第二話 仕事人たち
「仕事をするなら、呼び方くらいは知っておけ」
片目を黒いバイザーで覆った男が言った。
「俺はクライ。この船の船長だ」
「ライト・スタッフ。操縦担当」
細身の男が、軽い調子で片手を上げる。
「ライガ」
大柄な女は、それだけ言った。
最後に、小太りの男が端末を抱えたまま軽く頭を下げる。
「ベンゾーです。金勘定と、こちらの皆さんが増やした面倒事の後始末を担当しとります」
「皆さん?」
ライガが低い声で聞き返した。
「細かいことは気にせんといてください」
ベンゾーは目を逸らした。
クライが十七号を見る。
「お前は?」
「十七号」
「そいつは名前じゃねえだろ」
「そう呼ばれてる」
クライは何かを言いかけたが、今は仕事が先だと考えたらしい。
「まあいい。十七号、まず屋敷の中を教えろ」
クライに言われ、十七号は地面へしゃがみ込んだ。
小石を拾い、乾いた砂の上に線を引く。
「これが屋敷。正面に玄関。裏に厨房と空調管がある。監督官の部屋は二階の奥」
「隠し部屋は?」
「ここ」
屋敷の右端に四角を描く。
「廊下の壁に扉がある。でも、外からは見えない。監督官の机に開ける装置がある」
「触ったことは?」
「ない」
「どうして分かる」
「監督官が机の下へ手を入れた後、壁が開いた」
一度しか見ていない。
だが、監督官の指が動いた位置も、壁が開くまでの時間も覚えていた。
十七号は続けて、武器庫、管制塔、監視装置、子どもたちの宿舎を砂の上へ描いていく。
「地下の搬送路は宿舎の下から始まる。途中で三つに分かれる。一番左を進めば、着陸場の近くに出る」
「出口は塞がれてないのか?」
ライトが尋ねた。
「外からは鉄板で隠されてる。でも、内側の留め具を外せば開く」
「よく覚えてるなあ」
ライトが感心したように笑う。
「いつ見たんだ?」
「三年前」
四人が黙った。
「三年前の道を、全部覚えてるのか」
「変わってなければ」
「変わっていたら?」
「音で分かる」
十七号が答えると、ライガが腕を組んだ。
「崩れた場所を通るなよ。お前の仕事は、子どもを連れて船まで来ることだ」
「分かってる」
「分かってる奴は、自分だけ残るなんて言わない」
十七号は口を閉じた。
ベンゾーが砂の図を端末へ写し取りながら、ため息をつく。
「しかし、二十九人ですか。詰めれば乗りますけど、帰りの船内はえらいことになりますな」
「嫌なら降りろ」
クライが言った。
「わしが降りたら、誰が食料を用意するんです?」
「なら決まりだ」
「ほんま、人の扱いが雑ですなあ」
ベンゾーはぼやきながらも、端末へ子どもの人数を打ち込んでいた。
クライが立ち上がる。
「合図は照明だ。ライトが管制塔を落としたら、回収場の灯りが全部消える」
「十五秒後に予備電源が入るよ」
ライトが片手を上げた。
「その十五秒で宿舎を出ろ」
「分かった」
「遅れるな」
クライは腰の拳銃へ手を置いた。
「こっちは待たない」
十七号は頷いた。
嘘だと思った。
この男は、きっと待つ。
だが、それを口にする理由はなかった。
◇
十七号が宿舎へ戻ると、子どもたちは起きていた。
六号を中心に、狭い部屋へ集まっている。
「どうだった?」
「今夜、ここを出る」
誰かが息を呑んだ。
「全員で?」
「ああ」
「また売られるんじゃないの?」
「違う」
「どうして分かるんだよ」
十三号が怯えた声を上げる。
「大人はみんな同じだろ」
十七号にも、四人が信用できるという証拠はなかった。
クライは監督官を殺しに来た。
ライガは武器を持っていた。
ライトは笑ってばかりいる。
ベンゾーは、子どもを助けるために必要な金の話をしていた。
誰も善人には見えない。
それでも、監督官よりはましだった。
「ここに残れば、いつか死ぬ」
十七号は言った。
「外へ出ても、死ぬかもしれない」
子どもたちの顔が強張る。
「でも、選べる」
それは十七号自身にも、まだよく分からない言葉だった。
けれど、クライの手を握った時に感じたものを言葉にするなら、それしかなかった。
「俺は行く」
六号が立ち上がる。
「九号も連れていく。歩けないなら、みんなで運ぶ」
「俺も」
「私も行く」
一人、また一人と声が上がった。
十七号は人数を数える。
二十九人。
今度は自分も入れた。
◇
深夜。
回収場の照明が、一斉に消えた。
「今だ」
十七号は床板を持ち上げた。
宿舎の下には、古い搬送路が通っている。
小さな子から順に穴へ下ろし、六号たちが受け取る。
九号は板の上へ寝かせ、四人で持ち上げた。
「十七号は?」
九号が不安そうに尋ねる。
「最後に行く」
「また残るつもりじゃないよね」
「残らない」
それを聞いて、九号はようやく目を閉じた。
予備照明が点灯する。
赤い光が回収場を染めた。
遠くで警報が鳴り、監督役たちの怒声が飛び交う。
「管制塔がやられた!」
「武器庫を確認しろ!」
「子どもを宿舎から出すな!」
十七号は最後の一人を穴へ下ろし、自分も搬送路へ飛び込んだ。
床板を戻す。
「左だ」
細い通路を進む。
一番目の分かれ道を左。
次を右。
その先にある段差を下りる。
三年前に一度通った道と変わっていない。
背後で爆発音がした。
小さな子どもが足を止める。
「大丈夫だ」
何が大丈夫なのか、自分でも分からない。
それでも十七号は言った。
「前だけ見ろ」
ライガの言葉が、頭の中に残っていた。
通路の先から足音が聞こえる。
一人ではない。
監督役が二人。
地下道を知られていた。
「戻れ!」
六号が子どもたちを後ろへ下げる。
十七号は壁を見る。
頭上を太い管が通っている。
船体を洗浄するための高圧蒸気管だ。
弁は錆びている。
開ければ、通路全体へ蒸気が噴き出す。
「伏せろ」
十七号は弁へ飛びついた。
固い。
両手でつかみ、全体重をかける。
監督役の灯りが近づく。
「いたぞ!」
弁が回った。
白い蒸気が通路へ噴き出す。
監督役たちが悲鳴を上げた。
「走れ!」
子どもたちは蒸気の下をくぐり、出口へ向かう。
十七号も後を追った。
◇
その頃、地上ではライガが武器庫の扉を蹴り開けていた。
「遅い」
中から銃を構えた男が飛び出す。
銃声が鳴るより先に、ライガの姿が消えた。
次の瞬間には男の懐へ入り、銃を跳ね上げ、肘を折る。
背後から迫った二人も、振り返る間すら与えられず床へ沈んだ。
「武器庫、制圧」
通信機へ告げる。
『こちら管制塔。船も押さえたよ』
ライトの明るい声が返る。
『監督役のみなさんには、仲良く床で眠ってもらってる』
「殺したのか」
『まさか。俺は平和主義者だ』
直後、通信機の向こうから鈍い打撃音が聞こえた。
『今ので最後』
「どこが平和主義者だ」
◇
監督官は寝室から飛び出し、隠し部屋へ逃げ込もうとしていた。
壁が開く。
その先に、クライが立っている。
「ど、どうやってここを……!」
「案内人が優秀でね」
監督官は懐へ手を入れた。
クライの拳銃が火を噴く。
一発。
監督官の手から、小型銃が弾き飛ばされた。
「待て! 金なら払う!」
「いくらだ」
「望むだけだ! 帝国にも知り合いがいる。お前を公認の探索者にすることだって――」
「そうか」
クライは撃鉄を起こした。
「なら、その金で地獄の渡し賃でも払え」
一発の銃声が、屋敷へ響いた。
◇
十七号たちは搬送路の出口へたどり着いた。
鉄板を押す。
動かない。
「留め具が錆びてる!」
六号が叫ぶ。
背後から監督役の声が近づく。
十七号は鉄板へ肩を当てた。
「全員で押せ!」
六号が隣に並ぶ。
十三号も、ほかの子どもたちも加わった。
一人では動かない。
二人でも足りない。
けれど、十人、二十人と力を合わせると、錆びた留め具が軋み始めた。
「もう一回!」
十七号の声に合わせ、全員で押す。
留め具が折れた。
鉄板が外へ倒れ、夜の空気が流れ込んでくる。
その先に、宇宙船が待っていた。
「急いでください!」
ベンゾーが乗降口から手を振っている。
「小さい子と怪我人からです! 押さんと順番に乗ってください!」
九号を乗せた板が運び込まれる。
全員が船へ入ったことを確認し、十七号も乗降口へ足をかけた。
その時、回収場の奥から監督役たちが現れた。
「逃がすな!」
銃口が十七号へ向く。
乾いた銃声。
監督役の武器が弾け飛んだ。
クライが歩いてくる。
拳銃の銃口から、細い煙が立っていた。
「待たせたな」
「待たないって言った」
「待ってない。時間どおりだ」
クライは十七号の背を押し、船へ乗せる。
「ライト、出せ!」
『喜んで!』
乗降口が閉じた。
床が大きく揺れ、身体が押しつけられる。
小さな悲鳴が上がった。
宇宙船は監督役たちの銃撃を置き去りにして、夜空へ舞い上がった。
十七号は壁へしがみつきながら、小さな窓の外を見た。
回収場が遠ざかっていく。
廃船も、溶解炉も、監督官の屋敷も、みるみる小さくなった。
やがて濁った大気を抜ける。
暗闇が広がった。
違う。
暗闇ではない。
数えきれないほどの光が、窓の向こうに浮かんでいる。
星だった。
十七号は知識として星を知っていた。
廃船の航海図で、何度も見た。
だが、本物を見るのは初めてだった。
「これが……宇宙」
誰にも聞こえない声で呟く。
どこまでも続いている。
壁も、天井もない。
監視装置も、監督役もいない。
星と星の間には、道さえ見えなかった。
だからこそ。
どこへでも行けるように思えた。




