汚いバンダナ
「アイリ、居る?」
「居るわよ」
時々こうやって確認をしないと不安になるくらいには外の様子が全く分からない。かと言ってずっとアイリとお喋りをしていたらアイリが独り言を言っている怪しい奴になってしまう。エディはひたすら心を無にして耐えた。
「アイリ、居る?」
「居な~い」
「どれくらい経った?」
「もう一時間以上は経ったかも。もしかしてヘマしたかしら」
それは十分考えられる事だ。街中にも騎士は配置されているだろうし、それが見た目でそうと分かる格好だとは限らない。
「バンダナ巻いてんのか?」
ふと、イヤな予感がしてエディはアイリに訊ねた。
「巻いてないよ? 臭そうだもん」
「いや巻いとけよ!!!」
当然巻いてると思いつつ聞いたのだが、まさかの返答にエディはトラッシュカンの中から喚いた。そう言えば汚いとか言っていた。
「えー、イヤだよ、何の為にぃ?」
「知らんけどランが見えるとこに巻いとけって言ったんだろ?! 何か意味があるんだよ!」
「ふぅ、分かったわよ……。あーんもー、片手じゃやりにくい。無理」
「やってやるから一瞬出せ」
「そこまでする?」
「するよ!!」
仕方ないなぁと声がして、一時間以上振りにエディは生ゴミだらけのトラッシュカンから解放された。
「くさっ!」
「お前な……」
何か言ってやろうと、いやむしろ殴ってやろうとしたらアイリが持っていたバンダナがひらりと通りに滑り落ちた。
「あ……」
と、二人で間抜けな声を出してバンダナの行方を追い掛けると、ちょうどそこを歩いて来た華奢な青年の足元で止まった。
「わぁ……」
また二人で声が出てしまう。今度はさっきとは全く違う意味だ。
その青年の顔が、あまりに良かったからである。
歳はエディと同じくらいだろうか。身長もエディと同じくらいだが、かなり細身で色白。切れ長の青い瞳に美しい鼻筋。右耳あたりに痣が出ていたが、それさえ良いアクセントの様で、その耳に掛けた長めの髪はかなり金寄りの薄茶だった。
一瞬女性にも見えた彼は足元のそれを優雅な手付きで拾い上げると、ぬるりとこちらに視線を寄越した。
トラッシュカンから身を乗り出した状態で目が合ってしまい、エディは思わずヘラリと口元を歪める。
すると、その青年の目がみるみる見開き、眼球だけでエディとアイリを交互に、高速で見始めた。
異様だ……。その美貌が逆に異様さに拍車を掛けている。
恐くなってエディがソッとトラッシュカンに戻ろうと動くと、アイリも一歩下がろうとしたのかピクリと動いた。
「見つけたぞこのアマ!!!!」
瞬間、その青年は凄まじい形相でアイリに掴みかかる。走り寄る時にカカカッ! と石畳に木製の何かが当たる音がした。どうやら義足の様だが、そうは思えない様なスピードである。
「ぎゃっ……?!」
アイリの引く手はガッチリ掴まれ、エディは慌てて飛び出すと青年の後ろを取った。
脇に両腕を滑り込ませてグイと引き付けると、アイリを掴んでいた手を離し、逃れようとジタバタ喘ぐ。ランの程大きくはないが青年も背嚢を背負っていて、それを潰す様に抑え込んでいるが非常にやりにくい。彼がもう少し筋肉質だったら出来なかっただろう。
「くっ……臭ぇなこの野郎! 離せ!!」
「あーあー悪かったなぁ! 逃げろアイリ!」
「まっ……待って、こいつ……!」
「えっ?!」
アイリの視線の先を確認すると、そこには見覚えのあるバンダナがもう一枚。先程アイリが落とし、青年が拾った物と、青年の腕に巻かれた物だ。と言うか、もともと一枚のバンダナを裂いて二枚にした物の様だ。
「汚いバンダナお揃いなんですけど?!」
「汚いだとぉぉぉぉぉーっ!!!」
羽交い絞めしていた身体がカッと熱を帯びた様な気がするほど、青年は激昂した。
「ランドルフさんのバンダナが汚いワケあるかぁぁぁ!!!!」
ランドルフ……。長くて忘れたがランの名前だった筈だ。やはりランの代わりに、バンダナを頼りにエディ達を探し回ってくれていたのだろう。
「謝れアイリ!」
「ごめん!!!」
「……はぁっ……はぁっ……ぐ……ぐぐぅ……」
懸命に怒りを鎮める様、青年は深い息を繰り返し、声を殺した。
アイリに目で訴える。こいつは面倒な奴だがおそらく味方だ、刺激しない様にしよう、と。
コクン……と、おそらくアイリが頷いたのを確認し、ゆっくり腕を離す。
「……んっ」
腕が自由になると、拾ったバンダナをアイリに突き出した。律儀にちゃんと返そうとしたのだろう。
「あ、要らない」
「このクソアマ!!!!!」
「わーーっ!! もぉー!! だからぁ!!!」
「ごめん!!!」
もうアイリの平謝りに騙されるものかと青年は敵意を剝き出しにする。
「俺からもごめん! なぁ! あんたランの使いで俺達を探しに来てくれたんだろ?! 大声で騒ぐのはマズい! 後でしめて良いから今は! どうか今は……!」
「チッ……!! 後で必ずしめる。離せクソが」
信用して良いか迷ったがエディはまた青年を解放した。すると背中の背嚢を下ろし、中からフード付きのマントを二枚取り出す。
「さっさと着ろノロマ」
エディは目深にフードを被り、逆に怪しまれる可能性もあるのでアイリはあえて顔を出したままマントを羽織った。
「来いバカ面」
短く言って青年が歩き出す。
それにしても、やはりあのバンダナは意味のあるものだったのだ。おそらくエディは必要以上に生ゴミの中で過ごしたのだろう。




