場の設定を壊していた。ここまで狂ってしまったなら、どこも同じことが起きているだろうと予想していたので、期待こそしてはいなかったが、無数の死体が入り口に殺到し、腐敗している様子は吐き気を思い出させた。
人間の醜い部分が曝け出されている一枚の絵としてなら評価はとても高かっただろう。
「月魔術――月と闇の呪縛」
袖口の中から大量の鎖をクロノスは解き放つ。自分を中心に囲むと外部から衝撃が鎖を揺らした。
隙間から死人の目がこちらを狙っていた。
これも天空の使者の意思なのか、それともレンの影響なのか、はたまたエイジアスの思惑なのか、クロノスたちにはわかりようがない。
獰猛な姿を十分見せつけると、クロノスは封入した魔力で吹き飛ばした。
必要な通路を確保して、先へと進む。途中、食料倉庫を見つけ、痛んでいないものを選んで軽い食事をした。長期戦では不要な食事も、これが最後のものになるかと思うとどこか味気ない。
再度、進もうとしていた頃には変化が始まっていた。
「急がないと、ここもその内あそこみたいになるの? 」
セリュサは途中に見た再生のことを言っている。コンクリートの割れ目から植物の芽が小さな成長を見せ始めていたから気になっているのだろう。急がなければ急成長に巻き込まれ圧死するかもしれない。また復元された古代の森林地帯の濃い自然物質を吸引すれば自然治癒効果を引き上げてくれるのだが、正常な空気を保てなければそれも逆効果になる。
正常さを欠いている世界だ。
こうして普通に息をしていられることだってセリュサにしては不思議でしかない。アギトのように異形の使徒に変わってしまったら、自分を保つことができるのか不安は募る。上下に揺れ動く地面から逃れるために、風の道を形成し、飛ぶ。この国からは無事に脱出できた。
だがやはり、変わる瞬間に立ち会うことになった。
あの時と違っていたのは、規模の大きさぐらいだろう。不規則な地面の脈動に対応するように変化する足場から落ちないようにヒヤヒヤしているところを足下から無骨な塊が衝突して宙に投げ出された。
空中で半身を翻し、魔力の爆発で距離を跳ぶ。
なんとか元の場所に戻ることには成功したが、暴れ狂う森は調子付いたのか勢いを上げた。そしてやはり、収まったときには緑豊かな恵みの大地と広大な青い水溜りを見つけた。
すでに生きていたものがこの世界に両手もいないことは知っている。
自分と関係する者がいないと思いながらも、心のどこかを痛めているものを感じてしまう。それとは別に、新しい考えが頭の中を冷たくさせる。
(どういうつもりだ? )
前回も、今回も、クロノスたちが訪れてから起きている。
世界に対する救済処置であったなら、これだけの貯蔵された魔力を消費すればもっと効率のいい手段を選べたはずだ。そしてそうなればクロノスたちは地に還ることになる。クロノアがエイジアスと協力関係にある。その事実からそういう図式が自然と出てきた。自分たちの行動を邪魔する一番の危険因子として月の使者を放置しておく理由がない。
それが、クロノスの考えであり、クロノアたちに対する疑問でもあった。
今回の再生術式の影響は両方の可能性を表していてもいささか精度に欠けている部分が見られた。発生源から距離が関係しているとするのであれば、粗雑なものだとしても納得できないことはない。
ありえない問題として技術的なことを考えてみたが、クロノアが覚醒状態にあれば無視できることだ。この違和感の正体をクロノスは知らない。
(クロノアじゃないのか? )
疑問は深まる。
解決しないまま、次の国境を越えた。
今度は目の前で国が呑み込まれた。魔獣たちの咆哮が天に届いた頃には神への供物のように捧げられる姿が映った。体内の魔力と生命力を養分として奪われて干乾びているのはゾッとする。もはや、世界の再生に手段を選んでいる場合ではないとしか思えない。どこか急いでいる? 余裕のない彼女たちの姿を考えてすぐに放棄した。知っているから重く気にかかる部分をより痛感しながら、ここでも同じように迫りくる緑の巨人に走り出した。
鈍足だったので突破するのは簡単だった。それでも破壊力は魔獣たちよりも数段階上に位置づけられる。
それが複数体目の前にいる。
ディアソルテは、セリュサの動きをカバーするように守護防壁を展開している。セリュサは守られながら出し惜しみせずに自分の力で切り開いていた。
クリスタル王国を出る時、一つの約束事として自分の身を守るように言っておいた。
セリュサには全力で戦うようにいっておいたが、ここまで戦えるとは予想していなかった。あの日からまともな生活をしていない。ギルド所属者でも不規則な生活リズムが続けば心身のバランスを崩して自然と動きにズレが出てくる。それに加えこの状況は多大なストレスを与えてくる。それでもここまでの戦況に屈しないことに彼女の中にある芯の強さが窺える。
魔力の残滓だけが色を残して長くその場に留まり、セリュサの魔力に感応して新しい破壊を招く。太陽と光の断罪。セリュサはクロノスの月と太陽の息吹を思い出していた。魔力を波として空間に配置してある起爆剤に引火させる技術を思い出した。
即席魔術を通常戦闘に使用することがどれほど危険なことかわからないセリュサではないが、戦う大前提を考えると臨機応変に対応していかなければすぐに倒れることになる。新しい国境、緑色の地平線が見えた。完全に手遅れだったことに拳の中から血が流れる。
再生術式に巻き込まれる恐怖がずっと体内に留まり、病気のように広がっている。術式を回避したからといって油断しては余波の餌食になりかねない。
この究極魔術は世界を塗り替え終えるまで続くのだ。クロノスたちは自分たちの世界で生きていくことが適わなくなっていることを思い知らされた。
一つの世界を越える。
そして変化が訪れる。大地震が行く手を阻んだ。超震動に全身のバランスが崩れたクロノスは、宙に逃れ治まるのを待つことにした。もう、深く考えるようなことはない。目的意識をもって行動することにした。クロノアではない。クロノスを狙って再生術式を操っているようだ。
誰がなんのためにという、疑問は自然と解決された。
だが、それがクロノスに新しい疑問を抱かせる。同時に、クロノアとレンの安否を考えた。エイジアス。人間と神の線引きがどこからなんて知らないが、能力的な部分から実力に差があるのは理解できる。彼女の意思に反した動きは確実に単独によるものだ。クロノスが殺されることをクロノアが望んでいるとは思えない。彼女は自分の獲物を掠め取られることをなによりも嫌う。
彼女の意思がクロノスを守っている。
そんな嫌な考えを即座に否定することができなくなっていた。アルルの言葉が深層意識の根底を蝕んでくる。自分のことを彼女がどう思っているのか、出されてくる手に自分たちが応えられなかったどうするのか。エイジアスの攻撃が強まるたびに思いを実感する。
魔獣の屍と国の亡骸だけが残っていた。クロノスたちは残骸を押し退けて、時には吹き飛ばしてわずかな休息を得てから進んだ。同じように巨人が出現する。再生する大地の化身は目標を発見すると口内から衝撃波を発射する。超重圧攻撃で一掃すると、全身を圧迫する奇妙な感覚に襲われた。
事情はすぐに現実のものへとなった。クロノスは一度体勢を立て直すために地面に足をつけた。膝にくるはずの衝撃がこないことに、景色から色が抜けていることに気付くのが遅れた。
緑がない。体を痛めつけるように猛吹雪が命を奪う大地があり、深く沈んだ足を持ち上げられず、白い拘束具のような土地は、進む者に自由を与えようとしない。そこには大雪原が広がっていた。自分を中心にどこまでも白い景色だ。人が生きることを諦めさせる未踏の地がどこまでも広がっている。
「嘘だろ……」
背後で、セリュサとディアソルテが倒れていた。
†
クロノアの眠たげな表情に、レンも釣られて欠伸をした。二人の前には水面鏡が展開し、下界の様子を詳細に伝えてくれる。世界のほとんどを彼女の魔力が支配したことによってノイズとなるような影響を受けることなく、気軽に世界を傍観することが出来る。
「レンは仕事が速くて本当に助かるけど、全員消さなくてもよかったのに」
「終わった後に言われても困る。俺は再生術なんて持っていないぞ」
「再生資源を減らされたら困るのよ。植物には土を用意したら養分と水を与えなくちゃ育たないでしょ」
「常識だな」
レンは手に伸ばしたカップを口につけることなくテーブルの上に置いた。水面に顔が映る。手に持つオカリナが踊るように歌い始める。場を和ませるというよりも自分のために吹く音色に乱れは感じられない。
「わたしの根回しがなかったら、精霊たちを代替にしちゃうところだったよ」
「俺の友に手を出すのだけはやめろよ」
視線をそらしたクロノアにレンは鋭い眼光を向けた。
「嘘よ、冗談。精霊がいなくなったらそれこそ再生するのに時間がかかる。わたしにとっては結果オーライって感じかな」
「それにしては弟に厳しすぎないか? 」
「それならそれでいいわよ。これでも優しすぎる待遇で対応してあげているのに、この優しさが理解できないなんて陳腐な思考力をもっているのね。あの程度のものが切り抜けられないならどのみち必要ない。試練を乗り越えてもらわないといい男は育たないのよ」
「観客のいない試練ほどつまらないものはない」
クロノアは髪に櫛を通して、乱れを整える。
(ふう、こいつはいまどっちだか……)
顔には出さず、レンは次の言葉を考える。こういう曖昧な言葉を言われた時、本来は相手の心音を聞いて真偽を判断することにしているが、感情と表情を切り離しつつ、思考までも分断できる彼女には通用しない。
しかし、言葉にしにくいからと言って無言に徹することは難しい。
これからやることに、クロノアはしかり、エイジアスの能力は大きな意味を持っている。天空の使者と創造主。両者の言い分を聞き入れた結果が形となっていく様は、異次元空間で過ごしたよりも圧倒的な印象を植え付けた。隣にいるレンがオブジェになったような気分にさせられる。
「試した結果がお前の望む弟の姿じゃなかったらどうするつもりだ? まさか、もう一度同じ試練をやるとかいわないだろ」
「それでダメなら死んでもらうわよ」
冷徹に言い放つ。だが、それが本音なのかどうか彼女の瞳からは読み取れない。クロノアは無邪気に笑みを浮かべている。
「それにしてもこの世界の人間のほとんどが大地と同化しているのに反映されるのに時間がかかりすぎてないか? 濃縮された命でこれだと再生させるのに無理がないか」
「大丈夫よ。遅いと思うのは地下でエネルギーを溜め込んでいるから。完全な再生術を行使するのに相当面倒な手順を踏まないといけないのよ。それを解放すれば、大地は生命の息を吹き返す。大規模魔術の下準備には時間がかかるから、もう少しだけ待ってくれないかな? 」
「短気なくせに無理しやがって」
「最後くらい美しく散りたいのよ」
そう言ってクロノアは遠くを見て笑うのだった。消えていく無数の人間の生命、そして彼らが生きてきた時間を代償に彼女は願いを叶えようとしている。
全力を出せば代償なしに出来る立場にいるというのに、彼女はあえて苦難の道を選んだ。それが正しい道だと、告げるように。叶えたい願いがある。全てを台無しにしても、一度手に入れた豊かさを投げ捨てても失うことが恐ろしいと思うことが彼女にもたった一つだけある。
しかし、それを叶えるためには修正の効かない険しい道を選ばなくてはならない。
わずかな変化でも気付かれたらそこで終わりだ。
運命が変化することを恐れているのだ。
変革の向こう側にどんな未来が存在するのか誰にもわからない。そこに確実なものを求めているから恐れている。そこに付け入る隙があると、クロノアは思う。
生命あるもの、意識あるものには必ず隙ができると思っている。世界最強と言われているクロノア自身も触れられたくない闇の領域に踏み込まれたら動揺を隠せない。
微妙な変化が大きな変化となった時に未来もまた個人を介して必ず変化する。クロノアとエイジアスが目指す未来は重なる部分があったとしても同じ未来に到達する世界に違いは出てくる。隣にいるレンですら、現状を介して未来への変化がどうなるのか予測できない。終焉を迎えるか、世界が生き残るか。このまま進行が続くなら前者が正解になる。なら、運命に抗うように後者に流れるように誘導したら、それが微妙な変化として物語は激変する。
そしてその変化した未来を快く思わない、エイジアスが世界の流れを正すために“本当の姿”で現れる、いや、完全消滅させるために次元の壁を突破して直接命を奪いに赴く。月の使者を始末したのならば、残っているのはただの魔術師と時代遅れの遺物だけ、覚醒していない彼を殺すのに時間はかからないだろう。
だが、クロノスを殺されては契約を放棄することになるため、エイジアスは直接的にアプローチをかけることができないでいる。さきほどから痺れを切らして牽制を続けているから、気分は最悪なのだろう。
それを見て面白がる自分を、エイジアスに知られてはいけない。
自分が契約を交わしたのはその能力を利用するため、これは相手も承知している。
「それじゃあ、愚弟が来るまでの間は暇だから好きなことやっていていいわよ」
「そうさせてもらう」
クロノアの言葉に促され、レンは快く頷いた。そんな言葉を口から発することができるのはクロノア本人だけだ。場合によっては心変わりの危険性のあるレンの意思を尊重すること、それを恐れていないのは彼女だけだろう。
「じゃあな、クロノア」
そう言って、青年は去っていく。
天才というのは、きっかけであって自己鍛錬を続ければ人間の限界を細胞レベルで超えることができる。もちろん、そういった才能を保有するものは大概、都合のいい人生に堕落することがほとんど。しかし、自分自身に対する生い立ちと世界に対する了見と運命が、彼の中に築き上げてきた経験は折れることのない絶対の武器となる。
彼は約束を破らない。
クロノスとクロノア。
世界に忌み嫌われる二人に手を差し伸べた彼は、どんな困難に立ち会っても仲間を絶対に裏切らない。しかし、そんな彼にクロノアは心を痛めていた。彼の本音を偽るようにさせていることが見ていて嫌だった。現実問題、そのことに妥協している自分も嫌だった。
レンは己を偽ることをなによりも嫌い、相手を騙して利用することをしない。
レンにはこの世界で進むべき道標となるものがない。いや、世界最強の一人として出来ることは用意されているが、それを実行することに彼の心がどう反応するかクロノアにはわからない。
だから、自由に動いてもらうことにした。ここまで連れ回してしまった彼への謝罪の気持ちも込めて、エイジアスの呪縛から逃れてもらうためにも――――残酷な運命に選ばれてしまった自分は生きることを制限されている。母体の中で知ることになった自分の運命が世界を崩壊させることに、だからこそ争う者としてもう一人の存在をこの世に解き放つことを決めたことに後悔はない。
しかし、それもアイツ自身が動き出すまでの話だった。
レンは軽やかな足取りでクロノアの下を去る。彼女が操る天空の城から出て、空中に身を投じるとそのまま重力に身を任せて落下を続ける。
「本当にさよならだ……」
誰もいない空の中、レンはぽつりと呟いた。
五年前に共に異次元空間に囚われの身となった時、決死の思いだったことに偽りはない。
死ぬ覚悟で挑んだ戦いは一人の邪悪なる意思によって運命を捻じ曲げられた。生存者のいない地上は静けさに溢れ返り、まるで死者を送り届ける鎮魂歌を奏でているような寂しさがあった。
生命に満ち溢れた大地の鼓動だけが耳に響いてくる。
生物は存在するが、レンの知る人間の鼓動は感じられなかった。無音の世界はレンにとっては静かな分、物足りないと思ってしまう。
異次元空間に入った時のことを思い出す。彼女の告白は、本当に突然だった。視界全てが闇に覆われて光が消滅した時、目の前に淡い光を纏いながら現れた彼女は自分の運命を語った。
悪夢を聞いているような感覚だった。簡単に信じられるものではなく、それこそレンにとって予期せぬことだった。自分の中でなにかが騒いだ。レンは一瞬だけ混乱し、そして自分がやるべきことを心に問いかけてみた。答えはすぐに出た。世界を敵に回しても、彼女が確固とした運命に逆らおうとしている事実に、これから彼がするべき流れが自然と構築された。
それから異次元空間内から脱出するまでの間、思念のみでクロノアと会話を繰り返し、その場を満たす魔力を吸収して自分の野心に働きかけさせた。むき出しになった牙は自我の欲求以上の強力な力として次元の壁を取っ払った。
クロノアとクロノスがいる領域には近づくことができなくても彼は諦めなかった。
それが、レン・リッジモンドの揺るがない信念だから。一度クロノスにその声を届けた後から、夜空のような空間に彼女の声が響くことはなくなった。時が来るまでの時間は普段感じることのない緊張感と逃れられない宿命への恐怖に震えることもなかった。
ひどく疲れた気分で、彼はもう一度光の世界に帰ってきた。自分が生まれ持った意味に対して結果を残すことにした。
(こんな顔もできるのか)
落下中にレンはとても穏やかな顔をしていることに気付いた。
提示された未来に、それに逆らわずに行動するという意味では、これほど息苦しく、制限を課せられているというのに、彼はこれから向かう場所を考えるだけで落ち着きを取り戻していった。
人の行きつく先は死である。その考えが妙に気分を安心させた。異次元空間では時間の概念がなかった。高次元空間の集合体という理論の一つとして、難しいことを評論議員の連中が口論していたが、あの場所に行けばそんな考えも否定できよう。
半端な者は精神に異常をきたすのが自然の理なら、あの場所にレンにとって正常さを狂わせた原因があったのかもしれない。世界を見渡すことの出来る高台にいる。望遠鏡を両目に取り付けたように、外の世界を眺めることが出来る。それがあの場所で見せた現実世界は心をひどく痛めつけてくれた。
親友が傷つき倒れ、それを喜んでいる愚かな人間がいた。
レンは記憶の中から人物を特定し、彼女の闇の一部だと悟った。
それは間違ってはいなかった。
現実世界で彼女は真っ先にその男を殺した。因果律の流れに乗らないように魂ごと消滅させた。アヴェロス・ミラアンセス・カーマイン。多くの犯罪者を捕らえてきたレンの中でも救いようのない罪人の烙印を躊躇いなく押した。ただ、許せない。生命を弄んだことよりも、彼の手に利用された友のことに対して憤りは止まらない。
(俺のこれからに……)
出来ることがなにかと考えて思いつかなければ、作ればいい。魔術だって多くのものは過去の魔術師たちの手によって生み出された。
だから、自分に出来ないことは何一つない。
やらなければなにもできない。考えるだけで動かない者と考えずに動くものでは明確な差が出てくるように、勝つか負けるか、生きるか死ぬか、常に二択の中から最良の結果を選ぶには動くことが大前提だ。
雲を突き抜けると、遠くのほうに一人の姿があった。
地上は緑と青と白と茶に分かれていた。その中の白の領域に荷物を抱えながら誰かが歩いていた。力強い鼓動を感じた。両手を封じられても諦めずに、前を見つめていることだろう。
時折、膝が埋もれ前のめりになるも、体勢を立て直す切り返しの早さはよかった。銀色の髪と同色のマントが吹雪に煽られて揺れていた。見たことのない顔だった。逃げのない真っ直ぐな瞳には小さいながらも炎が宿っていた。
どういう経緯でああなったのか原因ははっきりしている。無意識に展開している広域感知結界に触れないように、レンはしばらくその顔を眺めていた。
太陽の使者と月の女神は生きてはいるが息が弱い。
すぐに息絶えるかもしれない足枷を投げ出さないところにレンは胸を撫で下ろした。
変わらない。
だが、それでは困る。
(クロノス)
声に出したつもりはなかったが、声が漏れていたらしい。声の主を探そうと結界の範囲が広がってくる様子にレンは圧縮した空気を爆発させて距離を開けた。それから視界にクロノスの姿が映ることはなくなった。
別の事に気が向いていたとしても自分の存在に気付いてもらえなかったのは悲しいものだ。
それでもレンは別段怒る気にもなれなかった。自分のことはよく知っている。クロノスのこともよく知っている。いま親友がどういう状況で生きているのか、自分たちに抗うために選んだ道の険しさは超古代にまで遡る。設定された試練にはただの怒りしか含まれていない。
抗う者を容赦なく食い潰すだけの悪魔の権化だ。
「これが運命か」
呟いて、レンは目を閉じたまま深く息を吸い込んだ。怒りが再び、胸の奥で爆ぜた。それは激しく、彼の表情を一瞬だけ止めた。こめかみを刺激する嫌な感情を振り払うために、半面を思いっきり掴んだ。
強化した握力が骨に悲鳴を上げさせて、やっと消えた。
レンが腕を振るうたびに空中で上下の姿勢が入れ替わり、体は徐々に速度を落ちていった。地上との距離が近づいてきたところで、頭の中で危険信号が警告を発しているが、レンは無視した。
王の中の王となるべくして生まれた魔術師。
それは現実世界では迷える人々の道標としてなったが、彼自身はふと我に返った時、果たして自分という存在が本当に必要とされているのか迷いとなった。それは時を重ねるほどに、王としての自覚が芽生えてきたところでレンに、対面する形で何度も合間見えるようになっていった。
そしてその答えに行き着いたときに出会ったのが二人の魔術師によって、己の道標として確固ものへ成長し、不屈の信念と進化した。
頭の中で騒ぎ出す警告音に、レンは大気に魔力を流して、大規模な音爆破で掻き消した。衝撃で漂っていた雲海が飛散し、震動が地上に立ち並ぶ樹木に圧力をかけ、連鎖反応のように倒れていく。大きく口を開き、冷たい空気が肺を満たしていくのを感じとると、頭に浮かんだ歌詞を叫んだ。
美しい声だった。
その間、彼はずっと歌い続けた。閉じた目には観客の姿があり、自分の歌を讃える拍手の音が波打つ。名もない讃美歌を歌い終えると一気に加速して地面に突っ込んだ。けたたましい音が大地を割り、巻き起こる風が古代の森を吹き飛ばした。土埃が雲に伸びるようにあがり、青天を汚すように広がる。
異常を感じとった術式が即座に大穴の修復に入る。
盛り上がる地面に草木が生える中、レンは首を擦りながら現れた。服に汚れはなく、切り裂けている様子もない。その青い瞳から、怒りの色は消えていた。心身がすっきりしていた。
柄にもなく周囲に当り散らしたが、綺麗に発散された。だが、不満に対する怒りの根本が解決されたわけではないので、まだ小さな種火として残っている。変化に気付いた自然の牙が襲ってくる。
この再生術式の制御権は、クロノアとエイジアスの意思に統率されている。どうやらここの支配権はエイジアスにあるらしい。手の中に鋼鎗を握り締めると、目的地を目指して走り出す。迎撃しつつギルド総本山の領土に入り、ギルド本部の門をくぐるとレンは複合結界を張り巡らした。
天空の城の居心地に比べれば、防衛体制の整っていないこのギルド本部を攻め落とすは魔獣でも十分なように感じる。レンは、反響する廊下を歩きながら漂う魔力の残りカスを胸一杯に吸い込んだ。
体内で自身の魔力を混ぜ合わせ、呼吸とともに吐き出す。空気が変わる。反響する音を利用して彼以外の生物の有無を確認する。穴から外に零れたものも対象の変化を鋭く見分けようと一定の波を保つ。
彼は反応の合った場所に足を向けた。標高8000mの山と融合する本部にはかつての輝きは見えない。かつての栄光は血と肉に穢されていた。レンは転がる死肉を迷いなく、踏み潰した。身分証が必要とされている審査ゲートを抉じ開ける。妨げるものは彼の者を止めるには役不足、レンは目的の部屋に辿り着いた。木製の地味な部屋だ。
音の使者としてギルド認定を受けた際に、レンがもらった部屋は結局今日まで一度も利用することがなかった。
レンとしてはギルド本部に勤める役職者の本音が読み取れるだけに居心地の悪さだけが目立った。レンは扉を開けた。空気が入り込むとともに室内の臭いが外に流れ出す。中に入ると天蓋付きのベッドとテーブルがあり、そしてレンの登場に気分を害した女が両手足に枷を付けたまま椅子に腰掛けていた。
手足に付けられた魔力の輪は能力を完全に抑えこみ、脱出の意思を奪っている。不自由な女は目だけでレンに怒りを表した。その正体としては待遇の悪さというよりも、世界を破壊することを続ける理由を求めていた。
マリア・フロラリア・ルーチェ、五年間、クロノスを支えた人物だ。クリスタル王国、汚染された領域に単身で調査に向かい保護したのは知っている。一般人でありながら、こちらの世界のことに精通しているという不思議な立ち位置にいる彼女という存在は、何事にも流されない常に最善の選択ができる有能な人物であると同時に大罪人だ。
その心根はアイツほど腐ってはいないが。
「こんにちは」
「久しぶりね、レン」
社交辞令としての挨拶をすると、笑顔でマリアは返事をした。彼の登場とともに点火したアロマランプの淡い光に照らし出された表情は内面の怒りをじわじわと浮き上がらせた。捕まってから時計の針は数百回の鬼ごっこをしていた。
「今日はなんの用事? 見下すだけならどこかに行ってくれない」
「俺にそんな趣味はないですよ」
マリアのぞんざいな声にレン掌を返して否定した。声に乗った力強さに、内心安心した。事情も説明せず、監禁して発狂したらどうしようか心配だった。この場所にはレンとクロノアの魔力が充満している。
ギルド本部を襲撃する際に二人は魔力を地中深くまで浸透させた。時限式の有毒魔力は誰一人気付くことなく本部の人間を一人、また一人と眠りに誘った。
高濃度の魔力を吸引して発狂したものは、幻覚作用によって重度の精神汚染に侵され、自殺し、他殺し、手を下すことなく、実質、同士討ちという形で長い歴史に幕を下ろさせた。
そんな簡単に人間を壊せる場所で正常を保てる彼女は特別だった。月の使者と接触している。クロノス・ルナリアは誰にも従うことなく夜の世界を生きる魔術師だ。彼のことを知っている自分たちからすれば彼女のところに長居していることがすでに大きな変化だと思う。
それが彼女の魅力からなることなのか、人間的性質が彼を引き止めるなにかに触れたのか、それをレンが考えても、人間であれば近づくことさえしなかった時代をともに過ごしただけに思いつかなかった。
一時、レンとクロノアはクロノスの対人恐怖症を克服させようとした。人間として生きるならコミュニケーション能力は必要不可欠なのは確かだ。王族のパーティー会場でも常に隅っこで時間を潰している彼の印象は意識している以上に薄い。
だから、誘導催眠で一人ずつ対話の時間を設けることで経験値を荒稼ぎする愚直な作戦を決行した。案の定、作戦は失敗した。マリアはレンの態度に心の壁を構築していた。外見のみならず、内面からも相手の心理に揺さぶりかけるレンの話術を恐れているのだろう。
自分を見る瞳は消えることのない光を宿していた。逆にこちらの心理を読み取ろうと同様の手段を用いてくるところがギルドマスターとしての技量を思わせる。
しかし、彼女がいかに優秀な術師でも心理戦なら自分の方に分が有利なことに変わりはない。
「ねえ、あなたはどうしてクロノアの味方をしているの? 」
カップの中でスプーンを弄りながら、マリアは尋ねた。
「それはクロノアの素晴らしい思想に感化されたからさ」
レンは、淡々と答えた。即答する彼に嘘をついている様子はないように思える。いや、彼が嘘を吐く理由があるだろうか?
真と虚を巧みに使い分けるレンの心を覗き込もうにも、分厚い隔たりが邪魔でなにも見られない。だから、
「本当にそう思っているの? 」
「俺は嘘をつきませんよ」
高笑いするレンに、マリアの中で小さな疑問が生まれた。
「この世界を壊さなくちゃいけないの? 」
「壊すんじゃないですよ。無駄な命を消費して新しい生命を誕生させる舞台を整えるんです。そして、それを行なうことで救われる命があります」
レンは大げさに手を動かして円を描いた。魔力の輪は気配もなくレンの正面でいまの世界を映し出した。緑の大地。マリアの生きた世界には見られなかった、神秘的な光景は多くの生命で形作られているのだと瞬時に納得した。
命を扱っていた者だからこそ感じる共感のようなものがあった。それと同時に報われないものが冷ややかに体を走り抜けた。
「救われる命? 」
「あなたも知っている命ですよ」
再び、マリアをじっと見つめてくる。その射抜くような目は威厳に満ちた王者の風格を漂わせており、指一つも動かすことを許してもらえないような気にさせてくる。
マリアの知る生命はこの世から消えすぎた。
「俺たちの行いは目先のことではなく、遥か先の未来を見据えた行動とでもいえばわかりますか? 」
それはレンにしては正解に近いヒントだった。この人だからこそ言葉として真実を伝えてみたいという気持ちもあったが、それ以上にこれから自分が行動を起こすためにはマリアの協力を得るために話さなければいけないと思った。
「どういうこと? 」
「そのままの意味ですよ。創造主といえばマリアさんならわかるでしょ」
レンの言葉から太古の石版の一説が掘り起こされる。しかし、マリアの知識の中にも創造主の知識は伝承という名の紛い物でしかない。
「彼の者は望んでいる。世界崩壊に伴い多くの命を糧に新しい世界を創世することを、その世界に新しい民を生み出すことを」
「まさか……」
マリアは今日までレンとこんなに長く話をしたことがない。立場の違う二人の魔術師を繋ぎとめるのは五年という時間の間に架け橋となった一人の魔術師の存在だけだ。そしてその魔術師がこうして中心となって出てくる物語の結末は彼女だから想像できた。
「そんなことが可能なの!? それこそ神々の領域の話じゃない!」
「神々なら昔からこの世界にはいましたよ。ただ、人々がそれを恐れてしまった」
「復讐なのね」
マリアはレンの言葉を受け入れた。身勝手な理不尽によって、そこに生まれた犠牲を忘れることなどできないことがマリアにはわかってしまった。
「神の化身を殺す。これほど罪深いものはないでしょう。世界に恒久の平和をもたらすために用意された駒を悪として断罪する人間たちに創造主は怒っています」
「その答えが破壊と再生なのね」
「ええ、彼女が破壊を選びました」
「なるほど、大体理解したわ」
「それはどうも」
マリアはレンを疑えなかった。彼は嘘を吐かない。言いたいことは遠回しだがこうしてマリアにわかるように伝えてくれている。なにか直接言えない理由があるとしたら、その真意はとても純粋なものに違いない。だから、彼の答えに自然と笑みが零れた。
「それだとわたしの存在は二人にとって足枷でしかないのね」
落胆する一方で辿り着いた世界の終着地点の景色に、マリアは苦笑するだけだった。彼女の手足を縛り付けていた拘束具が壊れ、塞き止められていた魔力が溢れ出す。青白い魔力が室内に充満している毒を分解して清浄な空気を生み出していた。だが、彼女の力は弱い。激闘に次ぐ戦いの結果、魔術に体が耐えられなくなっていた。魔力制御ができないことに無意識に周りの空間が調整されていく様子に、レンは小さく声を上げた。
「それで、レンはこれからどうしたいの? わたしにここまでの情報を与えて、望むものはなにかしら? 」
「よかった、やっぱりマリアさんは話が分かる人だ。もう一度機会があるなら、俺もあなたのギルドの一員に加えてもらいたいです」
「うちは戦争屋じゃないから、書類整理しかできないわよ」
「そんなことシェリフでは日常茶飯事です」
そう言うと、マリアは両手を上げてため息を零した。
「俺に力を貸してください」
マリアに向けられる視線の真偽についていまさらどうこういうつもりはない。レンは真面目な表情で彼女に頭を下げていた。どうして彼女が自由にされたのか、その全てが凝縮されている姿勢に一言告げた。
「お断りよ」
自由にさせられたマリアは窓辺に近づいて世界を眺める。窓ガラスに反射して映る彼の体。“どうしてそこまでするのか”、理解できない。この時ばかり、レン・リッジモンドという人間性がとても弱い者に見えてしまった。彼が与えられた強さとは自分自身だけでは成り立たない不完全な代物だ。そして自分の強さを証明するために戦うためにも明確な理由が必要な気がする。
自分を一として世界を全と見たときに彼の強さは初めて証明されるのだ。
「そんな体をしている人に力は貸せない」
「『青海の癒し手』と呼ばれるだけあって、気付くのが早いですね。でも、俺には時間がありません」
マリアはそれでも首を縦に振ろうとは思わなかった。レンの目の奥に闇を見た。それだけはさせてはいけない。クロノス・ルナリアという人間を知っているだけに、正しい道でも心が許さない。彼女に会う前に仕込んだのは失敗した。だが、自分の決意が鈍らない内にやっておかなければならなかった。それは彼の中で一大決心として、自分自身にとって人生において最初で最後の嘘だった。
首を振らないマリアに、レンはそっと近づいて手を伸ばした。顔を包み込むように優しく頬に触れる。
彼女の瞳に朱が走り、こちらを見た。室内の紹明が順に消えていく中で、濃い空気が肺に流れ込んだ。
暗闇の中で二人の男女は互いに見詰め合っていた。レンの魔力が腕を伝って指先からマリアの体内に浸透し始め、骨を介して全身を飲み込んだ。どこまでも広大に広がる青海のイメージが指先からレンに返ってきた。
レンはそれを少しずつ胸の奥に溶かし込んでいった。準備は整った。
「マリアさんが望まなくても、俺に力を貸していただきます、音魔術――音と無の支配」
「レン、あなた――」
マリアは急いで手を握りにいった。頬に触れた指から流れる波動は、彼女の意思を呑み込んだ。瞳が空ろになった。もう少し力を流したら面白いほどに壊れてしまうだろう。だが、そうなった場合に、レンは自分自身を許すことができない。
彼女を殺すことは誰も望んでいない。それに殺してしまったら、そのことを知ったことで彼が暴走するかもしれない。あいにくとレンはそういう流れでの覚醒を望んでいない。ようは心の問題であって、複雑な心境変化なんて無駄なことはしたくないのだ。
だが、やはりそれでもレンは時間という無形のものに焦りを感じる。
無駄な時間と叫びたいほどに十分な時間が経過し、豪快なやり方は度を超越して自分の戒めに怒りすら覚えていた。いまはただ待つことだけしかできない。だが、もう待ってもいられない。試練を乗り越えてやってくる親友と、再会したかった。
そしてそれが叶うなら、内に溜め込んできた怒りを忘れることが出来そうだ。
「ごめんなさい、マリアさん。あとは俺に任せて下さい」
「…………青海魔術――――」
「ありがとう」
人として、王として、彼女に告げる言葉は心の声を表していた。レンはこれから戦いに赴かなくてはならない。自身が掲げた目的をどこまで達成できるのかわからない。その間にクロノスがやってきて、物語を終わらせるならレンとしては願ったり叶ったりだ。
だが、雪原を歩く姿を見てレンの中でその可能性は零を切っていた。
クロノアが神になった。
エイジアスという神々との契約によって彼女は自分の全てを棒に振るう選択を余儀なくされた。
エイジアスの行動をレンは都合の悪いものを手当たり次第に隠す子供にしか思えなかった。彼の前に現れるエイジアスという存在は近くにいて遠くに感じた。レンはクロノアの隣にいながら、彼女との間の距離を感じていた。それもまた理由としては十分だ。
理想像としてレンの中にも行ってみたい未来がある。子供の頃から無理だと諦めていた夢がある。あの日の出会いは、レンの人生にとって決して無縁の存在ではなかった。むしろ、あの瞬間から始まったとしてもいいぐらいだ。
「あなたと出会えてクロノスは幸せだったはずです」
ゆっくり窓を開けると金色の光がマリアの体に吸い込まれていった。
「もちろん、俺やクロノアも」
レンの言葉に反応したのかマリアの口元が動いた気がした。そっと抱きかかえてバルコニーから地上を見渡す。精霊たちがこちらを見ていた。ただ、レンの腕の中にいる存在がどうなるのか気になっている様子だった。だけど、そんな思いを裏切るように彼女が行き着く先はずっと前から決まっている。
すでに止めることはできなかった。マリアの体は粒子となって消滅した。
星の生命として返っていく最後に、レンは両手を合わせて祈りを捧げ歌った。
レンは、思いが枯れるまで歌い続けた。
†
小さな熱は大きな炎に飲まれることなく自らの存在を主張している感覚に、レンは安心して前を向いた。周囲は青白い光を放っており、まるで海底を散歩しているような気分にさせる。きらきらと群生する植物たちは魔力を帯びている。
どれもこれも芸術品のような輝きを秘めているように感じた。
ここにいるだけで全身の全てに力が漲るようで、大気中に溶け出した魔力を吸い込むと気持ちがよかった。悩みが解消されたかのように気分がよかった。ただ走っているだけなのに、大地を泳いでいる魚になった気分だ。
そんなことを考えながら、森を駆け抜ける。
生き物の気配のない森はどこか不気味な半分、危険のない理想の森を演じている。濃密な異常魔力はなにも悪いことをするだけではない。こうして世界から悪を根絶している。まるで狩りだ。レンはそう考えると楽しくなり、笑いながら溜め込んでいる魔力の一部を解放した。誰もいない森の中を流れる魔力の波の上にレンは乗った。
過ぎ去った背後からは飢えた獣が雄叫びを上げて追っかけてきた。たった一つの行動で美しかった湖が沼地になったように汚いものになった。それと同時に前方から殺意の塊を感じた。
不可視の精霊たちのざわめき、強い魔力波動が襲いかかってきた。
レンはそれに呑まれ、その波に魔力を掻き乱され地面に引き降ろされた。緩和するために出した手が痺れるように痛み始めた。侵食性の魔力を打ち消すように魔力を走らせる。微弱な魔力に飲まれるほど落ちこぼれてはいないが、魔力質が凶暴なために手は抜かない。
天空属性の異常魔力を相殺し、レンは情報収集のために耳を傾けた。その存在はすぐに見つけることができた。音速での広域知覚からは隠れきれない。
こちらの手に気付かない敵は暢気なものだ。向こうがなかなか移動しないので、こちらから目の前に現れた。背後に異次元空間の裂け目が見えていた。
時間と位置を無視して移動できる便利な通り道からきたのだと理解した。纏う魔力がまさにそれだった。視線の先に原形を留めていない化け物がいた。
レンは音撃を当て、剥がれた表皮から見えた半面に手を叩いた。
「お前はあの時の悪魔か。クロノアの気でも追ってきたのか? 」
『天空の使者を出せ!』
アギトは全身に憎悪を宿らせてレンを睨んでいた。込められる殺気が魔力の棘となって全身に放たれる。呆気なく、レンの体から流れ出す魔力が勝手に弾いてしまった。
周囲で再び異常魔力が騒ぎ出すが、それがレンを包み込むことはなかった。
「クロノアはお前と違って忙しい。無理に決まっているだろ」
『黙れ。あの女を殺してやる。邪魔をするなら、お前から殺す!』
言って、レンはアギトの姿を見た。異次元空間を通ってきた影響に、より奇怪な変化をしていた。昆虫のような姿をしていた。顔の半分が複眼で覆われ、筋肉の裂け目から生えた足に加えて頭には鋭く捩れた角がある。
地上よりも汚染された空間内、当人の生死を許さない代わりに死よりも恐ろしい外見を手にすることを許される。
それは、彼の心が崩壊していることも表していた。服の一部が切り裂かれた。マントの一部が地面に落ちる。編み込まれた繊維、施された構築術式から物理攻撃を完全に無効化する加護の力は、アギトの魔眼によって歪められ機能を制限された。
「半身を失って苦しいのか? 」
知っていて、聞いてみた。自然と笑えてきた。無様に生きる姿は滑稽だ。出会った時から精神面は常軌を逸していた。愚か者だと素直に思った。自分勝手に、生きてきた清算をせずに、なお、一人身勝手な振る舞いを続ける姿に腹を抱えて笑いたくなる。だが、そんなことに意味がないことはわかっている。
こういう諦めの悪い奴は何度でもつっかかってくる。アギトの複眼に映り込む、レンは退屈に眠気と戦っていた。全身を怒りで震わせている様子にも構うことなく欲求を抑えこもうとして、失敗する。
レンの魔力を通して心の声が聞こえている、いや、わざと教えている。単細胞な男はわかりやすいように爆発音を響かせた。
『お前は何者だ!』
驚愕に込められた憎悪は、レンの加護を歪めるも軌道を逸らすに終わった。十全な機能を約束された加護の力だが、自分が心を許した魔力には性質が弱体化するのが悩みものだ。本人なら、レンの肉体を傷つけることも容易に可能だ。できるものなら。戦いにおいて、自分を無碍にすることはしない。
「俺のことなんてどうでもいいだろ。一応名の知れた魔術師とだけいっておくが、お前にはなんにも関係ない話さ。フィン・ジークリンデ・ティルタニアが死んだのは誰が見てもお前が悪い。復讐に固執せず、ひっそりと人混みに紛れていればよかったものを、くだらないことにこだわりすぎた。それがアギト、お前の敗因だ」
廃れた心の声が聞こえてくる。アギトの周囲を濃密な魔力の渦が漂っている。それが答えだ。思考力の低下を引き起こし、誰と対峙しているかも理解できなくしたのはそうなるべくして力を求めたアギトの力だ。
言葉一つに込められた思いは耳を塞いでも肌を通じて脳に直接響かせることができる。
苛立ちを煽る言葉は激しい拒絶をより巨大に膨れさせた。
止まらない欲求は人間の証だ。
目の前の光景が世界を変えなければならない理由だ。レンの知らないところで起きていた人間の悪事は止めさせなければならないし、アギトのように欲に呑まれた人間はこの機に二度と生まれないように滅ぼす必要がある。
結論として、アギトのような人間がいなくなった世界は静かだ。故意に消した人間を除くとほぼ世界中の人間たちは欲望に操られる形で、偽りの生活を送っていた。隠していた本性を曝け出した時、己の身の黒さにどんなことを思っただろうか。
レンは黙って思考の波に乗った。傍観するつもりならここを離れればいい、ここまで進行している中で自我を保つことができるなら勝手に誰かが利用するかもしれない、アギトの周辺で再生が行なわれているのに反発するように力がでてきることも、レンからしたら判断し難いものになっていた。自由にしていいといわれて邪魔をしたのでは、クロノアの顰蹙を買うことになるからだ。
ごく自然に頭をかく動作になる。悩むことなどないのにポーズだけはできる。これからの動きとして一番被害の少ない方法を検索している時点で、悩んでいることになるのだけれども、ここまで鬱陶しいと逆に救いようのない哀れみに名案も浮かばない。
アギトの周囲で重なるように魔力が薄く影を描いた。それは異次元空間の裂け目から流れ出す魔力が彼に操られて型に押し込められていた。言葉もない、断片的な生前の面影を残していた。創造魔術の部類だが、現れたのは質の悪い魔力体だ。憎悪の念に歪められた彼女の姿は半身がガラスのような骨で形作られていた。
人間が神の領域に踏み込めないことを証明するのに、彼女の姿は適している。
かつて、フィンという名の少女の魂のない器だけがそこにあった。
唯一の肉親に殺され、友の前で侮辱され、それでも彼女は無残な姿でこの世に現された。魔力を血として、骨として、肉とするフィンの姿に、レンは目を閉じた。心を澄まして耳を傾けると、あんな状態になっているというのに、彼女の悲痛な心の声を聞いた。
「未練なんて捨てちまえよ。あのクロノスだって前に進んでいるというのに」
くだらない、遠慮なく、そう付け加えて吐き捨てた。全てを否定するように挙動も大げさに、何度も繰り返し、聞こえるように周囲の音を操作して耳元で響かせてやった。
『黙れ!』
アギトが吠えて、力として爆発した。レンの目の前に膨張した筋肉の盛り上がった腕を振り上げ、口から鋭い牙を鳴らし、猛毒の滴る毒針を向けてアギトが走り出した。溜め込んでいた魔力の解放が裂け目を消滅させた。どの攻撃の一撃で即死するだけの威力を有していた。殺すという確かな殺意を受け取った。レンに向かって、それが繰り出される。加護の力が逸らした分だけ修正を加えた動きが迫ってくる。不機嫌を顔に張り付け、レンは握り締めた手を開いた。
音魔術――音と光の断界。
激突する致死量の攻撃がレンを殺すことはなく、ゆっくりと開かれた手から出された透明で粘着性のある壁が両者の間に現れた。結界の類としてアギトは判断したのだろう。諦めずに賢明に攻撃を続けた。そして自分を見るレンからは、焦る様子もなく、静観する意志が見受けられた。届きそうで詰められない距離。
だが、次の瞬間にアギトは後方まで飛ばされた。衝撃の瞬間も目を離した記憶はない。背中まで衝き抜け、口から流れる変色した体液が地面の草を死なせた。
「力の差にも気付かないのか? 」
アギトの一瞬の瞳の変化にレンはここに来て怒りを示した。
「天空の使者に勝てないお前が、月の使者に勝てなかったお前が、この俺に近づけるとでも思ったのか? 俺は、俺が認めたやつしか近寄らせない。そして、俺の大切なやつらを傷つけようとする存在を徹底的に排除する。あいつらが大事なことに気付かせてくれた。この力の使い方を教えてくれた。だから、俺はあいつらを守ることにしたのさ」
レンの周囲で変化が起こる。
アギトの周りから帯を引くように光が漂っていた。いや、それは目に見える範囲だけではない。二人の立つ大地が唸り、立ち上がり、結集し、レンのところに収束しようとしていた。
『こ、これは……』
変化はアギトをも呑み込もうとしている。光が触れた部分から体内に保有している魔力が勝手に放出される。レンの能力がアギトに強い影響を与えている証拠だ。だが、異次元空間を通過してきたアギトの体内には天空の使者と音の使者、二人の魔力が溜め込まれている。最高質の魔力による汚染で異形化した自分が、こんなに簡単に自分の体を壊されることに全てが停止した。
フィンもすでに消えていた。光に維持していた魔力を喰われた。そんな絶望的な状況で、清浄な魔力を集約させて、彼を中心に起ころうとしているなにかを見る前に地に還る自分の最後を信じたくなかった。
レンの周りで渦まく魔力の奔流は綺麗な円を描く。アギトから奪い取った魔力を取り込んで、より強烈な光を放つようになった。レンを覆うようにそれはくるくると回り続ける。それに目を奪われるのは、いままで積極的に使用してこなかった自分に与えられた能力が美しかったためだろう。魔力がレンの周囲に集い、荒れ狂う再生術式からレンを守る。触れてくれば逆に喰らってやった。息を引き取った動かないアギトが自然に飲み込まれていく様を見て、レンは空を見上げた。そこに無数に現れたものが喜ぶように飛び回る。精霊だ。色とりどりの不定形の球体状の魔力体が、無数に、頭上の空一面を埋め尽くすように次々と現れる。それは再生術式によってこの星と融合した人々の魂の形だ。生命力を星の命とするために肉体は破棄され、星を癒す肥料の一部となってしまった人々の残り物、精神といってもいい不安定な存在が周囲に集まっている。
色が分かれているのは人々が人間として残した最後の形だ。欲望に飲み込まれた人間たちの末路として激変した世界の中で、多くの人間は自他を確立するためにそういう風に自分をイメージした。肉体を失ってもなお、生きたいという欲求が、この場所に救いを求めにやってきたのだ。集まっている精霊たちのほとんどは人間の魂だ。レンの生きていた人々の成れの果てだ。まるで聖者を見つけたようにレンへと集い、心の声を懸命に発する。
しかし、どれだけ集まろうともレンという存在は一つしかいない。それにレンは迷える魂を救済できるような便利な能力者でも、先導する救済者でもない。彼は魔術師だ。どれだけ望まれようとも、万に一つでも彼に彼ら全ての心を救えるようなことはできない。
しかし、世界中の心が目の前に集うということはレン一人の想念にすがりたいという事実でもあった。全ての事象はあるべき方向に働く、レンは掌に降りる小さな心の声に、耳を傾けて優しく微笑んだ。反応する魂が飛び去っていくのを見て、また笑う。
「アルビノじゃなくても俺には力が与えられた。世界を統べる王の力だ」
誰からの声も聞こえない。彼はこの現実世界の中で自分に与えられた本当の使命を実行することにした。再生術式に侵蝕されているこの場所がレンという一つに大きな存在によって小さくも変化を与えようとしていた。
これこそが、レンのなそうとしていることだった。
一つの強大な意思に引きずられる形で行なわれている破壊と再生に自分という存在を混ぜ込むことで、そこで起ころうとしている変化に微妙ながら生じる歪みによって世界のバランスを崩す。
それを成し得る可能性を持っている者として選ばれたのがレン・リッジモンドだった。
こういう言い方になると不可解だが、彼もまた一つの大いなる意志によって力を与えられたアルビノのような存在なのだ。
ただし、その力の方向は彼の者よりも理解を深める必要性が求められた。
そして、その時は来た。
この星はいま、この世界のほとんど全ての人間との融合を果たしている。それによって大地から無数の精霊たちが生まれることになり、悲運な運命に震え続ける魂たちがこの場所に存在している。精霊たちはこれからの未来に恐怖している。この瞬間を待ち望んでいたレンとしては、彼らには悪いがこのためだけに天空の使者側についていたといっても過言ではない。
一人の歪んだ神の暴走。レンの心の越えによって伝えられたその事実を知った精霊たちに宿る人々の魂は怒りに震え上がった。個体では力がない精霊でもここまで集まると魔力の波動は強力だ。彼らの中に存在していた、救われたいという欲求は失われ、人間だったころに持ち併せていた、生きたいという願いもなく、ただ怒りだけを露にしていた。
彼らの伝播するような怒りは周囲にも影響を与え始めていた。術式の無効にするほど濃密な魔力の波動が森を駆け抜け、破壊する。
精霊は大地の化身。
彼らの怒りは大地の怒りとしてそのまま反映される。
やがてレンの足場も不安定な感情の影響によって揺れ始める。怒りの波がより強くなり、レンにさえも牙を向くようになった。だが、彼は自らが信じる思いと同じように、精霊たちの思いが純粋なものであると信じていた。人は思いが強ければ、強いほど本当の力を発揮する生き物だとレンは信じていた。
なにより、目の前にある精霊たちの怒りと、レンが持つ怒りの矛先は同じエイジアスへの怒りだ。彼が現れたからこそ、運命は捻じ曲げられてしまったのだから。これから、この巨大な星を創り上げた神の一人と戦うために、彼らの意志を一人にする必要があるのだ。結束させる。レンという王の器に身を捧げてくれる精霊たちを引き入れる。一人の王としての試みだ。いずれは一つの国を代表する者として各国と永遠を約束させるような取り決めを行なうことをする予定だった。
世界統一によって差別のない、国民の平穏の生活を叶えるために孤軍奮闘するのだと考えていたが、いまこの時にでも、レンはその場面を簡単に想像することができる。目の前にいるのは世界中の人々の心、それに語りかければいいのだ。
そう、いまのレンは自然と言葉が用意できた。表面上の言葉ではなく、本心を言えるのだ。やりたいこととやりなければならないことが一致しているこの状況こそ、自分が先陣を切って戦わなければならない戦いなのだ。
いま、レンは怒りに暴れている精霊たちのまで自分の心を晒していた。手を広げ、迎え入れるように立つ。
「精霊たち。お前たちに最後の願いを伝えたい」
そう呼びかけた。精霊たちの意識がレンに注がれた。彼らはレンが天空の使者から離反し、逆に反旗を翻そうとしていることを知り、それに関わろうとしてこの場に具象化したのだ。興味を抱かせるように仕向けたのは、もちろんレン自身だ。異次元空間に入ってから事実を知った瞬間に自分がやるべき役割を実行するために想念の欠片を持ってして確実な道を歩み始めた。エイジアスと対面した後は、予想外の敵の全貌に根本から計画を組みなおさなければならなかったが、彼はやり遂げた。
完了するに当たり、十ある内の九は無事に終わった。
あとは自分が授けられたこの戦力をいかに利用して戦うようにするか、それだけだった。レンは自分に注がれている彼らの意識を逆手に取り、自分の強い信念と己の中にある未来のイメージを流し込んだ。精霊に昇華しても彼らの中にあるのは人間の心だ。イメージが伝わったのか精霊たちが騒ぎ始めた。理解してくれた。彼を支持するように精霊たちが集まりだす。精霊たちがレンに力を貸すことを自ら懇願しているのだ。
彼の強固なる心に触れたことで救われる思いが強くなる。怒ることを忘れて、確実な勝利を導いてくれる英雄王に捧げる剣と盾。それを手に入れることにレンは本音を隠して、次の言葉を放つ。
「俺たちの敵の名は、エイジアス。世界創世をした神々の一人だ」
その言葉に嘘はない。事実、天空の使者をこのような争いに巻き込んだのはエイジアスだ。クロノアの意思は関係ない。ただ、彼女にはそれを断ることのできない理由があった。それを言うまでもなく、彼女には最初から選択権など与えられていなかった。もちろん、そのことはクロノアとレンの間でしか語られていない真実として秘匿すべき情報だ。精霊たちに聞かれるよりも彼らを介してエイジアスに伝わるのだけは避けたかった。エイジアスへの恐怖が伝わってしまえば彼らの力はレンに取り込まれても十二分も発揮することなく終わることになるだろう。ただし、神々の一人という事実はレンにしても緊張を強いられる。
世界を知るレンでも紙と戦った経験は皆無だ。それは無謀な挑戦をするに等しい。だが、彼女を利用することも、友の命を奪うことも、その世界を奪うことだけは絶対に許せない。
「俺たちのこの世界は死んだ。だが、俺たちはまだ生きている。だから、共に戦おう。俺に力を貸してくれ」
レンは高らかに力強く叫んだ。精霊たちはこのわずかな邂逅で彼を自分たちの主と認めていた。アルビノではない人間であって絶大な力を身に宿す王の力に酔いしれていた。自分たちが騙されているとも知らずに。
だが、彼らの思いがレンにとってどうでもいいものだと知れ渡ったとしても精霊たちは力を貸してくれただろう。精霊たちは構成する魔力を解放することで心の声を、彼の揺るがない意志を支える柱へと変え、最後の戦いに挑むことを了承した。
呼吸するほどに染み渡る力に酔いしれそうになる。
だが、この力もそう遠くない未来には消えてしまうことになると思うと空しくも感じる。
神を殺す。
それが達された時、レン・リッジモンドはこの世から消滅することになるのだ。




