双頭の魔獣
「俺、双頭の魔獣って初めて見た」
「あたしも」
「俺もだ」
三人が揃いも揃って間抜けな感想を言い合う。初めて見たし聞いた事もないと。
「そりゃこんなのを見た奴は死んじまうから誰も聞いた事ないだろうよ」
どこか現実感のない景色に危機感が追い付かないでいると、双頭の魔獣がゆっくりと膝を立て、楽々廃棄場を乗り越えた。むやみに建物を破壊する趣味はないらしい。
禍々しい瘴気が上がり、フシュフシュと聞いた事のない、空気が漏れるみたいな音がして恐怖心を煽った。
「呆けている場合ではない。始まったぞ!」
この魔獣を倒す為に数日掛けて……いや、ランは一体どれだけかかったか。ようやく始まるのだ。
背嚢を下ろし、早速中から例の機械を準備する。慣れたものだがすぐに発動する事は出来ない。
エディはランが準備に集中出来るよう、魔獣の気を逸らせるために動き出した。
「こんなところで十年も一人とは退屈だっただろう! 俺が遊んでやるよ!」
双頭の魔獣に向かってい走ると、身体に巻き付けていた尻尾をこちらへ振り付ける。それはゴウッと冷たい風を切る音と共に、近くの建物を薙ぎ払いながらエディに迫った。
「……!」
ルアを身体に纏い腕をクロスしてそれをガードするが、ズシンと身体の芯まで衝撃が響いて息が出来なくなる。あまりこの方法はよろしくない。ガードよりも回避しなければいくらルアを纏っても持たないだろう。
しかしせっかく接近したついでだと、エディはランに借りた短剣を尻尾に斬り付ける。それがどれくらい双頭の魔獣に影響を与えたか分からないが、尻尾は少し地面に近付いた。
「うわっ!」
いつの間にか距離を詰めていたアイリがその尻尾を踏み付け、自分でやっておきながら驚いた声を出す。思っていたよりも足場が不安定だったのだろう。
それでも驚異のバランス感覚でアイリは双頭の魔獣の背まで走り、更に上を目指した。どちらかの頭に登ってやろうとする勢いで首元まで走る。
「うわあああぁぁ!!」
そのままほどんどやけくそ気味に駆け上がるが、双頭の魔獣がグッと首を伸ばすと、足をすくわれた様な形になって背中へ落下する。しかしそれが狙いだったのか、アイリは慌てずルアを纏って拳を固めるとそれで背中を殴り付ける様にして炎をお見舞いした。
ズァッ……!
濃い瘴気が上がり、尻尾を斬り付けても背中を走られても意に介した様子のなかった双頭の魔獣が嫌がってあばれた。背中は少し抉れている。
「きゃっ……!」
軽いアイリはいとも簡単に振り落とされ、かなりの高さから地面に叩き付けられる寸前で……。
「いきなり無茶し過ぎなんだよ……!」
エディが先回りしてアイリを受け止めた。
「行くぞ!」
ダメージらしいダメージは与えられていないが時間稼ぎは出来たらしい。
ズドッッッ……!!
あの時の光の線がランの武器から放たれ、それは見事に双頭の一つに命中した。相手が巨大過ぎて身体から引き剥がすには至らなかったが大きな穴を開ける事が出来た。
だいぶ削れた……! そう思った。
フシュシュシュシュ……。
「はぁ?!」
エディが思わず声を上げるものも無理はなかった。双頭の魔獣はまた不気味な音を発しながら自身を波立たせて再生。ここまでは他の魔獣でも良くある当たり前の魔獣の生態である。
「もう?!」
アイリもエディに抱えられながら言う。そう、その再生があまりにも早かったのである。
「何それやばい!」
「このスピードで再生されちゃ削り切る前にこっちが力尽きるぞ……」
エディの背中にイヤな汗が流れた。こいつを封印しておくのは公国の傲慢や怠慢ではなく、とても当たり前の事だったのではないか。触れずにそっとしておく事が一番、いやそれしか出来なかったのではないか。
当然、こちらの絶望など双頭の魔獣には関係のない事だ。
尻尾、前足、首、そしてまた首。絶望感の中、双頭から逃げ回る。アイリを抱き抱えたまま。
「ねぇ、もう平気だから降ろして! まとめてやられちゃうわ!」
「そんな事言ったってなんかもう降ろすタイミングもねぇ……よっ!」
ガードはしない。回避する。
「もう一度行くぞ! 数を撃つから気を付けててくれ!」
ズドッッッ……!!
近くのエディに気を取られている双頭にランの撃った光はしっかりと穴を開けた。しかし、やはりその再生はかなりのスピードだ。
フシュ……。
とうとう双頭は狙いをランに定める。二度も身体に穴を開けられたのだから当然だ。
「撃てエドワード! 俺は死なない!」
「……っ」
双頭は一歩、大きくランへ踏み寄りその頭のうち一つを突き出す。
ランはエディよりも屈強だが、重い武器を担いでいる為俊敏に攻撃をかわすのには向いていない。そしてルアで身体を強化する事も出来ないのでもろにダメージを負う。
「ランちゃん!」
迷っているエディの腕から飛び降り、アイリが炎を放つ。しかし、虚しくもそれが届く前にランは双頭の鼻先に突かれ、後ろへ大きく吹っ飛んだ。あの鉄の塊をしっかり抱き抱えたまま。
「ぐっ……!」
ランは放置されたままの荷車に激しくぶつかって呻き声を上げ、胸を押さえるような仕草で前のめりになってしまった。
「こっちよ!」
それを見たアイリはランから気を逸らそうと立て続けに炎を放ち、エディはルアを纏わせた身体でランに駆け寄った。ルアのお陰で強化された脚力は一蹴りでスピードに乗り、あとは地面に身体を擦り付けるようにスライディングで進む。
ランに近付き、傷を気遣う。大きな出血は見当たらないがどれだけ内臓がやられているか分からない。
「大丈夫か?!」
「やれ!!!」
エディの問いへの答えはこれだった。
「あたしがやってる!!」
やるしかない、とエディも思ったが、ランの絶叫とも言える声にアイリが答えた。
「エディがやりたくないんならあたしがやる! せいぜい援護してよ!」




