もう遅い
「今も、生きる理由がないか?」
黙って聞いていたランが、エディを試す様にそんな言葉を掛ける。……と、アイリの眉が分かりやすく下がった。
「いいや、借金返すまでは死なねぇよ」
それに気付いたわけではないがエディはそう即答し、アイリの表情もパッと明るくなる。
「良い心がけよ!」
そうしてまだ残っていた骨付き肉を手に取ると元気に齧り付いた。エディもちょっと暗い話をしてしまったと反省して一緒に食事へ手を伸ばす。
「それにしてもおめでたいな、エドワード・エイマーズ」
シャオは少食なのか、さっきから飲み物しか口にしていない。
「さっきの話しのどこにめでたい要素あったよ?」
「めでたいのはお前の頭だよ」
褒められていない、と言うのは分かったが、サッパリ意味が分からない。
「エドワード・エイマーズの話しは俺の耳にも聞こえて来たが、まさかあの事件が初任務だったとは思わなかったぞ」
「まぁ、普通は段階を踏むものだってのは聞いた事あるけど、正直俺早く認められたくて頑張ってたし、団長も俺の事可愛がってくれてたしな。ない話じゃないだろうが」
「ないね。聞いた事ない」
「ないって言ったって実際あったんだよ」
「で、初任務でやらかして処刑されそうになって? コネ使って逃げたは良いものの母親はその後ですぐ病死? どっか悪かったのか?」
「いや……、俺バカだったし、気付いてやれなかったのかも」
エディの言い分にシャオはハァッと溜息を吐き「どう思う?」と半笑いでアイリを見た。きっとアイリも同じ表情になっている筈と思っていたのだろう。アイリがキョトンとしているのを見てシャオはギョッとした。
「え……、今の話し聞いて何も思わないのか?」
「思ったよ。公国ムカつくなーって」
「いやそれはそうなんだけど、もっと、こう……」
左に傾げていた首を右に傾げ、アイリは頭の上に「?」を浮かせた。
「良いか? イースライ家の連中は自分達の事を選ばれし者とか思ってる。そこに、世間的にもあまり良い印象のない吸瘴師の女が、妾、と言う卑しい立場で身内に入って来たワケだ。だけど王様のご寵愛は本物で、一番のエリートって言われてる中央騎士団へ、何の実績もない十五の子供を入れちゃった。更にそいつは正真正銘ルアンジュで、その中でも実力がありそう、と来た」
「……認めるしかないでしょうけど、妬まれたりしそうね」
「あのなぁ、妬まれるだけで済めば良いよ。エディは処刑、母親は病死。俺にはこれで公国を疑うなって方が信じられないね。お前らやっぱバカなんじゃねぇの」
「えっ?」
確かに、母が居心地悪そうにしていたのは事実だし、自分もキツめに当たられた事はある。それはそれで事実だが……、それだけの筈だ。
「公国を疑うって……そりゃシャオが砂海で過ごして来たからだろ……?」
そもそも公国に反対している集団で育ったのだ。そう見る癖の様なものが付いていて当たり前の筈である。しかしシャオはそれもそうかと認めはしなかった。ただし、否定もしなかった。
「ハッ! マジでおめでたいなお前。そう思うならそれで良い」
「……だって……でも……そこまでするわけ……」
シャオの言いたい事を理解したアイリも、やはりにわかに考えは変らない。
「はいはい、そうかもな。別に証拠のある話しじゃないし、証拠を残す様なヘマもしてないだろうしな」
「……」
「……」
二人は押し黙った。
公国を妄信しているつもりはないが、さすがにそこまでは……。
「だから、俺が証拠になろうと思う」
黙って聞いていたランがここで口を挟んだ。すっかり食事も済んだようだ。
「はい?!」
これに真っ先に反応したのはシャオだ。持っていた木製のカップから赤い液体が零れる。
「どう言う事ですランドルフさん、どうやってそんな事……」
「エドワード・エイマーズのルアを浴びて俺が死ななければ証拠になる」
「なっ……?!」
「そう言えばランちゃん、最初から言ってたわね、死なないとか何とかってさ」
根拠のない根性論だと思っていたが、まったくの考えなしではなかった様だ。だがそれにしても……、命を懸けるにはまだまだ不確定な要素が多過ぎると言わざるを得ないだろう。
「ちょっと待って下さいよランドルフさん! ランドルフさんがそんな危険に身を投じなくても良いでしょう! ランドルフさんは砂海の恵雨に居なくてはならない人なんですよ?!」
「どうしたシャオ。お前が自分で言った事だろう?」
「確かに俺は公国が怪しいって言いましたけど! だけど百パーセントではないんですよ?! ちょっとでも可能性があるんならやるべきではないです!」
「まぁ、随分カッコ悪いけどあんたの言い分はもっともかもねぇ」
かなり自信満々に決め付けた言い方をしていたシャオにアイリがチクリと刺す。
「うるさいクソアマ! お前は黙ってろ!!」
「シャオ、お前も落ち着いてくれ」
「良いです良いですランドルフさん分かってます。あなたはもう止まらない、やると決めたらやっちゃうんだ、そう言う人だよ! だからね、せめて俺で実験して下さいよ! 俺のこの不自由な体が役に立つんなら! 俺をそれに使ってよ!!」
持っていたカップを乱暴にテーブルに叩き付けると、端正な顔を歪ませ、髪を振り乱し、シャオが声を大にして思いを訴える。
「もう遅い」
「……え?」
エディは頭を抱えた。
「もう浴びた」
「……な、なん……」
もともと白かったシャオの顔がどんどん青みを帯びていく。
「なんで……。でっ、でも、ちょっとだろ?! ちょっとなら普段の生活でも浴びてるわけだし、な?」
「近距離で浴びた」
「ごめん! ごめん!!」
エディは椅子から転げ落ちるようにして床に頭を付けた。ゴンッ! と鈍い音がして、エディは続ける。
「謝ったってもうどうにもならねぇ! 言い訳もない! ごめん!」
「やはり凄まじかったぞ、エドワード・エイマーズの炎は」
エディが頭を下げ続けている隣りでどこか嬉しそうにランが言った。
「煽らないでくれよ!」
ランにそんな気はないのだろうが、エディがそう言ってランの方に少し顔を上げると、目の前の床にドカリとシャオが座った。座ったと言うより、あまりの事に腰を抜かしてしまったと言う感じだ。エディはまたすぐに床に頭を付けた。ランの身内に殴られるのなら甘んじて受けるつもりだった。




