ヤンゼンと
「……はい、終わったばい。だけどやっぱりエディ君……」
「よっしゃ! 元気になった! ありがとうコーニコちゃん! これで明日から元気に働けるってもんよ! またね!」
コーニコの言葉を遮ってエディは暑苦しく元気をアピールし、コーニコの返事を待たずにパッと出て行ってしまう。
急につれないではないかとコーニコは「あ」と小さく呟き、エディの背中を見送った後でゆっくりベッドに腰掛けた。
「変ばい、エディ君……」
拭えない違和感に悩むコーニコとは対照的に、エディはご機嫌で帰路につく。コーニコに言った「明日から元気に働ける」と言う言葉は嘘ではないのだ。
ところが、前方に見えた光にエディは身を固くする。
「やっべ……!」
光って見えたのはアイリの金髪だ。このままでは見つかると、エディは咄嗟に側道に植えられた低木の隙間に入り込み息を潜める。この通りは土を押し固めただけの狭い道だが、一応人と荷車が通る道を分ける為に植えられていたのだ。
このままアイリが通り過ぎるのをジッと待つしかないと覚悟を決めたエディだったが、思いがけずアイリは手前の交差点を曲がって見えなくなった。
「ふーっ……」
ホッとしてエディはその場にへたり込む。次の瞬間……。
「何やってんだエディ?」
「ぎゃぁぁーっ!」
後ろからポンと肩を叩かれ悲鳴を上げる。敵かとすぐさま振り返ったが、そこに居たのは顔見知りだ。
「なんだヤンゼンか、脅かすなよ!」
ヤンゼンは妻帯者で、エディと同じ何でも屋だが借金などしていない。
「またアイリから逃げてんのか?」
「ああ、見つかったら根こそぎ持ってかれる。血も涙もない」
エディはまたアイリが曲がった方向に視線を戻して警戒した。さっきの大声で気付かれた可能性があると思ったのだが、どうやら大丈夫そうだ。
「そんな事ない筈なんだけどなぁ?」
「は?」
「いや、アイリに血も涙もないって話しだよ」
言いながらヤンゼンもその場にしゃがみこんでエディに視線を合わせるとこう話し出した。
「今はすっかり返済したがよ、嫁さんが体壊した時に俺も一回借りちまって……」
借りたのはこの街の金貸しだ。あくまでアイリは会社に雇われている取り立て屋である。
「それがどうにも工面出来なくてなぁ、アイリはボスに怒られ怒られ、それでもどうにかごまかすからって、結局二ヶ月も待ってくれたんだ」
「……それ、誰の話し?」
「だからアイリだろ? アイリ・ハイムゼート」
「下の名前まで知らないから絶対とは言えないけど……たぶん俺の知ってるアイリじゃない」
「取り立て屋のアイリっつったらこの街じゃアイツだけだよ。もっと言うとこんな温情を受けたのは俺だけじゃねぇ。自分の稼ぎから立て替えてやったりもしてるらしいぞ」
自分の知っているアイリと、ヤンゼンの知っているアイリがだいぶかけ離れている様だ。エディは自分の知っているアイリについて詳しく話してやる事にした。
「アイリって女はな、その時持ってる金を全部、小銭さえ残さずぜ~んぶむしり取っていく。そして去り際にもの凄い怖い目をして本気で働け! って怒って来るんだ。今日だって見つかったら晩飯も食べられなくなる。恐ろしい……。俺の知ってるアイリはそんな女だよ」
「ふぅん、そりゃ気の毒だ、ほらよ」
エディの深刻そうな横顔に緩く返事をして、ヤンゼンはポケットから何やら小さな果物を取り出しエディに施した。
「ありがとう」
エディは素直に受け取り、上着でサッと拭いてから早速それに齧り付く。
「お前がこの街に来てもう三年か、早いもんだな」
しゃがんでいたヤンゼンがすっかり腰を下ろし何やら語り出してしまった。多少の不自然さを感じつつエディはそれに付き合う。
「ははっ! こんなとこでする話し? でも三年かぁ。そんなに経っちゃった?」
「ああ、今じゃすっかりこの街の住人だな」
「皆して俺をこき使うもんなー。ルイーズんとこの末っ子とか俺がいつ誘っても遊んでくれると思ってやがる」
「何だかんだ遊んでやってるじゃねぇか」
「最近はそうでもないよ」
「そうだな」
アイリがこの街に来て一年。呑気に遊んでたら何を言われるか分からない日々だ。
「ずいぶん賑やかになったもんだよ。どこにも行く当てのない訳ありな連中しか来ない様な中途半端な街なのによ。いつも太陽みてぇな笑顔で挨拶してくれて……」
「そうか! あの顔で油断させてって作戦か! 悪魔め!」
嬉しそうに目を細めるヤンゼンと、恐ろしさに身を縮めるエディ。
「本人は十八だって言ってるが……ありゃせいぜい十四~五だろ。もっとガキかも知れない」
「ああ! ああそうとも! 悪魔は平気で嘘を吐くし見た目で油断させるのも常套手段だからな!」
これは本当に同じ人間の話しなのだろうか。
「そういやお前、アイリ以外の人間にも金借りてんのか?」
「いいや? もはや俺みたいなのに金貸してくれるのなんてアイリんとこくらいだよ」
けろりとそう答えたエディにヤンゼンは溜息を吐く。
「分かってんならちゃんと返してやれよ……まぁそれは良いんだが、ちょっと前にお前の事聞かれたんだよ」
「え、彼女は居ないけど気になってる子は居ます」
「随分デカい男だった」
「男かよ」
「顔にも瘴気痣が出ていてな、ありゃかなり濃い瘴気を浴びてそのままにしておかないと出ないだろう」
「……ふぅん」
「心当たりは?」
「ないよ。それで? 教えた?」
「ふん、よそ者に教えてやる事なんか何も」
そう吐き捨てたヤンゼンを見て、エディはこの街へ来たばかりの頃を思い出して苦笑いした。
きっかけは魔獣に襲われた子供を助けてやった事だった。
人の身体に出る痣と同様ルアの落とし物で、飛散した瘴気が集まり獣に変ると考えられる、避けられない災害だ。ごく小さな規模だったが、子供には脅威である。
そよ者に排他的なこの街は都合が良かったが、本来エディは人間が好きな男だ。いつの間にか居場所が出来ていた。




