そう言うモード
「……顔上げろ、良い……ランドルフさんは死なない」
「ああ、俺は死なない」
「あたしもそんな気がして来た!」
皆が口を揃えたが、エディだけはそんな風に言えなかった。もし何かあったらランの意思を継ぐ。心の中でもう一度覚悟する。
「これからどうするんです?」
シャオが立ち上がり、また椅子に腰掛ける。
「トアナ大陸の山岳地帯まで行って巨大魔獣を倒す」
「……あそこ行くんですか。まぁ、わざわざルアンジュ味方に付けたんだからそれくらいやってもらわないとですよね」
シャオはそこに何があるのかもう分かっている様だった。
「……巨大魔獣って事はもうルアの結界で封じてある場所だよな? そこを突くって事は……その先に何があるってんだよ」
リンカネーションの思想など聞かないと突っぱねていたが、いよいよランの話しを聞く気になったエディはそう聞いた。
「今はもう使われていない、魔石廃棄場だ」
「なるほどね。魔獣の原因が魔石説……それを裏付け出来る何かが見つかるかも知れないって事ね」
ただの飾りで付けていた魔石のブレスレットを眺め、アイリが言う。
「ああ、人の代わりにルアの瘴気を吸った魔石は人と同様に次第に黒ずんでいく。役目を果たした魔石は回収され廃棄されるが、それはまた大地に吸われて星を巡るルアになる……と言うのが通説だ」
そう、何百年も前から、世界はそれで回って来た。長期使った魔石の回収は魔石を利用する者の義務になっている。
「だが俺達はそれを見た事がない。そして廃棄場は中央にない。こんな仮説だけで世界は変えられないから証拠が必要なんだ」
「エドワード・エイマーズのルアで生き残り、魔石から魔獣が生まれ、それを自在に出現させる力を公国が持っている、それらの証拠が揃えば……」
「少しは、何か動くかもな」
ランは自嘲気味に笑った。
歴史を覆すにはよほどの力が必要だ。これまでの固定概念を壊す強烈な何かが要る。だが少しでも誰かが動かさなければ、ずっと変えられない。
「あれ?! 俺思いがけずめっちゃヤバいのを敵に回してない?! ただの魔獣退治じゃないじゃんこれ!」
「初任務で命令違反して村を救った時点で、すでに公国に喧嘩売ってるだろ」
「……それもそう……か」
「と言う事は、船に乗りたいんですね?」
喚くエディを大人しくさせ、シャオが話しを進める。
「ああ、だが……一文無しでな。働く事を条件にして乗りこめたりしないだろうかと思っていたのだが、少々街が騒がしくなってしまった」
「え、俺達も働かせるつもりだったのかよ? 砂海の経費どうなってんの! 最初は傭兵としてって話しだったぞ?」
「お前の寝床を聞き出す為にアイリに全部やってしまったんだ」
「ぶふっ……?!」
ちょうど水を口に含んでいたアイリがそれを吹き出した。
「このクソアマ!! ランドルフさんに返せ!!」
「ちょっ……! 待って待って! あたしは三百ルーノしか貰ってないわよ?! 全部寄越せって言って出て来たのが三百ルーノ! それもランちゃんの方から全部出すって言ったんだからね?!」
三百ルーノ、少し贅沢な朝食を食べればなくなる金額だ。
「なっ……?! ランドルフさんは……嘘を吐く様な人間じゃない……」
シャオは混乱して口籠った。
この話には信じられない事が二つある。どちらかを信じるべきなのか分からないのだ。
ランドルフが嘘を吐かないと言う事を信じるなら、所持金が三百ルーノだったと言う事だ。だがいくらなんでも、組織の大事な任務を担ったランドルフの所持金がたったの三百ルーノの筈がない。
「あたしには……ランちゃんが嘘を吐いている様には見えなかった」
「ああ、嘘は言っていない」
ランの眼差しは堂々としたものだ。
しかし、全財産を出すと言ってそれが三百ルーノだと言うのは騙しているも同然である。
「それでお前、三百ルーノで俺を売ったのかよ……」
初めて聞かされる事実にエディが呆れて言う。
「まぁあんたの寝床なんてそんなもんかと思ったし、それに、金で動かそうって気はないんだと思ったからね。貰っといたけど」
「……どっちにしろ、俺達を働かせるつもりだったのは変んねぇじゃん……」
ここからトアナ大陸へ渡ろうとすれば、最低でも一人分で八千ルーノは必要だ。
「ちょっと足りないか……」
「ちょっとじゃねぇよ!」
「ランドルフさんに突っ込むな! 俺が何とかする!」
「何とかったって……!」
はたと、シャオのリビングの内装を改めて見る。一市民の家に風呂が付いている時点で気付い居ていた事だが、かなり豊かな暮らしをしているのは間違いない。
「ここの船舶会社の女社長とは馴染みだ。俺の言う事なら何でも聞く」
「……」
一瞬だけ何故? と聞こうとしたエディは、シャオが前髪を整えたのを見てやめた。
そして小引き出しの上に置いてあった煌びやかな瓶の香水を手に取ると、プシュと一拭き。
「お前、風呂の用意の仕方見てたよな? ランドルフさんにしっかり温まってもらえ。じゃあランドルフさん、適当に寛いでいて下さい」
「おいおいどこ行くんだよ」
「戸締りだけ頼んだぞ」
「ちょっ……」
突然居なくなろうとする家主に縋り付こうとしたエディは、ふわりと振り返ったシャオに言葉が出なくなる。アイリも同じだった。
「今夜は帰らない」
「うぉ……」
「わ……」
そう言うモードに入ったのか、もともと隙のない顔に凄みが増した。
背筋をしゃんと伸ばし、カツカツと義足を鳴らして出て行くシャオ。義足は決してシャオの魅力を損なうものではなく、むしろ魅力的な個性になっていた。




