ルアンジュ
「……」
途端に身体が冷えて来たなと思ったところに、聞き覚えのある声が投げられる。まるでさっきまでの余韻を一気に掻き消す様に。
「なんかちょっと良い雰囲気だったじゃん」
いつから見ていたのか、アイリの声は不機嫌そうである。
「悪趣味だぞ」
背中から聞こえた声に、そちらを向かないままに抗議する。
「コーニコとお店以外で仲良くなれたら、別に嫌な仕事受けなくて良いわね」
お構いなしに続けるアイリ。
「いや、受ける」
コーニコが入った裏口をなおも見つめ続け、エディは力強く言った。
「えっ?! そうなの? わっと……!」
意外過ぎる答えに、アイリは中身を抜いて用なしになった財布を返そうとして落としてしまう。
「コーニコちゃんを幸せにするにはお金が要る。コーニコちゃんは綺麗だけど、本人が痣を嫌がるなら吸瘴師の仕事は止めだ」
「……先に借金返してよね」
なるほどと納得し、アイリは財布を拾い上げる。
「でも逃げ出しちゃったしな……また来るかな」
そう言ってようやく、エディはアイリに振り向いた。アイリはそんなエディに空の財布を投げ付けて言ってやる。
「また来るわよ。代わりのルアンジュなんて居ないんだし! まぁあんたは普通におうちに帰って寝てたら大丈夫」
「でも俺現場バラバラだし、俺んちも知らないだろうし」
「大丈夫大丈夫! 根性でどうにかして明日には来るわよ!」
そうかなぁと不安な顔をするエディにアイリは自信満々にそう言い、それは本当の事になるのだった。
「何でお前まで居るんだよ……」
翌日、エディの家で三人は朝から顔を突き合わせていた。エディ、アイリ、ランの三人である。
「観念しなさい」
「始めて良いか?」
「……あー、先に言っておくけど俺はレジスタンスの一員になるつもりはないからな」
特に二人からの言い訳はなく話しが進みそうなのでエディは大事な事を先に伝えておく事にした。
「今更ルアを使うななんて正直無理だと思ってるし、俺の事はただの助っ人……傭兵みたいなもんだと思って欲しい」
「やはり世間にはねじ曲がって伝わってしまっている様だな。俺たち砂海の恵雨の主張はルアを……」
「あーもう良いって何でも! 俺が傭兵ってスタンスは変わんない。お前らみたいなのの主張をちゃんと聞こうとしたら長くてややこしくて、俺寝ちゃうよ」
「……分かった」
本当ならしっかり誤解を解いておきたかったところだろうが、エディの機嫌を損ねる方が得策ではないと思ったのか、ランは頷いた。
「で、俺の特質を知ったうえでって話しだったよな?」
言ってからエディがちらりとアイリに目をやる。あまり聞かれたくはない様だ。それを察したかどうかは分からないが、ランはまた短く言う。
「単純な話しだ。お前の周りに人間を近付けなければ良い」
「ああ、そりゃえらい単純だけど……規模によっちゃ一人じゃ無理だぞ。……ん? つまり丸投げする気だったのかよ?!」
「俺が行く」
「あんたルアンジュには見えないけど?」
「大丈夫だ」
「話しになんねぇ。死ぬぞ」
「命などとうの昔に」
「そう言う話しじゃねぇ」
テンポ良く会話が進むが本題は何も進んでいない。要領を得ていないであろうアイリは二人の顔を交互に眺めるしか出来ない。
「たぶん死なないと思う」
「根性でどうにかしようとしてる?! 何が俺の特質を知ったうえでだよ?! 知ったうえでどうにも出来ないから自分が犠牲になるってか?!」
「……」
「それとも……俺が人の命なんかどうでも良い人間なんだって思ってた?」
「それは違う! それを証明する為にも俺は……!」
「ルアンジュなら良いの?」
互いの主張を譲らないどころか、不穏な空気になって来た二人の間にアイリがペースを崩す事なく入って来る。
「はぁ?」
もう自分が何を言ったかも覚えていないエディが乱暴に聞き返す。
「さっき言ったじゃない。あんたはルアンジュには見えない……って。て事は近くに居るのがルアンジュなら良いって事でしょ?」
理論的にはそうだろうが下手をすればそれも煽り文句だ。
ルアンジュは基本的に公国に囲われている。貧しい街に出向き子供のルアンジュを見付けて公国で育て、家族への手厚い保障も約束されているほどだ。
「リンカネーションの味方するルアンジュがそこら辺に居たらこいつもわざわざ俺なんかをスカウトに来ないだろ」
やれやれと肩を竦めるにエディに、アイリは表情を変えぬまま掌を上へ向け、そこへ蒼い炎を灯して見せた。
「へっ……?」
「なっ?!」
エディもランもその炎に釘付けになる。
それはルアそのものを具現化したものでありルアンジュにしか出せない碧い炎。ルアンジュの武器であり魔獣の弱点だ。
その美しい碧、独特の揺らぎ、神秘的な放出音は、どんなに頑張っても別手段で再現出来るものではない。
「おまっ……ルアンジュ?!」
「全ルアンジュを公国が囲んでると思った?」
その美しい碧をつまらない物の様に捻って消して、アイリは少し意地悪そうに口の端を吊り上げて笑った。
「思ったよ……」
エディでなくてもそう思うだろう。ルアンジュなら良い暮らしが出来るのに、と。




