第四話 行き先
船が降りた星には、空があった。
回収場にも空はあった。
だが、あそこではいつも金属粉を含んだ雲が低く垂れ込め、太陽も星も見えなかった。
ここには青い空がある。
白い雲が流れ、その下に緑色の草原が広がっていた。
船の扉が開くと、湿った風が吹き込んでくる。
油でも、燃料でも、焦げた金属でもない匂いがした。
「降りてええですよ。順番にお願いします」
ベンゾーに促され、子どもたちが恐る恐る船を降りていく。
最初に地面へ足をつけた小さな子が、その場にしゃがみ込んだ。
「これ、何?」
「草です」
「痛くない?」
「踏んでも噛みつきませんから、大丈夫ですよ」
ベンゾーが答えると、その子は草を一本つまんだ。
周りの子どもたちも真似をする。
六号は裸足になり、何度も土を踏みしめていた。
九号は簡易担架に乗せられ、ライガが片手で運んでいる。
「ここが孤児院?」
六号が尋ねた。
「ええ。わしが出資しとる施設です」
「ベンゾーが住んでるの?」
「わしは住んでません。毎日子ども二十九人に囲まれたら、帳簿をつける暇がなくなりますから」
「嫌なの?」
「そういう意味やありません」
ベンゾーは少し困った顔をした。
草原の先には、白い壁の大きな建物が立っていた。
周囲には畑や小さな工房があり、何人もの子どもが働いている。
回収場で見たような労働ではない。
笑いながら土を運び、機械を分解し、洗濯物を干している。
新しい子どもたちを見つけると、一斉に駆けてきた。
「また増えた!」
「今回は多いな!」
「ベンゾーさん、ちゃんと食費を増やしてくださいよ!」
「分かってます。せやから、先に人数を数えさせてください!」
ベンゾーは端末を抱え、子どもたちの間へ埋もれていった。
十七号は船の乗降口に立ったまま、その光景を見ていた。
降りる理由が見つからなかった。
◇
孤児院の中では、一人ずつ名前と年齢を聞かれた。
だが、答えられる子どもはいなかった。
「あなたの名前は?」
机の向こうに座った女性が、六号へ尋ねる。
「六号」
「それは番号でしょう?」
「名前はない」
女性は何も言えなくなった。
ベンゾーが横から口を挟む。
「急いで決めんでもええですよ」
「でも、記録を作らないと」
「仮の番号で登録しといてください。名前は本人らが自分で選んだらええんです」
子どもたちがベンゾーを見る。
「自分で決めていいの?」
「もちろんです。呼ばれたい名前を決めてください」
「何でも?」
「何でもと言われると困りますな。あまり長い名前やと、書類の欄に入りませんから」
子どもたちの間に、小さな笑いが起こった。
十七号は廊下の端から、その様子を眺めていた。
自分で名前を決める。
そんなことを考えたこともなかった。
名前とは、偉い人間だけが持っているものだと思っていた。
「お前は並ばないのか」
背後からクライの声がした。
「俺はここに残らない」
「昨日も聞いた」
「答えを聞いてない」
「答えは駄目だ」
十七号は振り返った。
クライはいつもの外套を着て、壁へ背を預けている。
「どうして」
「俺たちが何をしてるか、見ただろ」
「悪い奴を殺す」
「それだけじゃない。撃たれるし、追われるし、船が落ちることもある」
「回収場よりましだ」
「下と比べて決めるな」
クライの声から、普段の軽さが消えた。
「ここにいれば、飯が食える。寝る場所がある。勉強もできる。お前が命を張る必要はない」
「ここにいたら、宇宙へ行けない」
「どうして宇宙へ行きたい」
十七号は答えに詰まった。
金が欲しいわけではない。
監督官のように偉くなりたいわけでもない。
ただ、窓の外に見えた星が、頭から離れなかった。
「知らないものがある」
十七号は言った。
「俺の知らない船も、星も、道もある」
「それだけか」
「それじゃ駄目なのか」
クライはしばらく十七号を見つめていた。
「宇宙は、見物するには広すぎる」
「なら働く」
「何ができる」
「船の中なら覚えられる。掃除もする。荷物も運ぶ」
「子ども一人を乗せるだけでも、食料と酸素を使う」
「その分は働く」
「働けば何でも買えると思うな」
十七号は黙った。
クライは壁から背を離す。
「出発は三時間後だ」
「待ってくれるのか」
「待たない」
クライは乗降口へ向かって歩き出した。
「三時間で、お前を船へ乗せる理由を見つけろ」
◇
十七号は船の周りを歩いた。
操縦できない。
銃も撃てない。
料理も、商売も知らない。
自分にできることは、見たものを覚えることだけだった。
船体の下へ潜り、降着脚を調べる。
外殻の傷。
推進器の焼け。
冷却管の位置。
初めて見た時の船体を、頭の中へ組み上げる。
回収場へ降りてきた時。
そこから離陸した時。
今、地上で止まっている時。
三つの状態を重ね合わせる。
何かが違う。
十七号は船体へ耳を当てた。
低い振動。
その奥に、一定の間隔で小さな音が混じっている。
カン。
カン。
二十三回に一度。
「何してるんだ?」
上からライトの声がした。
「音が違う」
「音?」
「回収場へ降りた時は鳴ってなかった」
ライトは船体から飛び降り、十七号の隣へしゃがんだ。
「どこだ」
「この奥」
十七号は外殻の一点を指さす。
「冷却管の後ろ。回転する部品がある」
「この船に詳しいのか?」
「知らない。でも、音が動いてる」
ライトはしばらく黙り、船体へ耳を当てた。
やがて顔を上げる。
「ベンゾー! 工具箱を持ってきて!」
「また何か壊したんですか!」
「俺じゃない。たぶん」
「たぶんが一番困るんです!」
ベンゾーが工具箱を抱えて走ってくる。
ライトが外殻を外すと、その奥から複雑な配管と回転機構が現れた。
「これか」
ライトが奥へ手を入れ、小さな部品を取り出す。
金属の輪に、細い亀裂が入っていた。
「推進制御環の留め具だ」
「危なかったのか?」
「今すぐどうこうはならない。でも、次に強引な加速をしたら外れたかもな」
ライトは亀裂を見つめ、それから十七号を見る。
「どうして分かった?」
「前の音と違った」
「一度聞いただけだろ」
「一度聞いた」
ライトが笑った。
「船長!」
「聞こえてる」
クライが乗降口に立っていた。
十七号は立ち上がる。
「役に立った」
「一回だけな」
「次も見つける」
「見つからなかったら?」
「掃除する」
「掃除でも役に立たなかったら?」
「できるまで覚える」
クライは鼻を鳴らした。
「次の寄港地までだ」
「何が」
「乗せてやる」
十七号は目を見開いた。
「ただし、仲間じゃない。客でもない。雑用係だ」
「分かった」
「俺たちの言うことを聞け。勝手に危険な場所へ行くな。できないことは、できないと言え」
「できる」
「そういうところだ」
ライトが声を上げて笑った。
◇
出発の時間。
六号たちが船の前まで見送りに来た。
「本当に行くの?」
「ああ」
「一人で?」
「この船には四人いる」
「そういう意味じゃない」
六号は何か言おうとして、やめた。
「戻ってくる?」
十七号は孤児院を見た。
白い建物。
青い空。
緑の草。
ここなら、みんなは生きていける。
自分がいなくても。
「俺が先に宇宙を見てくる」
「ずるい」
「そうだな」
「ちゃんと戻ってきて」
十七号は少し考えた。
「戻れる奴になったら戻る」
六号は泣きそうな顔で笑った。
「約束だからね」
「ああ」
十七号は船へ乗った。
扉が閉まる直前、子どもたちへ手を上げる。
どうしてそうしたのかは、自分でも分からない。
六号たちも一斉に手を上げた。
宇宙船がゆっくりと浮かび上がる。
孤児院が小さくなっていく。
十七号は窓の外を見ながら、初めて自分で選んだ行き先へ向かった。




