死守の一閃
ゆっくり立ち上がり、魔獣から視線を逸らさないままそっとコーニコに言う。魔獣に聞かれたところでそれを理解するかは分からないが……。
「ごめん、カラを連れてこの場を離れて」
二人を守りながら逃げるのは不可能だ。安全な場所がどこかは分からないがとにかく今をどうにかしなければならない。エディは魔獣が飛び出した時に一緒に吹っ飛んで来た手頃な木材を握った。
「エディ君は……」
怯えた声を出すコーニコに、エディは一瞬だけ笑顔を見せてやる。
「足止めっ」
「でもっ……!」
「行って!!」
表情を引き締め、その険しい顔を見られない様にすぐに走り出す。コーニコもすぐに走り出したのが背中で分かった。
「うらああぁぁーっ!」
武器と呼ぶにはあまりに心許ない木材を振り上げ魔獣に振り下ろす。それは魔獣の肩口を掠め、そこから瘴気が散った。しかし魔獣は意にも介さずと言った感じで距離を詰めたエディにその前足を繰り出す。
咄嗟にその木材でガードするが、前足らしきそれはグニャリと形を変え、木材で止めたポイントからはみ出した部分がこちらに迫る。
ギリギリ身体に触れなかったそれは、砂鉄が磁石に吸い付く様にまた腕の形状へと戻って行った。
まだろくなダメージは与えていないがひとまずこいつのターゲットは完全にエディに移った。少しだけホッとして、もうちょっとマシな武器はないかと辺りを見回す。
「うっ……わっ……とっ……!」
当然、魔獣はそんなものを待っていてくれる筈もない。ちょこまかと動き回るエディを巨大な一歩であっという間に追い詰める。
「チッ……!」
とうとう下から救い上げるような変則的な攻撃をかわし切れず、こめかみ辺りを深く抉られる。
顎が上がり、血に染まる視界の中で見つけたマシな武器。
道具屋の看板。
仕事で掃除をした事がある。鉄製の巨大な看板だ。正直、小さな木造の道具屋には似付かわしくない程立派で重量感があるのを知っていた。
エディは持っていた木材を放り投げ、道具屋の二階を目指してジャンプする。
イメージでは軒先の屋根の縁に掴まり、そこから一気に腕の力で登り切る予定だったのだが……。
「くっ……うぎぎ……!」
思っていたより身体が重い。ジタバタと足をばたつかせていると、当然魔獣が飛び掛かって来る。やむなく一度手を放し着地し、道具屋の軒先へ突進した魔獣の背中を目指して飛んだ。
「おっ……とぉ!」
魔獣の背中はまるで柔らかなパンの様で、一瞬下まですり抜けるかと思われたがある程度まで沈むと底の様なものを感じた。そこでエディはグッと膝を畳むと一気に飛び上がり、そのまま道具屋の屋根へ飛び乗った。
「ありがとよ!」
エディはお目当ての鉄製看板に飛び付くとその両手に力を込めた。
――放出させなければ……! ――
エディのその両手が碧い炎を纏う。可視化されたルア。ルアンジュの力だ。
そのままグイと引き寄せると、しっかり屋根に溶接されていた筈の鉄製看板が簡単にエディの手の内に収まった。
小さく良しと呟くとルアを引っ込ませる。するとその重量がズシリとエディの両腕に圧し掛かった。縦に五十センチ、横に百五十センチと言ったところか。
背中を踏み台にされた魔獣は一度地面に落ちたが、屋根上のエディ目掛けて今度はさっきよりも大きく高く飛び上がった。
そこを狙い撃つように、エディは鉄製看板を後ろへ引きスイングの構えに入る。
そしてまんまと目の前に現れた魔獣にフルスイング。
「おりゃあぁぁーっっ!!!」
それは見事に魔獣を捉え、看板と魔獣がぶつかった所から見る間に瘴気が飛散した。それでもまた一つに戻ろうとする動きが見えたのでエディは一度振り切ったそれをもう一度振り上げ、身体ごと魔獣に叩き付ける。
もろとも屋根から落ち、魔獣、鉄製看板、エディの順番で地面にぶち当たった。
バァァァン……!!
「うっ……!」
派手な音がして、その後で魔獣は完全に霧散した。
「いっ……痛てぇぇ~……!」
エディは全身に痛みを覚えその場に蹲る。
「エディ君!」
「コーニコちゃん!?」
「大丈夫?!」
動けずにいたエディにコーニコが駆け寄る。
「な……」
何故ここに、そう聞こうとしたがそんな暇はなかった。
もともと魔獣が中で暴れていたのだろう。火も手伝い、道具屋の一階が大きな音を立て崩れ落ちて来たのだ。
店先側へ倒れて来る柱に沿って当然二階部分がこちらへ滑る様に迫る。身体はまだ動かないが近くにコーニコが居る。
「離れてコーニコちゃん!」
コーニコも状況に気付いたが、動けないでいるエディの腕を引っ張って一緒に逃げようとした。しかし、あまりにも非力だ。エディには引っ張られている感覚すらない程に。
「エディ君……早よう……!」
ダメだ。間に合わない。
エディは逆にコーニコを引き寄せ、強引に自分の身体の下に押し込めた。両肘で地面と身体の間に隙間を作り、コーニコの頭を抱え込む様にして衝撃に備える。
バキバキッ……!
何か大事な柱が折れた様な大きな音がして、轟音と共に舞い上がる砂埃。一気に視界が暗くなったかと思うと、背中に衝撃を受け声が漏れる。




