出発
「……俺は俺の順応性が怖い」
「あたしはむしろ外へ出たくないとさえ思ったから危険だと思う」
「行くぞ」
ランだけはこの異常な船旅においてもペースを乱していない様だった。乗り込む時は手引きをしてくれた男が居たが降りる時はそうは行かない。シャオの家でそうした様に、三人で貨物室のドア裏に張り付いて身を隠し、作業員が荷物の確認をしている間にそっと、ただし迅速に船を降りる。
出口に騎士でも待ち構えていたら一戦交える覚悟で居たがどうやらシャンゼロロ号に乗っているとは思っていなかった様である。
「ううっ?! 寒い!」
今は必死で顔を隠す必要もなさそうだが、吹き付ける風の冷たさにエディはフード付きマントをすっぽり被った。雪まで降っているではないか。
「この街で準備を整えて出発だ」
さすがこの辺りで生まれ育ったランは寒さに強い様である。しかし、雪の降るこの街で野宿するのはさすがに自殺行為だ。久しぶりに宿を取って身体を休める。
お金はシャオに持たされた。ランは断っていたがエディが後で必ず返せば良いからと説得して受け取ったのだ。本当に良かったと思う。
「綺麗な街だね」
温かい部屋の中から雪景色を眺めるアイリ。こんなに積もっている雪を見るのはエディも初めてだ。
「だけど色々不便も多そうだな」
店先の雪かきをしているお爺さんを見て言う。
「ああ、慣れれば良いところもあるが……魔石廃棄場なんて物を作るには不便以外の何もないだろうな。他の廃棄場がある場所もそうだ」
「そう……なんだろうな」
「明日、防寒具を用意したら目的地へ出発する。ゆっくり休んでてくれ」
「山の方ってもっと雪降ってる?」
「いや、今の季節ならこんなものだ。万年雪でカチコチになってる場所はあるだろうが。どっちにしろ、街を出たらその日中に辿り着いて廃棄場内部に入らないとな」
と言う事で、翌日エディ達は途中までルア製の乗り物で移動する事にした。
金属で出来たキャリッジにルア製の動力を設置して進むのだ。要するに馬の代わりにルアで動く乗り物である。馬車同様にキャリッジの先にそれを扱う運転手が居て操作は任せる。初めて乗ったが馬車よりも早く、安定感もあり快適だった。
「旦那方、キャリッジはここまでですよ」
もっと乗っていたいくらいだったが、雪の中に立派に立つ一本の巨木が目印だった。ここから先は公国から立ち入り禁止のエリアに指定されているのだ。キャリッジから降りると、その先に目で見てルアの結界が張られているのが分かった。
基本透明だが時々虹色に光る箇所がある。
「凄い結界でしょう。今でも時々公国の騎士が結界を確認しに来ます。綻びがないか調べてくれてるんでしょうね。お陰様で安心。公国には感謝です」
恐らくこれが、世界の民の気持ちなのだろう。さて、本当に公国は感謝すべき存在であるのか……三人は前へ進んだ。
「え、ちょっと! 行っちゃダメだって!」
キャリッジの運転手が慌てて言ったがアイリがすぐに機転を利かせた。
「今回はあたし達が結界をメンテナンスしま~す」
そう言って掌に灯したルアの炎を見せる。
「そそ、公国に頼まれたのよ、俺ら」
「ああ~、そうだったのかい、ご苦労様」
不器用そうなランの代わりにエディが乗ると運転手は納得してくれた。
そうしてしばらく歩くと、結界の向こうにランの故郷が見えて来る。超大型魔獣の住処となってしまったランの故郷だが、建物などはわりと残っている様だ。
「廃棄場を調べたいだけならここじゃなくてもあっただろ」
「もう使われていない廃棄場でなければじっくり調べる事は出来ない……と言う事にしていて、それもそれで真実だが、解放してやりたいって気持ちも当然ある」
ランが故郷を目の前に、自分の素直な気持ちを吐露する。
「解放してやろう」
真っすぐにそれを受けてエディが言うと、ランが視線をエディに戻して続けた。
「今日でちょうど五日目だ。俺は生きている。ルアを使ってくれるか?」
「う……本当に安心出来るのは明日以降だろ……」
エディが難しい顔をする。
使わなければ、いや使っても簡単な相手ではないだろう。
「ま、あたしがやったるわよ!」
アイリが勇ましく言ってくれたがこれで実戦はたったの二度目である。
それでもランは「頼りにしている」と良い、結界の目の前で背嚢を下した。中から取り出したのはランの手にすっぽり収まるサイズの球状の何か。
「何だそれ?」
「これもシャオの父親の置き土産だ。近くの魔獣の瘴気に反応して規模を示す」
聞いてもいまいちピンと来ないエディはそれを覗き込む。するとどう言う仕組みか、球体には紫色の円が浮かび上がって輝いた。
「ここが封鎖されて十年が経つ。やはり中の小型、中型魔獣はすべて大型魔獣に取り込まれている様だな」
「へぇ……便利なもんだな」
そう言えばエディの街が襲われた時もランは正確に魔獣の数を把握していた。読み方は分からないが魔獣の数、規模に寄って光り方が違うのだろう。
「行くぞ」
魔獣の為の結界は容易くエディ達を受け入れ、水面の様に揺れてすぐに元に戻った。
「何にしても目標が一つってのは分かりやすいな」
エディが呑気にそう言うと、アイリが顔を引き攣らせてながら同意する。
「……ほんと、分かりやすいわね」
この街は魔石廃棄で成り立っていた街なので、山側に大きな廃棄場がある。そこに一旦魔石を集め、山に埋めるのだ。廃棄場は立派な金属の建物で、屋根にはこの街の旗が立てられていた。結界が張られている事でもう十年以上はためいた事はないだろう。
そしてその建物の後ろに……、隠しきれない巨体が寝そべっている。
廃棄場に二階はないので、ひょいと魔獣が顔を上げるともうすっかり屋根の上へ飛び出した。
「わぁ、さすが超大型」
達観した様にエディが言うと、信じられない事が起こった。
「わぁ……」
もう一つ、追い掛けるようにして顔がにゅっと出て来たのである。




