小さな手
「一度魔獣化すると無力化した時により強烈な瘴気が飛散するんでしょ?」
おそらく、ランの濃い痣はそう言う事だろう。
「ああ、俺は痣が出来ようがどうでも良いが……単純に戦闘力が欲しい。当然公国には頼めないしフリーのルアンジュを探してる」
「あははっ! フリーのルアンジュなんか普通は居るワケないもんね~! あんたみたいなリンカネーション以外はみんな公国万歳なんだからさ。で、規模は?」
「おいおい、マジでこれ以上関わるなよ!」
流れるように話しを繋ぐアイリにだんまりを続けていたエディがたまらず口を開く。
「大丈夫よ、あんたがどんな大罪を犯したかなんてのは聞かないからさ」
「あのなぁ……!」
いくらこの街がワケあり者のたまり場で、過去を聞かないのが暗黙のルールだとしても、それはそのまま信じろと言う事ではない。
「とにかく、それを聞いたうえで言うけど俺に出来る事は何もない。尚更な」
そこまでアイリに説明する必要もないと、エディは結論だけを言ってやる。
「こちらでもエドワード・エイマーズの特質は理解している。そのうえでこちらには……」
「やらねぇって言ってんだろ!」
一向に引かないランにうんざりしたエディはとうとうこの場から走り去ると言う行動に出た。
「あっ、逃げた。まぁ財布は貰ったし、今日のところはいっかぁ」
アイリは言いながらランが持ったままになっていたエディの財布を寄越す様に促す。ランは大人しく差し出された掌の上にそれを預けた。
「あいつのねぐらは知ってるか?」
長期戦になると思ったのだろう。ランはエディを追わずにアイリにそう聞いた。
「知ってるけど教えない」
「エドワード・エイマーズが働かないと困るんだろう?」
「困るけど別にあんたの味方でもないし!」
「金を払おう」
「はぁ?! どこのお坊ちゃんよ?! 金ですべての人間が動かせると思ったら大間違いですからね!」
ランの横柄な物言いにアイリはギョッとして身をよじる。
「お前はそう言うタイプかと思ってな」
「残念でした! あたしお金のやりとりは信用した人としかしないの。だってお金って人生が変わっちゃうくらい大切なものだから」
「……その大切なものを、全部やると言ってもダメか?」
「……全部でどれくらいあんのよ」
こんな会話があった事を、エディは何も知らない。
毎日色々な人間と触れ合い、色々な感情になるエディだが、このまま寝るには今日はどうにも終わりが悪い。気付くとまた、あの店へ足が向いていた。
しかし、中へ入る金はもうない。
「あれ? エディ君どげんしたと?」
コーニコはいつも店の裏口から出入りする。それを知っていたエディはただひたすらそのドアを眺めて居た。
「仕事……終わった?」
「ううん、ちょっと休憩で外の空気吸いに来たばい」
「そっか、ごめんコーニコちゃん……店の外で会うなんてルール違反だよね」
「あはは、別にそげなルールなかとよ?」
言いながらコーニコが近付く。
店の裏口付近はゴミ箱や休憩用のベンチなどが乱雑に置いてあり、その敷地を背の低い、腰くらいまでの高さの柵が囲っている。きっとコーニコはそのベンチに座りに来たのだろうが、柵の向こうに立つエディの近くまでやって来た。
「でも……お金も払ってないのに、仕事以外で俺なんかに話し掛けたくないでしょ」
「なんば言うん? エディ君自分の事そんなにしょうもない人間と思うとるん?」
「……」
「ほんなこつどげんしたと?」
明らかに様子のおかしいエディを気遣ったのか、コーニコはそっと手を握った。隠そうともしないなんてよっぽどだと思ったのだろう。
「……あったかい」
「こげなとこに突っ立っとるから、エディ君が冷え切っとるんよ」
言われたエディがコーニコの温かい手を握り返してみても、拒否はされなかった。
「何だか、初めてお店に来た時みたいな顔ばしとるね」
「……あん時は……寂しくてしょうがなかった」
コーニコの手を両手で包み、エディはあの日の事を思い返す。
「コーニコちゃんが触れたところから瘴気が抜けてって、代わりに温かいものが身体を満たして、それで俺やっと、まともに立てるようになった」
「ふふっ、うちらの仕事をそんな風に言ってくれるのはエディ君だけばい」
コーニコが嬉しそうに小首を傾げて笑う。
実際それは本当だった。特に難しい技術も資格も必要なく、体中を痣だらけにして賃金を得る。食うに困った何の才能もプライドもない者がやる仕事だと差別的な見方をされるのだ。
「うちもすっかり痣だらけになってしもうて……。見て、この辺あるやろ」
コーニコが顎をあげ、握られていない方の手で首あたりを指差す。見えていなかったところに小さな痣が出来ていた。
「こんなとこに出て来てしもうた。顔まで、広がるんやろなぁ……」
「コーニコちゃんは綺麗だよ、痣なんか関係ない!」
コーニコが寂しげに言うのでエディはすぐさまコーニコを肯定する言葉を言ってやる。これくらいなら前にも言った事があるが、今日はもう少し、想いを伝えたかった。
「俺が店に行くのは……、瘴気で痣が出来るのが嫌だからとかじゃ……ないよ」
「知っとうばい」
エディ的には割と思い切ったところまで言ったのだが、コーニコは何でもない事の様にそう言った。
「えっ……? そ、そうだった……?」
「うん、知っとう」
コーニコは薄く口元に笑みを浮かべ、真っすぐにエディを見ていた。自分の想いはもうコーニコに届いていたのだと思ったエディはこのまま先の言葉も伝えようと握っていた手により力を込める。
「コーニコちゃん……俺……俺……!」
「おいコーニコ! いつまで休んでる!!」
おもむろに裏口ドアが内側からドンと叩かれ、続いて怒声が聞こえて来た。
「あっ! すみません! じゃぁねエディ君!」
コーニコはエディの手を遠慮がちに振り払い、パッと店の中へ戻って行ってしまう。
行ってしまった。先程までこの手で包んでいた小さな手。あの手で色んな人間の瘴気を引き受ける為に。




