なりきり潜入
ライトが次第にエディに集まり、配備された騎士が持っている手持ちのライトも届く距離までやって来た。この隙にアイリとランはもう少し近くの岩場に移動する事になっている。すべてのライトを引き付けられているわけではないがかなり動きやすくなった筈だ。
「そこで止まれ!」
案の定、大橋の入り口よりもだいぶ手前で止められる。エディは大人しくそれに従った。
小走りで近付いて来た二人の騎士に持っていたライトで顔を照らされ、眩しさと不躾さに眉を顰める。
「何者だ?」
「ただの娘です」
「娘ぇぇ~?」
早速疑われた。
「ひっ……酷い……。やっぱり私、女の子らしくないんだ……」
かなり大胆に女の子になり切ってみる。自分自身を騙すくらいの気持ちがなければ形だけの女装など意味はない。
するともう一人の騎士が疑った方の騎士を肘で突いた。
「あ、ああ悪い悪い。背が高くてスタイルが良いなと思ったんだよ」
「え、本当? えへへっ、うれしか」
口元に手を当てて小首を傾げる。エディが好きな、可愛い女の子の仕草である。
騎士たちの表情が柔らかくなり、警戒心が緩んだのが分かった。
「その傷は?」
案外ちょろいかもと思った次の瞬間、魔獣にやられたこめかみの傷を指摘されドキリとする。もうすっかり血は止まっていたので失念していたが、ただの娘に出来る傷にしては心配になるだろう。
「あ……え……っと……彼氏に殴られまして……」
「……こんなになるまで? ひどい彼氏だな」
「別れた方が良い」
銀のウィッグでそこを隠しながら俯いて誤魔化す。
「あ、あはは……お酒飲まなければ良い人だから……」
「そんなのは良い人と言わない」
「そうだぞ、まだ若いんだからもっと良い人探しなさい」
「そっ、そうですよね~」
「どこから来たんだ?」
「あ、はい! ルハシ村からです~」
ようやく想定のルートへ戻ったとホッとして用意していた答えを披露する。
「何しにここへ?」
これも想定通りの質問だ。
「お母さん病気で……全然良くならなくて……良いお医者さんに診てもらえば良くなるかもって思って~」
これで納得して通してもらえる筈。
「あ~、なるほどな」
ランが言っていた通りだ。名の知れた医者が居るのだろう。
「その彼氏は何もしてくれないのか?」
このままいけると思ったのに彼氏の話しに戻った。
「いやぁ~、そうですね~、まぁ私のお母さんの事ですから」
「本当に愛していたらその人の家族も愛してこそだと思うが?」
「そうだ、何年付き合ってるんだ? どうせ三ヶ月とかそこらじゃないのか?」
そんな設定は用意していない。一体自分はどんな男と何年付き合って、どうして殴られても好きなのだろうか。何か言わなければ怪しまれてしまうと思ったエディは過去、一番カッコ良いと思った男を思い浮かべてみた。ソルヴィ団長。
「いや、時間は問題じゃないんじゃないですかね……カッコ良いんですよ、言ってる事とか、やってる事とか。あ、顔もカッコ良いと思います。もうだいぶオジさんですけど」
「目を覚ませ! 女に怪我を負わせるのはカッコ良い男のする事ではない!」
「そうだ! オジさんだけどカッコ良い? 顔なんかもっとオジさんになったら痣だらけの皺だらけになるんだぞ! 誰だってな」
「でっ、でもでも! いつも助けてもらってたなって思うし、本質は優しい人だと……」
「君! 全然分かってないって!」
「オジさんって事はかなり年上なのかな? あぁもう、本当に心配になって来たよ」
怪しまれない様に何か言おうとしてどんどんややこしい事になって行ってしまう。あまりに時間が掛り過ぎた事に疑問を持たれたのか、大橋前の騎士たちが何事だと集まって来た。
「何だどうした」
「どうしたもこうしたもない。なぁお前確か彼女いたな?」
「女の子じゃないか、気を付けるのは男だろ?」
「これだけ開けてるんだ、来れば分かる」
「おい、こんなに持ち場を離れるな」
「一人いれば良いじゃないですか! それより聞いて下さいよ班長!」
班長と呼ばれる男まで近くににやって来た。他の騎士よりも少し年長。制服の袖口に紫のライン。
ルアンジュの印だ。エディの制服にも付いていた。
しかしマズい事になった。男だとバレてはいない様だがどうも、可哀相な女だと思われてルアンジュまで出て来てしまった。エディにその自覚はないが、ルアンジュはルアを扱える以外に、第六感に優れていると言われている。エディの女装になど簡単に気付かれてしまうかも知れない。
「そうか、苦労しているんだな……」
大丈夫だった。信じられない事に。
エディがその場で作り上げた身の上話を聞いてあれこれと聞いてもいないアドバイスを寄越す。
どうやら末端の一騎士にしてみれば、この仕事にあまり重要性を感じていなさそうだ。考えてもみれば事件は八年も前。中央で起こった出来事だ。この辺の騎士団にはもう薄くなった記憶であろう。
エディ自身、そんな街を選んで転々として来たのだ。
「良し、良いだろう」
最終的に、彼氏と別れると約束をさせられ、ようやく騎士たちはエディを通してやると決めた。随分と時間を喰ってしまった。アイリとランも心配している事だろう。
まだ何やかんやと言われながら、大橋の手前までみんなに送ってもらう。
「あれ? 一人待機してただろ? どこ行った?」
「あ、いつの間にか十九時過ぎてますよ。たぶん休憩行ったっす」
「……ったく、交代来てから行けよ。あいつ後で俺のとこに来る様行っておけ」
「ウス」
交代も来る前に持ち場を離れるなんて、地方の騎士団だとこんなものなのだろうか。中央出身のエディには信じられない緩さだ。




