第五話 雑用係
十七号に与えられた部屋は、物置だった。
正確には、以前まで物置として使われていた小さな区画だ。
壁には空の棚が並び、天井近くには使われていない配管が走っている。人が横になれるだけの簡易寝台を置くと、残った場所はほとんどなかった。
「狭いか?」
入口に立ったライトが尋ねる。
「広い」
十七号は即答した。
回収場では、二十九人が同じ部屋で眠っていた。
自分一人しかいない場所なら、十分すぎる。
「そうか。なら今日から、ここがお前の部屋だ」
「俺の?」
「他に誰が寝るんだよ」
十七号は部屋を見回した。
船の中に、自分だけの場所がある。
そう言われても、すぐには理解できなかった。
「鍵は?」
「内側から掛けられる」
「外からは?」
「非常時なら開けられるけど、普段は誰も勝手に入らないよ」
ライトは扉の脇にある操作盤を示した。
「ここを押せば閉まる。もう一度押せば開く。簡単だろ?」
十七号は一度だけ操作を見た。
ライトが部屋を出てから、同じように扉を閉めた。
小さな区画が静寂に包まれる。
怒鳴り声もない。
咳も、泣き声も聞こえない。
誰かに寝床を奪われる心配もない。
十七号はしばらく閉じた扉を眺め、それから、もう一度開けた。
完全に閉じてしまうと、少しだけ落ち着かなかった。
◇
「雑用係には、雑用係の仕事があります」
翌朝。
ベンゾーは十七号の前へ、一枚の端末を置いた。
画面には文字と数字が並んでいる。
「読めない」
「読み書きは?」
「できない」
「数字は?」
「少し分かる」
回収場でも、部品の数や重量は教え込まれた。
間違えれば食事を減らされたからだ。
「ほな、まずは数字からですな」
ベンゾーは画面を指で送る。
「船には食料、水、燃料、医薬品、弾薬、交換部品が積まれてます。何がどれだけあるか把握せんと、宇宙では死にます」
「なくなったら買えばいい」
「買う場所までたどり着けたら、です」
ベンゾーは別の画面を開いた。
そこには、この先にある星と星の距離が表示されている。
「宇宙は広いんです。店のない場所もありますし、金があっても物がないこともある。せやから、船の中に何があるかは常に把握しとかんとあきません」
「俺は何をすればいい」
「食料庫と資材庫の在庫確認です。まずは置いてある物を全部数えてください」
「全部?」
「全部です」
十七号は端末を受け取った。
「文字が読めない」
「品物を見て、わしに報告してください。記録はこっちでやります」
「分かった」
「それと、勝手に食べたらあきませんよ」
「食べない」
「子どもはみんな最初、そう言うんです」
◇
十七号は一度、船内を案内された。
操縦室。
食堂。
医務区画。
機関室。
武器庫。
貨物室。
居住区。
案内したライトは、途中から面倒になったのか、歩きながら適当に説明していた。
「こっちが冷却系。赤い線が電力で、青い線が水。黄色は何だったかな」
「燃料」
「そう、それ」
「忘れたのか」
「船乗りは必要なことだけ覚えてればいいんだよ」
「全部、必要じゃないのか」
「そういう考え方もある」
案内を終えた後、ライトは十七号を操縦室まで連れ戻した。
「一人で食料庫へ戻れるか?」
「ああ」
「迷ったら壁の案内表示を見るんだぞ」
「読めない」
「そうだった」
ライトは笑った。
「じゃあ、迷ったら呼べ」
十七号は来た道を一度も間違えずに戻った。
◇
食料庫の棚には、容器が隙間なく並べられていた。
十七号は左上から順番に数える。
保存食が百二十六。
水の容器が四十八。
乾燥肉が三十二袋。
小さな子どもたちを乗せたせいで、多くの食料を使っている。
帳簿に書かれている数をベンゾーに読み上げてもらい、実際の数と比較する。
「乾燥果実は四十袋のはずです」
「三十九しかない」
「もう一度、数えてください」
「三十九」
ベンゾーが自分で棚を確かめる。
「ほんまや。一袋足りませんな」
「ライトが昨日食べてた」
「……ライトはん!」
船の奥から、何かが倒れる音がした。
「違う! あれは緊急時用の味見だ!」
遠くから言い訳が返ってくる。
「何が緊急時ですか! あとで代金を払ってもらいますからね!」
十七号は再び棚へ目を向けた。
「こっちも違う」
「何がです?」
「水は四十八じゃない」
「さっき四十八と言いましたやろ」
「容器は四十八。でも一つだけ軽い」
十七号は最下段の容器を引き出した。
持ち上げると、中で水が小さく揺れる。
ほかの容器より、明らかに量が少ない。
ベンゾーが受け取り、底を調べる。
小さな亀裂が入っていた。
「漏れてますな」
「棚の後ろに水が流れてる」
容器をどかすと、奥の床が濡れている。
ベンゾーの表情が変わった。
「ライガはん! ちょっと来てもらえますか!」
ライガが工具を持って現れ、棚を動かした。
床の継ぎ目に水が入り込んでいる。
「下は配電路だ」
「まずいのか」
十七号が尋ねる。
「このまま放っておけばな」
ライガは十七号を見る。
「よく気づいた」
「音が違った」
「音?」
「持ち上げた時、水の動く時間が短かった」
ライガは一瞬黙り、それからベンゾーを見た。
「こいつに在庫を見せたのは正解だったな」
「ええ。思ってた以上に使えそうです」
「使える」
十七号は言った。
「俺は役に立つ」
ライガは眉を上げる。
「一度見つけただけで調子に乗るな」
「調子には乗ってない」
「そういう顔をしてる」
「どんな顔だ」
「褒めてほしい顔だ」
十七号は否定しようとした。
だが、ベンゾーが先に笑った。
「別にええやないですか。子どもが褒めてほしがるくらい」
「欲しがってない」
「そういうことにしときましょう」
◇
その日の仕事を終えると、十七号はクライに呼ばれた。
クライは食堂の椅子へ座り、古びた拳銃を分解している。
「雑用係の初日はどうだった」
「食料を数えた。水漏れを見つけた」
「聞いた」
「役に立った」
「それも聞いた」
十七号は黙って、クライの手元を見る。
一つひとつの部品が、決まった順番で外されていく。
一度見れば、組み方は覚えられると思った。
「触るなよ」
クライが言う。
「まだ何もしてない」
「触りたそうな顔をしてる」
「ライガにも同じことを言われた」
「分かりやすいんだな、お前は」
クライは銃身の内側を布で拭く。
「船には規則がある」
「聞いてない」
「今から言う」
クライは指を一本立てた。
「武器には勝手に触るな」
二本目。
「操縦室と機関室には、許可なく入るな」
三本目。
「危険だと言われたら、理由を聞く前に下がれ」
「理由は後で聞いていいのか」
「生きてたらな」
四本目。
「自分だけで何とかしようとするな」
十七号は顔をしかめた。
「それは必要ない」
「俺が必要だと決めた」
「一人でできることもある」
「できることと、やっていいことは違う」
クライは拳銃を組み上げた。
最後の部品が収まり、小さな金属音が鳴る。
「この船では、仲間に黙って死のうとする奴が一番迷惑だ」
「俺は仲間じゃない」
「だから今のうちに覚えろ」
十七号は返事をしなかった。
クライは拳銃を腰へ戻す。
「しばらくは雑用をしろ。読み書きも覚えろ。ライトとライガの言うことを聞け」
「クライは何を教える」
「俺か?」
「あんたも、この船にいる」
「俺は忙しい」
「何をしてる」
「船長だ」
「船長は何をする」
クライは少し考える。
「行き先を決める」
「それだけ?」
「それだけで済めば、楽なんだがな」
その時、船内へ短い電子音が響いた。
ライトの声が通信機から流れる。
『船長、仕事が来た』
クライの表情が変わる。
十七号にも分かった。
回収場で監督官を撃った時と、同じ目だった。
「どんな仕事だ」
『漂流船の捜索。場所はクルーガ暗礁宙域。依頼人は、船に積まれている航海記録を回収してほしいそうだ』
「生存者は?」
『不明。船は三日前から応答なし』
「報酬は」
『ベンゾーが大喜びするくらい』
食堂の外から、ベンゾーの声が飛んでくる。
「その言い方はやめてください! わしが金の亡者みたいですやないか!」
クライは立ち上がった。
「進路を変えろ。クルーガへ向かう」
『了解、船長』
十七号も立ち上がる。
「俺は何をすればいい」
「食堂を片づけて寝ろ」
「仕事に行くんだろ」
「お前の仕事は雑用だ」
「俺も船の中を調べられる」
「今回は留守番だ」
「役に立つ」
クライは十七号の額を指で押し、椅子へ戻した。
「役に立ちたいなら、まず言われた仕事を覚えろ」
そのまま食堂を出ていく。
十七号は閉じた扉を睨んだ。
窓の外で星が流れている。
その先には、まだ見たことのない漂流船がある。
知らない構造。
知らない航路。
何が潜んでいるかも分からない暗礁宙域。
胸の奥が、かすかに騒いだ。
それが恐怖なのか、楽しみなのか。
十七号には、まだ分からなかった。




