魔獣来襲
「な……何?」
腕の中でコーニコが怯えた声を出したが、それの正体に気付いたエディは冷や汗を流しながら「大丈夫だよ」と声を掛けた。
――魔獣だ。
おそらく街の中心部で発生した。そこから目視出来る量の瘴気が舞っているのだが、つまり尋常じゃない規模だ。
最悪のタイミングで最悪の災害が起こってしまった。
だが、幸い今この街にはランが居る。巨大魔獣討伐に一緒に参加すると言っていたし、戦闘に自信があるのだろう。それに戦闘経験はないかも知れないがアイリがルアンジュなのだ。
「安全な所に逃げよう!」
エディはコーニコの安全を最優先とした。
「なっ……何……?」
まだ状況が掴めていないコーニコを立たせ、なるべく中心部から距離を取ろうと膝を立てたエディだったが、今度は別の場所から同様の破裂音がした。
先程より小規模、爆風もここまで届いていない。だが……。
「……なんだよ……この数……」
そこかしこで、その破裂音が聞こえて来るのだ。
「何が……起きてると?」
コーニコが怯えた瞳できょろきょろと周りの様子を確かめながらエディに訊ねるが、エディにも分からない。
「大丈夫、心配要らない」
根拠もない言葉で自分自身とコーニコを安心させるが、途端に街中から人々の悲鳴が聞こえて来る。一体どこが安全なのか分からない。
とにかくコーニコだけはと握った手に力を込めると、とうとうこの騒音の原因が目の前に現れた。
「きゃああああっ!」
近くで発生していた魔獣がまだ一歩も動けずにいた二人目掛けて走って来たのだ。まだ距離はある。
悲鳴を上げたコーニコを背中に庇い、エディは魔獣の方を見据えた。
魔の獣と呼ばれるそれは四本足で立っている様に見えるが、狼の様だったり馬の様だったり、ユラユラと実体を変化させる。
「エディ君!!」
分かっている。もう一体、別の方角からも迫って来る魔獣がいる。どちらも大型犬より二回りは大きいが魔獣にしては小型だ。
「ごめんコーニコちゃん!」
一旦は背中に庇ったコーニコの方を向き直り、エディは強引にコーニコを持ち上げた。
「ひゃっ?!」
所謂お姫様抱っこでひょいと担がれたコーニコが小さく叫んでエディの腕の中に収まる。こんなに軽々と持ち上げられるとは思わなかったのだろう。そのまま勢いよく走り出したエディの首にしがみ付く。
この場は逃げると言う選択をしたのだ。
このまま魔獣を避け、コーニコを安全な場所まで連れて行く。この街を出る必要があるのならそこまで走り続ける覚悟だった。とにかく中心部だけは避け、郊外を目指す。
当然すでに獲物として認識したであろう二体の魔獣にはすぐに追い付かれる筈だ。身を隠す場所のない公園を抜け住宅街へ入り、魔獣の目を眩ます。魔獣がどの様に人間を認知しているか分かっていないが、視覚にしろ聴覚にろ、嗅覚にしたって何もない原っぱより障害になってくれるだろう。
「何が起きてるんだ?!」
「火が出てるぞ!」
「とにかく中心部からは離れろ!」
「うわあああぁぁっ!!」
住宅街を無規則に駆け回ると追い掛けて来ていた魔獣は撒けた様だが、住宅街でもすでに別の魔獣が暴れ回っていた。逃げるにしても、多少の戦闘は不可避だ。
コーニコを守りながら、武器もない状態で、どこまでやれるだろうか。
「エディ!」
ふいに上から声がして見上げると、道具屋の二階の窓から小さな女の子がこちらを見下ろしている。
「カラちゃん!」
そう言ったのは腕の中に居たコーニコだ。
「わぁーんっ! コーニコちゃーん……っ!」
エディと一緒に居るのも知り合いだと分かったカラと呼ばれた女の子は益々声を上げた。
「何してんだカラ! 父ちゃんどうした!」
「分かんな……ゲホゲホッ……!」
カラの背後には大量の煙が迫っている。火が回って逃げられなくなっている様だ。
「エディ君!」
コーニコが自らエディの腕の中から離れて目で訴える。すぐに意図を理解したエディがさっきまでコーニコを抱えていた両腕をカラに向かって広げた。
「来いカラ!」
「怖いよ……!」
「大丈夫だ! 絶対に受け止めるから!」
道具屋の中がどうなっているか分からないがこの煙りの量だ。これ以外方法はないだろうとカラの勇気を促す。
「カラちゃん頑張って! エディ君ば信じて!」
こんな状況だと言うのに、コーニコが信じろと言ってくれる事が嬉しい。
意を決したカラがぐいと手すりに片足を掛け身を乗り出し、そのまま空を飛ぶ。良し来たとエディは的確に真下に位置取りし、しっかりとカラを抱き止めた。
「偉いぞカラ、良く頑張った」
「エディーっ……!!」
恐怖から解放されたカラがエディにしがみ付く。無事を確認したコーニコも一瞬だけ笑顔になる。……が、それは本当に一瞬だった。
「!!」
道具屋の店先、カウンターの奥から魔獣が飛び出して来たのだ。
咄嗟にカラを肩に担いで、もう片方の腕でコーニコを掻き抱きズサと地面に伏せる。多少……いやかなり強引になってしまったがこうしなければコーニコは魔獣の、牙の様な何かに身を裂かれただろう。
その身をすかされた魔獣は実体のない身体をブワと一度大きく膨らませて、こちらに向き直る。まるで怒りを感じている様だ。




