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第六話 漂流船

 クルーガ暗礁宙域は、船の墓場と呼ばれていた。


 大小無数の岩塊と、古い戦争で破壊された宇宙船の残骸が、複雑な軌道を描いて漂っている。


 星図に記された安全航路は、十年以上前のものだ。


 現在も同じ場所に道が残っている保証はない。


「星図は昨日の宇宙だ」


 操縦席へ座ったライトが言った。


「今の宇宙は、窓の外にある」


 十七号は操縦室の入口から、正面窓を見つめていた。


 暗闇の中を、灰色の岩が流れていく。


 遠くにあるものはゆっくりと。


 近くを通るものは、目で追えないほどの速さで。


「入っていいとは言ってないぞ」


 ライトが前を向いたまま言う。


「扉の外にいる」


「屁理屈を覚えるのが早いな」


「ここなら邪魔にならない」


「危なくなったら、すぐ居住区へ戻れよ」


 十七号は答えなかった。


「返事」


「分かった」


 船が大きく傾いた。


 正面から迫った岩塊を避け、船体が狭い隙間へ滑り込む。


 十七号の足元が浮いた。


 壁へ手をつくより先に、逆向きの力が身体へかかる。


 船は次の岩を避け、今度は垂直に上昇した。


「揺らさないでください!」


 通信機から、ベンゾーの声が響く。


『積み荷が全部ひっくり返ります!』


「ちゃんと固定した?」


『しました! 固定してても嫌なもんは嫌なんです!』


「暗礁宙域で揺らすなって言われてもなあ」


『せめて先に曲がると言うてください!』


「右へ曲がるよ」


『曲がってから言わんといてください!』


 ライトは楽しそうに笑っている。


 十七号には、どうして笑えるのか分からなかった。


 窓の外を流れる残骸の一つひとつが、船を壊すには十分な大きさだ。


 それでもライトの手に迷いはない。


 操縦桿を見ることもなく、指先をわずかに動かすだけで船を進ませている。


「怖くないのか」


 十七号は尋ねた。


「怖いよ」


「笑ってる」


「怖いから笑ってるんだ」


 ライトは計器へ目を走らせる。


「怖くない奴に操縦席を任せちゃいけない。怖さを知らない奴は、船が壊れる一歩手前まで気づかないからな」


 十七号は、その言葉を覚えた。


 前方を小さな金属片が横切る。


 次に大きな岩。


 その裏から、折れた船の艦首が現れる。


 ライトは一度だけ操縦桿を強く倒した。


 船体が横向きになり、岩と艦首の間を抜ける。


 十七号は窓の外を見たまま、頭の中に暗礁宙域を組み上げていた。


 通過した岩塊。


 残骸。


 それぞれの速度と進行方向。


 少しずつ、宇宙の形が見えてくる。


「目標を確認」


 ライトの声から笑みが消えた。


 暗礁の向こうに、一隻の宇宙船が浮かんでいる。


 中型の輸送船だった。


 船首が大きく裂け、片側の推進器を失っている。


 照明は消えていた。


 窓にも光はない。


「応答は?」


 クライが操縦室へ入ってくる。


「なし。救難信号も止まってる」


「生命反応」


「外からは拾えない。船体に遮られてる」


 クライは漂流船を見つめた。


「接舷する」


「船長」


 ベンゾーが後ろから現れる。


「依頼は航海記録の回収です。船内の積み荷へ手ぇ出すんは、別料金ですからね」


「まだ何も言ってない」


「言う前に釘を刺してるんです」


「生存者がいたら助ける」


「それは当然です。せやけど、勝手に面倒事を増やさんといてください」


 クライは返事をせず、十七号を見る。


「お前は船に残れ」


「俺も行ける」


「行けない」


「船の構造を見れば――」


「初めて入る漂流船だ。何があるか分からない」


「だから役に立つ」


 クライは十七号の額を指で押し、操縦室の外へ追い出した。


「お前の役目は留守番だ」


「雑用じゃない」


「今日は留守番も雑用だ」


 扉が閉まった。


     ◇


 クライ、ライガ、ベンゾーの三人が漂流船へ移る。


 ライトは操縦室へ残った。


 十七号は、その隣の席へ座らされている。


「何かあったら、これを押す」


 ライトが通信装置を指した。


「船長たちの声が聞こえる。こっちから話す時は、下の印を押しながらだ」


「分かった」


「勝手に船を動かすなよ」


「動かし方を知らない」


「見ただけで覚えてそうだから言ってる」


 通信機から雑音が流れた。


『接舷完了』


 ライガの声だ。


『船内へ入る』


 十七号は画面を見る。


 三人が身につけた小型映像機から、船内の様子が送られてくる。


 暗い通路。


 壁に残った焦げ跡。


 床には工具や荷物が散乱している。


『無重力だな』


 クライが壁を蹴り、奥へ進む。


『人工重力は停止。生命維持装置もほとんど死んどります』


 ベンゾーの声が続く。


『酸素は?』


『区画ごとに残ってる場所があります。ただ、長くは持ちませんな』


 三人は閉じた隔壁へたどり着いた。


 ライガが操作盤を確認する。


『電源が落ちてる。手動で開ける』


 十七号は映像を見ながら、船の構造を頭に入れていた。


 通路の幅。


 曲がった回数。


 床に記された区画番号。


 輸送船なら、船橋は前方上部。


 航海記録は船橋か、中央情報室にある。


 だが、三人が進んでいる方向は船尾だった。


「逆だ」


 十七号が呟く。


「何が?」


 ライトが振り向く。


「航海記録がある場所と逆へ進んでる」


「この船は船首が潰れてる。正面からは行けないんだよ」


「でも、道がある」


「見取り図は出てないぞ」


「壁に配管が三本あった」


「配管?」


「一本は冷却。一本は空気。もう一本は通信線」


 十七号は画面へ近づいた。


「通信線は中央情報室へつながる。さっきの通路で右の壁を開ければ、点検路があるはずだ」


 ライトは少し考え、通信機を取った。


「船長、十七号が道を見つけたかもしれない」


『十七号が?』


「さっき通った区画へ戻って、右の壁を調べてくれ」


 通信機の向こうで、ライガが何かを動かす音がした。


『点検扉がある』


『図面には載っとらん場所ですな』


「十七号は、そこから中央情報室へ行けると言ってる」


 短い沈黙。


『本当か、十七号』


 クライの声がした。


 十七号は通信装置の印を押す。


「絶対ではない」


『珍しく慎重だな』


「船によって違う。でも、配管の位置が正しければ行ける」


『よし。進む』


 三人が点検路へ入る。


 大人一人が、かろうじて通れる広さだった。


 十七号は映像を見ながら指示する。


「次の分かれ道を上」


『右と左しかありませんで』


「船が傾いてる。今の左が、元の上だ」


 ベンゾーが息を吐く。


『先に言うてください』


「今言った」


『ほんま、クライはんが二人になったみたいですな』


 やがて三人は、広い区画へ出た。


 壁一面に情報端末が並んでいる。


『中央情報室だ』


 クライの声がした。


 ライトが十七号の頭を乱暴に撫でる。


「やるじゃないか」


「髪が崩れる」


「格好を気にするようになったのか?」


「違う」


 映像の中で、ベンゾーが端末へ接続器を差し込んだ。


『航海記録を回収します。少しかかりますよ』


 その時だった。


 十七号は画面の端に、小さな光を見た。


 情報室の奥。


 閉じた扉の上にある表示灯だ。


 一度消え、再び点灯する。


「待って」


『何です?』


「その奥に電気がある」


『非常灯でしょう』


「違う。点滅の間隔が一定じゃない」


 光が、もう一度点滅する。


 短く二回。


 少し間を空けて、一回。


 そして、また二回。


「誰かが押してる」


 十七号は立ち上がった。


「その扉の向こうに、誰かいる」


 ライガが銃を構える。


 クライが扉へ近づき、手動開放装置を回した。


 扉がゆっくりと開く。


 暗い部屋の奥で、小さな人影が倒れていた。


『生存者だ』


 クライが駆け寄る。


 まだ若い少女だった。


 宇宙服を着ているが、酸素残量はほとんどない。


 その腕は、壁の照明装置へ伸ばされたままになっていた。


 十七号は画面を見つめた。


 自分が光を見落としていれば、この少女は置き去りにされていた。


 胸の奥で、何かが強く鳴った。


 怖さとも、喜びとも違う。


 回収場で九号を助けた時と、少しだけ似ている。


『十七号』


 通信機からクライの声がした。


『よく見つけた』


 十七号はすぐに返事ができなかった。


 役に立つと、自分では何度も言ってきた。


 けれど、誰かからそう認められたのは初めてだった。


「生きてるのか」


『ああ。まだな』


 クライは少女を抱き上げる。


『ライト、医務室を準備しろ。すぐ戻る』


「了解」


 ライトが席を立つ。


 十七号も続こうとした。


「お前はここにいろ」


「でも」


「三人が戻るまで、漂流船を見ててくれ」


「俺が?」


「ああ」


 ライトは正面窓を指した。


「今は、それがお前の仕事だ」


 操縦室の扉が閉まる。


 十七号は一人で席へ座った。


 窓の向こうには、傷ついた漂流船が浮かんでいる。


 その周囲を、岩と残骸が静かに流れていく。


 十七号は一つずつ、その位置と動きを覚え始めた。


 今度は、言われた仕事を果たすために。

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