シャンゼロロ号にて
「ど……どこ行くのかな……」
「そりゃ……さっき言ってた船舶会社の女社長のとこじゃないか?」
「今夜は帰らないって……」
「まぁ、色々交渉するにしても時間が掛るんだろうよ」
何をどう交渉するのか、深く考えるのは止めた。
「シャオは頼もしいな。俺には人を掌握する様な話術がない。こう言う交渉事はいつも他のメンバーに任せてしまっていたが……俺も出来るようにならねばな」
「いや話術だけじゃないだろ……」
「何だ?」
どうもランはシャオの交渉材料にピンと来ていない様だ。
「何でもない! 俺は言われた通りにランに風呂の用意をする! 俺に出来るのはこれくらい! んでランはちゃんと温まって寛ぐ! アイリはその辺の掃除でもしとけ!」
こうして、どうなるかと思われた旅路は、思いがけぬ人物のお陰で希望の兆しが見えて来たのであった。
翌朝、すっかり疲れた様子のシャオが帰って来て言った。
「話しは付いた。シャンゼロロ号って船の貨物室に手引きしてくれるように頼んである。俺も一緒に行くから準備してくれ」
おおっ! と声を上げ、シャオの仕事ぶりに感嘆するエディとアイリ。ランは深々と頭を下げシャオに感謝を示した。
「やめて下さいランドルフさん! 俺の命はランドルフさんに救われたものなんだから。これくらい……」
「何だか一日で痣が増えたようだが……」
「えっ! こ……これは瘴気で出来たわけじゃなくて……いっ、良いから早く準備して下さいってば!」
シャオが首元に出来た痣を掌で隠して言った。
「このマント! 貰ってって良いかなぁ!」
「あたしも欲しいなぁ!」
「ああ! 持ってけ持ってけ!」
不自然に会話を繋げ気まずい空気を誤魔化しつつ、四人揃って港を目指す。
街にはやはり騎士がうろうろして居たが、昨日よりもやる気がなさそうだ。もうこの街には居ないと勝手に判断している騎士もいそうである。
それでも目立たない様にバラバラに、ランは猫背を強要され歩く。
無事船着き場に到着すると、屈強な海の男たちも増え、ランが猫背にならずとも大丈夫そうであった。
「あの船だ。貨物を乗せるふりをしてそのまま乗り込んで下さい。そしてトアナに着いたら、この貨物庫の小麦は運河を利用して北の街まで運ばれる。つまり、船を降りずにそのまま乗っていれば三日ほどで現在のトアナ大陸最北の街までは辿り着けます。そこまで行ければ目標まではあと少し」
「運河……そんなものが作られていたのね、これ以上ない船に乗れるじゃない!」
「ありがとう、シャオ。すまない」
「だから止めて下さいって! じゃあ俺、しばらく忙しくなりそうなんで見送りはしません」
無意識にか、首元の痣を隠しながらシャオが言った。
「十分だ」
「また、俺の事思い出して下さい。会えてうれしかったです、ランドルフさん」
手筈通りシャンゼロロ号の貨物室に潜り込んだ三人は薄暗い部屋の中で息を潜めた。ここまで手引きしてくれた男は特にこちらの詮索等はせず、黙って三人を行かせてくれた。こんな事は初めてではないのだろう。慣れたものだったのだ。
「ケホッ……グフッ……!」
アイリが埃っぽい貨物室で咳を我慢しようと頑張るが、結局もっと大きな音が出てしまう。
「大丈夫かアイリ? そこまで静かにしてなくても大丈夫だろ、もう出港した」
「……ねぇ、ここで三日? 早くも精神がどうにかなりそうなんだけど」
窓もなく、ランの背嚢の中に入っていたルア式のランプ一つで辺りを照らしている。寝てしまえば気も紛れるだろうが揺れも酷い。
「俺は大丈夫だが……お前たちはしばらくしたら何食わぬ顔で客室へ移動すれば良い」
「……はぁ、まぁトイレくらいは使わせてもらうけど、日が暮れるまではここで我慢するわよ」
ここで三日……。アイリでなくても愚痴の一つは言いたくなるだろうし、誰でも耐えられる環境ではない。とにかく気を紛らわせる何かがなければ。
そうして、一日目はランの身の上話を聞いた。
なんと既婚者だったが、魔獣災害で妻を亡くしていた。お腹には子供が居たと言う。依頼の時に聞いたがこれから向かうトアナ大陸の巨大魔獣のポイントはランの故郷であり、家族との暖かな思い出と、その家族を失った悲しみが沁み付いた街だ。
「奥さんってどんな人だった?」
重苦しい空気の中アイリが聞くと、ランは少し笑って意外な事言う。
「いつも俺を笑わせてくれる人だった」
「えっ! ランちゃんって笑う事あるんだ」
相変わらず少し失礼なアイリにエディが口を出す。
「そりゃお前、可愛い奥さんが天然な事すれば綻んじゃうだろ」
「ああ~、そう言う……」
「いや、彼女はしっかり者だった。天然ではない。鉄板の面白い話をいくつも持っていてそれで俺を笑わせてくれる。一発ギャグも抱負だった」
「何それ! どんな話し?!」
「うーん、俺が話しても面白くなるかは分からないが……じゃあパンツが空を飛んだ時の話しでも……」
「大丈夫! もう面白いから!」
二日目はエディの苦労話だ。
騎士団に入るまでにした努力と、理不尽な扱い。一応はイースライ家の一員として扱われていたので気軽に街へ出て貴族以外の友達を作る事などを禁止されていたと言う。
「身内に冷たくされて、でも外に助けを求める事も出来ないなんて……何だか息が詰まりそうね」
まるで自分の事の様に想像し、アイリはその当時のエディに大いに同情した。
「それでも、俺が闇練してるとこを覗きに来る女の子が居てさ、あれって俺の事好きだったのかな~」
「あんたすーぐその気になるのは昔からだったのね」
「コーニコと言う女性の事も勘違いしていたな」
「ちょちょちょ……! まだ! それまだいじっちゃ痛い話しだからしないで!」
三日目にアイリの恋話を聞こうとしたが……あまり盛り上がらなかった。
「すまんすまん、まぁガキには早い話しだったよなぁ」
いつもアイリにやり込められているエディがここぞとばかりにニヤニヤと言った。
「くっだらない! どっちがガキなのよ。あたしにはもう決まった人が居るの。それだけ」
「は?! 嘘吐け!」
「嘘じゃない」
「そんな話し聞いた事ないぞ!」
「なんであんたに言わなきゃいけないのよ」
「居ないから言えないだけだろ!」
「じゃーもうそれで良いわ」
まったくやり合わおうと思わないアイリにすかされ、これ以上は言っただけ負けると思ったエディは口を噤むしかなかった。
こうして昼は三人でお喋りをして、夜はこっそり甲板で風を浴び、一日に二回、ランの背嚢の中にあった食料を食べるのがとても楽しみで、そんな生活に驚くべき事に慣れ出した頃、目的の街に着いた。




