表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/14

第五話 雑用係

 十七号に与えられた部屋は、物置だった。


 正確には、以前まで物置として使われていた小さな区画だ。


 壁には空の棚が並び、天井近くには使われていない配管が走っている。人が横になれるだけの簡易寝台を置くと、残った場所はほとんどなかった。


「狭いか?」


 入口に立ったライトが尋ねる。


「広い」


 十七号は即答した。


 回収場では、二十九人が同じ部屋で眠っていた。


 自分一人しかいない場所なら、十分すぎる。


「そうか。なら今日から、ここがお前の部屋だ」


「俺の?」


「他に誰が寝るんだよ」


 十七号は部屋を見回した。


 船の中に、自分だけの場所がある。


 そう言われても、すぐには理解できなかった。


「鍵は?」


「内側から掛けられる」


「外からは?」


「非常時なら開けられるけど、普段は誰も勝手に入らないよ」


 ライトは扉の脇にある操作盤を示した。


「ここを押せば閉まる。もう一度押せば開く。簡単だろ?」


 十七号は一度だけ操作を見た。


 ライトが部屋を出てから、同じように扉を閉めた。


 小さな区画が静寂に包まれる。


 怒鳴り声もない。


 咳も、泣き声も聞こえない。


 誰かに寝床を奪われる心配もない。


 十七号はしばらく閉じた扉を眺め、それから、もう一度開けた。


 完全に閉じてしまうと、少しだけ落ち着かなかった。


     ◇


「雑用係には、雑用係の仕事があります」


 翌朝。


 ベンゾーは十七号の前へ、一枚の端末を置いた。


 画面には文字と数字が並んでいる。


「読めない」


「読み書きは?」


「できない」


「数字は?」


「少し分かる」


 回収場でも、部品の数や重量は教え込まれた。


 間違えれば食事を減らされたからだ。


「ほな、まずは数字からですな」


 ベンゾーは画面を指で送る。


「船には食料、水、燃料、医薬品、弾薬、交換部品が積まれてます。何がどれだけあるか把握せんと、宇宙では死にます」


「なくなったら買えばいい」


「買う場所までたどり着けたら、です」


 ベンゾーは別の画面を開いた。


 そこには、この先にある星と星の距離が表示されている。


「宇宙は広いんです。店のない場所もありますし、金があっても物がないこともある。せやから、船の中に何があるかは常に把握しとかんとあきません」


「俺は何をすればいい」


「食料庫と資材庫の在庫確認です。まずは置いてある物を全部数えてください」


「全部?」


「全部です」


 十七号は端末を受け取った。


「文字が読めない」


「品物を見て、わしに報告してください。記録はこっちでやります」


「分かった」


「それと、勝手に食べたらあきませんよ」


「食べない」


「子どもはみんな最初、そう言うんです」


     ◇


 十七号は一度、船内を案内された。


 操縦室。


 食堂。


 医務区画。


 機関室。


 武器庫。


 貨物室。


 居住区。


 案内したライトは、途中から面倒になったのか、歩きながら適当に説明していた。


「こっちが冷却系。赤い線が電力で、青い線が水。黄色は何だったかな」


「燃料」


「そう、それ」


「忘れたのか」


「船乗りは必要なことだけ覚えてればいいんだよ」


「全部、必要じゃないのか」


「そういう考え方もある」


 案内を終えた後、ライトは十七号を操縦室まで連れ戻した。


「一人で食料庫へ戻れるか?」


「ああ」


「迷ったら壁の案内表示を見るんだぞ」


「読めない」


「そうだった」


 ライトは笑った。


「じゃあ、迷ったら呼べ」


 十七号は来た道を一度も間違えずに戻った。


     ◇


 食料庫の棚には、容器が隙間なく並べられていた。


 十七号は左上から順番に数える。


 保存食が百二十六。


 水の容器が四十八。


 乾燥肉が三十二袋。


 小さな子どもたちを乗せたせいで、多くの食料を使っている。


 帳簿に書かれている数をベンゾーに読み上げてもらい、実際の数と比較する。


「乾燥果実は四十袋のはずです」


「三十九しかない」


「もう一度、数えてください」


「三十九」


 ベンゾーが自分で棚を確かめる。


「ほんまや。一袋足りませんな」


「ライトが昨日食べてた」


「……ライトはん!」


 船の奥から、何かが倒れる音がした。


「違う! あれは緊急時用の味見だ!」


 遠くから言い訳が返ってくる。


「何が緊急時ですか! あとで代金を払ってもらいますからね!」


 十七号は再び棚へ目を向けた。


「こっちも違う」


「何がです?」


「水は四十八じゃない」


「さっき四十八と言いましたやろ」


「容器は四十八。でも一つだけ軽い」


 十七号は最下段の容器を引き出した。


 持ち上げると、中で水が小さく揺れる。


 ほかの容器より、明らかに量が少ない。


 ベンゾーが受け取り、底を調べる。


 小さな亀裂が入っていた。


「漏れてますな」


「棚の後ろに水が流れてる」


 容器をどかすと、奥の床が濡れている。


 ベンゾーの表情が変わった。


「ライガはん! ちょっと来てもらえますか!」


 ライガが工具を持って現れ、棚を動かした。


 床の継ぎ目に水が入り込んでいる。


「下は配電路だ」


「まずいのか」


 十七号が尋ねる。


「このまま放っておけばな」


 ライガは十七号を見る。


「よく気づいた」


「音が違った」


「音?」


「持ち上げた時、水の動く時間が短かった」


 ライガは一瞬黙り、それからベンゾーを見た。


「こいつに在庫を見せたのは正解だったな」


「ええ。思ってた以上に使えそうです」


「使える」


 十七号は言った。


「俺は役に立つ」


 ライガは眉を上げる。


「一度見つけただけで調子に乗るな」


「調子には乗ってない」


「そういう顔をしてる」


「どんな顔だ」


「褒めてほしい顔だ」


 十七号は否定しようとした。


 だが、ベンゾーが先に笑った。


「別にええやないですか。子どもが褒めてほしがるくらい」


「欲しがってない」


「そういうことにしときましょう」


     ◇


 その日の仕事を終えると、十七号はクライに呼ばれた。


 クライは食堂の椅子へ座り、古びた拳銃を分解している。


「雑用係の初日はどうだった」


「食料を数えた。水漏れを見つけた」


「聞いた」


「役に立った」


「それも聞いた」


 十七号は黙って、クライの手元を見る。


 一つひとつの部品が、決まった順番で外されていく。


 一度見れば、組み方は覚えられると思った。


「触るなよ」


 クライが言う。


「まだ何もしてない」


「触りたそうな顔をしてる」


「ライガにも同じことを言われた」


「分かりやすいんだな、お前は」


 クライは銃身の内側を布で拭く。


「船には規則がある」


「聞いてない」


「今から言う」


 クライは指を一本立てた。


「武器には勝手に触るな」


 二本目。


「操縦室と機関室には、許可なく入るな」


 三本目。


「危険だと言われたら、理由を聞く前に下がれ」


「理由は後で聞いていいのか」


「生きてたらな」


 四本目。


「自分だけで何とかしようとするな」


 十七号は顔をしかめた。


「それは必要ない」


「俺が必要だと決めた」


「一人でできることもある」


「できることと、やっていいことは違う」


 クライは拳銃を組み上げた。


 最後の部品が収まり、小さな金属音が鳴る。


「この船では、仲間に黙って死のうとする奴が一番迷惑だ」


「俺は仲間じゃない」


「だから今のうちに覚えろ」


 十七号は返事をしなかった。


 クライは拳銃を腰へ戻す。


「しばらくは雑用をしろ。読み書きも覚えろ。ライトとライガの言うことを聞け」


「クライは何を教える」


「俺か?」


「あんたも、この船にいる」


「俺は忙しい」


「何をしてる」


「船長だ」


「船長は何をする」


 クライは少し考える。


「行き先を決める」


「それだけ?」


「それだけで済めば、楽なんだがな」


 その時、船内へ短い電子音が響いた。


 ライトの声が通信機から流れる。


『船長、仕事が来た』


 クライの表情が変わる。


 十七号にも分かった。


 回収場で監督官を撃った時と、同じ目だった。


「どんな仕事だ」


『漂流船の捜索。場所はクルーガ暗礁宙域。依頼人は、船に積まれている航海記録を回収してほしいそうだ』


「生存者は?」


『不明。船は三日前から応答なし』


「報酬は」


『ベンゾーが大喜びするくらい』


 食堂の外から、ベンゾーの声が飛んでくる。


「その言い方はやめてください! わしが金の亡者みたいですやないか!」


 クライは立ち上がった。


「進路を変えろ。クルーガへ向かう」


『了解、船長』


 十七号も立ち上がる。


「俺は何をすればいい」


「食堂を片づけて寝ろ」


「仕事に行くんだろ」


「お前の仕事は雑用だ」


「俺も船の中を調べられる」


「今回は留守番だ」


「役に立つ」


 クライは十七号の額を指で押し、椅子へ戻した。


「役に立ちたいなら、まず言われた仕事を覚えろ」


 そのまま食堂を出ていく。


 十七号は閉じた扉を睨んだ。


 窓の外で星が流れている。


 その先には、まだ見たことのない漂流船がある。


 知らない構造。


 知らない航路。


 何が潜んでいるかも分からない暗礁宙域。


 胸の奥が、かすかに騒いだ。


 それが恐怖なのか、楽しみなのか。


 十七号には、まだ分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ