身の上話
「本当にすまない。夜中には出て行く」
「美味しい! 美味しい! ありがとう! あたしシャオの事誤解してたわ! ねぇこっちも食べて良い?!」
「クソアマ、それはランドルフさんの分だ。あがったかヘタレ、お前もこっち来て食え。腹が減ってちゃいざという時にランドルフさんを守れないだろ」
まさに至れり尽くせりだ。
「どうにか港町には潜入出来ちゃったわね~」
「船に乗れるまでまだ安心出来ないが……状況から見てみれば上出来かも知れないな」
「俺の女装が完璧だったからな!」
「本物の女装を見せてやろうかヘタレ?」
食事をしながら他愛ない会話が出来るくらいにリラックスする。今後、いつこんな温かい食事が囲めるか分からない。だがアイリが居ると深刻になり過ぎずに済む気がした。何故ならこんな事を言い出すからだ。
「きっとあたし達、色々と運が良いのね!」
「……公国に追われてる時点で運悪くない?」
「公国に追われてんのにこんなに美味しいご飯が食べられたのよ?」
確かにシャオの用意してくれた食事は美味しかったが、殊更アイリに刺さったらしい。
「まぁ、な? だけどあたし達ってのは違う。少なくとも俺は自分の運が良いとは思えないよ。お前だって俺と関わってなけりゃこんな目に合ってないんだぞ?」
「……えっ?」
心底不思議そうな顔をしてアイリが言う。
「だって、そもそもエディって本当は公国に処刑される筈だったのに八年も逃げおおせてるって事でしょ? どうやって生き延びて来たのよ」
何で生きてるのか。コーニコに同じ事を聞かれたが、コーニコのそれとは色が違う。
「俺は別に生きたくて頑張ったんじゃないよ」
「やっぱりヘタレか。どう言う事だよ」
ランは事情を知っているのか、黙々と食事を続けているがアイリとシャオに掴まった。話さず済ませる事は出来なさそうだ。
「……俺、アーデム・イースライの息子なんだ」
「は?!」
「……誰?」
アイリはピンと来ていないが大概の人間ならシャオと同じ反応をするだろう。アーデム・イースライとは世界の権力イースライ家のトップ。言わば王様だ。
「イースライの偉い、王様みたいな人がさ、街で見掛けた吸瘴師の女に一目惚れしたわけよ。それが俺の母さん。歳の差は三十三もあったけど……妾として迎えられたんだ」
「下品な話しだな」
シャオはそう決め付けて吐き捨てた。
確かに、金持ちの男が、貧しい若い女に手を出したとなればそう言われても仕方がないだろう。
「はは、まぁ、俺は好きになっちゃったら歳とか関係ないって思うけどさ。王様が俺の事見る目も……ちゃんと温かかったよ」
相槌の代わりにシャオがフンと鼻を鳴らした。どうも信用ならない、と言ったところだ。
「でも屋敷での生活は俺にはちょっと窮屈で……何かする度に、選ばれし者としての自覚が足りないって良く怒られてた」
「はっ! イースライに生まれた、イコール選ばれし者らしい」
「何それウザッ」
エディが何気なく話したエピソードにアイリもシャオも揃って眉を顰める。確かにそうだと気付いたエディは居心地悪そうに苦笑いをするしかなかった。
「それに、妾ってやつがあんま良いもんじゃないみたいでさ。母さんもちょっと居心地悪そうにしてる事はあった。それでも母さんは俺を育てる為にイースライの屋敷に住み続けたんだけど……ある日、俺がルアンジュだって事が発覚したんだ。母さんも王様もめちゃくちゃ喜んだ。そん時は俺自身、正直選ばれし者ってのになった気がしたよ」
「なるほど、確かにたかが貴族より、ルアに愛される事の方が希少だし価値がある」
「そのまま、一番近いからって理由で中央騎士団へ入ったんだ。ここで活躍出来れば、母さんも肩身狭い思いしなくて済むかなって思って俺めちゃくちゃ頑張ったよ。一生懸命鍛えて、ソルヴィさん……団長にも認めてもらって……んで、十五歳の初任務の時に……」
「例の事件か」
そうだと言うのが辛かったのか、エディはコップの水を口に含んでゆっくり飲み込んだ。
「ぷはっ……、そんなワケで、俺には強力なコネがあるワケよ。……俺は正直さ、処刑になっても仕方ない事だって思った。撤収命令無視して、挙句村人を死なせてしまったんだ。だけど、俺と一緒に死ぬって言う母さんの為に逃げる事を選んだ。味方は多くなかったけど、とりあえず中央から逃げ出すくらいの事を協力してくれる人は居た」
「なるほどな、公国は己の面子の為にこの事を隠蔽し、エドワード・エイマーズは表向き無事処刑されたと言われているワケか」
エディは肩を竦めて肯定する。
「追手も来るだろうと思ったから、各地転々とした。地味に地味にね」
「そう……。お母さんの為に生きたのに……それから会えてないの?」
アイリが見た事のない様な暗い表情を見せたのでエディは思わずハハと笑う。
「一度くらい無事な姿を見せに行った方が良いわよ、もう八年も経ってるワケだし、今回の女装も上手くいったでしょ? だからまた……」
「良いんだ、もう母さん死んじゃったから」
「えっ?」
アイリは息を飲んで押し黙った。
「俺もさ、そんな風に思って五年後くらいに一回中央へ行ったんだよ。そしたら、どうやら俺が逃げてから割とすぐに病気で亡くなってたみたいで……バカみたいだろ?」
「そんな事ないわよ」
「……生きなきゃと思う理由がなくなって……寂しくて入ったお店でコーニコちゃんと出会った」
「……」
「だからってワケじゃなかったけど、転々とするのを止めた。もし見つかっても、まぁそれまでかって気持ちもあったからさ」
昨日までは、間違いなくそう思っていた。だが、コーニコと一緒に生きようと、一瞬は本気で考えた。そんな未来も……残酷に散った。




