掛け声
「なぁ! お前実践は経験あんのか?」
「ある訳ないでしょ。一般人よ? でも借金を返さない極悪人たちの相手をして来たからね」
確かにエディを追い回すアイリのそれは一般人と言うには躊躇する身の熟しであった。それにルアは自在に使えている様だ。小型の魔獣くらいならどうと言う事はないだろう。
「やるな」
「ここに来るまでに四体倒したのはランちゃんだけどね」
「ま……マジか。お前あのゴツいのの事ランちゃんって呼んでんの? 急に親しくない?」
「……そこ?」
正直色々と驚く事はある。ランは下手なルアンジュよりも優秀かも知れない。
「まぁ、一番はそこかな。嫌がらなかった?」
「どうでも良いんじゃない?」
「じゃー俺ゴリ男って呼んでみようかな」
「それはさすがに嫌がりそう……って、あんた、何で泣いてんの?」
「泣いてないよ」
やはり生きていたい。生きていて良いんじゃないか。
「……ふぅん」
ランやアイリ以外にも、この街の住人を守る為に奔走した大人達が居たのだろう。中心部は荒れ、そこここから火も出ていたが避難は出来ている様だ。
「ランの言った通りだ」
「寄って行ってるわね」
太い瘴気が立ち上っている場所を目掛けて走るが、そこに向かって残りの小型魔獣が駆けて行く。一本ずれた通りから、こちらと並走する様に細い瘴気が揺らいでいるのだ。
「合体させる事ないわよね」
言うが早いか、アイリはそちらを目指し曲がり角を曲がった。
魔獣は人を感知して襲い、それがなくなると魔獣同士で重なり合う。質量を増したそれはより狂暴になったり、知性が感じられたり、様々な顔を見せる。
「まぁそうだな」
エディも続き、魔獣の後ろを追い掛けるように同じ通りに出た二人は追い付こうと懸命に走る。
「ちょっと……! もうこっち見向きもしないじゃないの!」
「ぜぇぜぇ……お前があんまり美味しそうに見えないんじゃないかぁ?」
「魔獣は人を殺すだけ!」
食べて栄養にするならまだ可愛げがあると言うものだ。
「今はそっちより他魔獣との合流の方が大事みたいだな、だけどさすがに……」
走りながらエディは軽食屋の突出し看板を強引に折り、左手にルアを纏わせるとそれを前方の魔獣目掛けて放り投げた。
大きな弧を描いてそれは魔獣を通り越し、バンッ! と土埃を立て魔獣の行く手に落ちる。
「なるほどさすがに……」
魔獣は後方の二人に気付き、顔らしきそれをこちらに向けた。
「後は頼めるか!」
「……」
アイリはきっと勇ましく返事をしてくれるだろうと思ったのだが、期待したそれは聞こえてこなかった。しかし、右腕を突き出し、腕には碧い炎を纏わせている。十分なエネルギー量に見えた。
これなら……と、エディは思ったのだが……。
「ほいっ!」
いまいち緊張感のない掛け声で放出されたルアの炎は、魔獣の横を大きくズレて通り過ぎ、その先の時計塔を破壊した。
「下手!!!」
「しょうがないでしょう! 一般人なんだから!!」
「来るぞ! 数撃て!!」
「わああぁっ! ほいっ! ほいほいほいーーーっ!!」
わざとかと思うくらい、アイリの攻撃はすべて魔獣にかすりもしなかった。
「掛け声変えてみよう?!」
「えいっ! やぁっ!」
それが功を奏したかは分からないがようやく魔獣に攻撃が当たり、そこが欠けた。欠けた部分を修復する様に魔獣は全身をウネウネ波打たせ、穴を埋める。穴は埋まるが、全身が小さく萎む。
「良いぞ!」
「とうっ!」
また命中した。
魔獣の修復を待ってやる事はないと、エディは距離を詰めてランから渡された短剣でウネウネしているだけの魔獣を切り裂いた。
ルアンジュの戦い方としては距離感がおかしいが、アイリも同じ様に距離を詰め、至近距離から攻撃を撃ちまくる。
「凄いっ! 掛け声変えたらめっちゃ当たる様になった!」
「偉い!」
そりゃこんなに近付けばいくら下手でも当たるだろうと思ったがエディは簡潔に褒めてやった。
「やぁぁっ……!!」
無事に霧散。
だが……一体霧散させたからと言って喜んではいられない光景が飛び込む。
「ねぇ……」
「ああ」
目指していた大型の瘴気がさっきまでより明らかに太くなっているのである。何体かは……あるいは残りの小型魔獣すべてが合体した様だ。
自称一般人のアイリにどこまでやれるか……。
「ねぇ、あたしルアンジュなんだから気にせず撃ってよ」
エディの心配が聞こえたのか、アイリはそう言った。
「言ってなかったけど……俺がルアの炎を使えないのはそこに魔獣以上の瘴気が含まれてるからだ……。どっちにしろ街中じゃ使えない」
「でもみんな避難したじゃない」
「どう残ってどう影響するか分かんないから使いたくないんだよ」
「じゃーどう戦うの? マジで荷物持ち?」
「さっき役に立ったろ? ルアを纏えば身体を強化出来る。炎の放出は出来ないけどその場にあるものでどうにか臨機応変に……」
「ランちゃんこっち来てくれないかなぁ……」
「たっ……確かにあいつのが戦力になりそうだけど俺だってノーコンルアンジュよりワンチャン使えるぞ!」
「はんっ! もうコツを覚えたわ。放出する時はこうグッとやって掛け声は腹から……」
ゴオォオォォオ……。
また瘴気が太くなった。
「……期待してるぞ」
「……」
自信を付けた様子だったので今度こそ勇ましい返事を聞けるかと思ったが、またアイリは返事をしなかった。
あれ? と思って覗き見たアイリの横顔に恐怖が滲んでいた。
そうだ、アイリはルアンジュだと言ったって実戦経験もない少女なのだ。怖い気持ちを軽口で抑えていたんだ。随分アイリに甘えた事を言ってしまった事に気付き、エディは自分に溜息を吐いた。




