表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/14

第三話 鏡の中の少年

 船の中は、子どもであふれていた。


 通路には子ども。


 食堂にも子ども。


 壁際に積まれた荷物の間にも、眠り込んだ子どもがいる。


「走らんといてください! そこ、機関室につながっとる配管ですから!」


 ベンゾーの声が船内へ響く。


「触ったらあかん言うたでしょう! そっちの蓋も開けない! 開けても何も入ってません!」


「何が入ってるの?」


「何も入ってへんから、開けんでええんです!」


 十七号は食堂の隅に座り、その光景を眺めていた。


 九号は簡易寝台に寝かされ、ライガから治療を受けている。


 骨は折れていなかった。


 傷を洗って薬を塗れば、数日で歩けるようになるらしい。


 それを聞いても、十七号は完全には安心できなかった。


 ここには本当に薬がある。


 怪我をした人間を、外へ捨てない。


 そのことが、まだ信じられなかった。


「十七号」


 ライガに呼ばれる。


「何だ」


「次はお前だ」


「怪我は浅い」


「傷の話じゃない」


 ライガは十七号の襟首をつかんだ。


「風呂だ」


「いらない」


「いる」


「水がもったいない」


「お前が船内へ落としてる汚れを掃除する方がもったいない」


 十七号は自分の服を見下ろした。


 回収場で渡された作業着だ。


 元の色は分からない。


 油、煤、血、金属粉が染みつき、生地のあちこちが破れている。


「このままでいい」


「よくない」


「離せ」


「暴れると服ごと放り込むぞ」


 ライガの声は本気だった。


 十七号は抵抗をやめた。


     ◇


 浴室と呼ばれた部屋には、壁から水が出る場所があった。


 蛇口を捻ると、湯気の立つ湯が降ってくる。


 十七号はしばらく、その下に立てなかった。


「どうした」


 浴室の外からライガが声をかける。


「熱い」


「火傷する温度じゃない」


「水は冷たいものだ」


「今日から覚え直せ」


 十七号は恐る恐る手を伸ばした。


 湯が指先へ当たる。


 温かい。


 痛くない。


 それどころか、鞭で打たれた背中の痛みが少しだけ和らいだ。


 十七号は湯の下へ入った。


 黒い水が足元を流れていく。


 髪からも、顔からも、腕からも、見たことのないほど汚れが落ちた。


 何度洗っても、泡が灰色になる。


「いつまで入ってる」


 しばらくして、ライガが扉を叩いた。


「まだ汚れが出る」


「お前の皮膚まで落とす気か」


「落ちるのか?」


「落ちない。いいから出ろ」


 用意されていた服は、白いシャツと黒いズボンだった。


 どちらも十七号には少し大きい。


 袖を折り、腰の紐をきつく結ぶ。


 浴室を出ると、ライガが布を持って待っていた。


「座れ」


「今度は何だ」


「髪を切る」


 十七号は反射的に後ろへ下がった。


 ライガの手には、短い刃物が握られている。


「動くな。耳を落とすぞ」


「脅してるのか」


「動いた場合の説明だ」


 椅子へ座らされ、伸び放題だった髪を切られる。


 刃物は迷いなく動いた。


 十七号が身を固くしているうちに、黒い髪が床へ落ちていく。


「終わりだ」


 ライガは顎で壁を示した。


 そこには、縦長の鏡があった。


 十七号は鏡の前に立つ。


 見知らぬ少年がいた。


 濡れた黒髪。


 切れ長の黒い目。


 痩せた頬。


 眉の上には小さな傷があり、唇にも古い切り傷が残っている。


 鏡の中の少年が、自分と同じように首を傾けた。


「誰だ」


 ライガが一瞬黙った。


「お前だ」


「違う」


「何が」


「俺は、こんな顔じゃない」


「汚れで見えてなかっただけだ」


 十七号は鏡へ近づいた。


 頬へ触れる。


 鏡の少年も同じ場所へ触れた。


 それでも、自分を見ている気がしない。


 回収場に鏡はなかった。


 水面へ顔が映ることはあっても、汚れと煤で輪郭しか分からなかった。


「どうした、坊主。溺れてないか?」


 浴室へ入ってきたライトが、十七号の姿を見て目を丸くした。


「おお」


「何だ」


「なかなか男前じゃないか」


 十七号は眉を寄せた。


「男前?」


「いい顔をしてるってこと」


「顔に、いいも悪いもあるのか」


「あるとも。俺ほどになると、顔だけで着陸料が半額になる」


「それは嘘だ」


「どうして分かった?」


「お前は船を降りた時、ベンゾーに着陸料が高いと怒られてた」


 ライトが吹き出した。


「参ったな。何でも覚えてる」


「どうしたんです?」


 騒ぎを聞きつけ、ベンゾーも顔を出した。


 十七号を見ると、眼鏡の奥の目を細める。


「ほう。きれいにしたら、えらい印象が変わりますな」


「変か」


「褒めてるんです。黒い髪もよう似合ってますし、なかなか男前やないですか」


「さっきも言われた」


「でしたら、二人分は信用してええでしょう」


 ベンゾーは十七号の服を確認し、袖口をつまんだ。


「少し大きいですけど、当面はこれで我慢してください。子ども二十九人分をいっぺんに揃えるとなると、えらい出費ですから」


「返す」


「何をです?」


「服の代金」


「働いてもいない子どもから取り立てませんよ」


「なら、働く」


 ベンゾーは目を瞬いた。


「十七号はん」


「はん?」


「今のは気にせんといてください」


 ベンゾーは軽く咳払いした。


「助けた子どもへ、いきなり借金を背負わせるような商売はしてません。服も食事も、今は気にせんでええんです」


「どうして」


「どうしてと言われましても……子どもに服を着せるのに、理由が要りますか?」


 十七号は答えられなかった。


 理由もなく何かを与えられる。


 それは、理解できないことばかりの船の中でも、特に分からないことだった。


     ◇


 翌日。


 子どもたちは船の食堂へ集められた。


 ベンゾーが壁の画面へ、一つの惑星を映している。


 青い海と、緑の大地がある星だった。


「この星に、わしが管理しとる施設があります」


「施設?」


 六号が不安そうに尋ねる。


「孤児院です。寝る場所も、食べる物もあります。読み書きや計算も教えますし、希望する子には整備や通信、医療の勉強もしてもらいます」


「働かされるの?」


「働く練習はしてもらいます」


 子どもたちの顔が強張る。


 ベンゾーは慌てて手を振った。


「ちゃいます、ちゃいます。船の腹へ潜らせたりはしません。将来、自分で仕事を選べるように、技術を覚えてもらうんです」


「売らない?」


「売りません」


「役に立たなくなったら?」


「追い出しません」


「ただで?」


 ベンゾーは困ったように頭をかいた。


「ただやと言うと、何や慈善みたいで嫌ですな。将来、立派に稼いでもらうための長期投資やと思ってください」


「やっぱり金か」


 ライトが笑う。


「当たり前です。善意だけで、二十九人も食わせられませんから」


 クライは壁際に立ったまま、何も言わなかった。


 十七号は彼の腰にある拳銃を見た。


 あの銃で監督官を撃った。


 その結果、自分たちはここにいる。


「孤児院に着いたら、全員降りるのか」


 十七号が尋ねた。


「そのつもりです」


 ベンゾーが答える。


「嫌だと言ったら」


 食堂が静かになった。


「どこか行きたい場所があるんですか?」


 十七号は答えようとして、言葉に詰まった。


 行きたい場所などなかった。


 回収場以外の場所を知らない。


 孤児院がどんな所かも分からない。


 けれど、ひとつだけ分かっている。


 惑星を飛び立った時、窓の向こうに無数の星があった。


 この船は、その星の間を進んでいる。


 自分は、もっと見たい。


 廃船の航海図に描かれていた場所を。


 誰も行ったことがない道を。


 ライトが操る、この船の行く先を。


 十七号はクライを見た。


「俺は、この船に残りたい」


 子どもたちが息を呑む。


 クライはしばらく、十七号を見つめていた。


「ここが何をする船か、分かってるのか」


「人を殺す船」


「それだけじゃない」


「なら、教えてくれ」


 十七号は鏡の中で見た、自分の顔を思い出した。


 名前のない、見知らぬ少年。


 何者でもないのなら、これから決めればいい。


「ここで、俺にできることを教えてくれ」


 クライは答えなかった。


 ただ、腰の拳銃へ手を置き、わずかに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ