第一話 十七号
宇宙船の腹の中には、子どもしか通れない道がある。
冷却管と外壁の隙間。崩れた床の下に残った点検路。大人の肩では引っかかる隔壁の裂け目。
そういう場所へ潜り込み、まだ金になる部品を引きずり出すのが、十七号たちの仕事だった。
「十七号。右舷の補助電源室だ。制御器を持ってこい」
頭上から監督役の声が降ってくる。
十七号は返事をせず、切り開かれた船腹へ身体を滑り込ませた。
帝国認可第七船骸回収場。
辺境の小惑星に築かれたこの場所には、戦争や事故で航行不能となった宇宙船が運び込まれてくる。
軍艦。貨物船。採掘艇。密輸船。
名前も旗も失った船は、使える部品を剥ぎ取られ、最後には溶解炉へ送られる。
ここで働く子どもたちも、だいたい同じだった。
名前はない。故郷もない。
使えるうちは使われ、壊れたら捨てられる。
十七号は暗い船内を進んだ。
この船へ入るのは初めてだったが、外から一度、切断面を見ている。
船体の幅。甲板の高さ。露出した配管。砲塔基部。
それだけで、頭の中には船の形が組み上がっていた。
正面を十二歩。通路が分かれる。右が補助電源室。
十七号が迷わず進んだ、その時だった。
遠くで金属のひしゃげる音がした。
「助けて!」
九号の声だった。
十七号は足を止める。
「放っておけ!」
監督役が怒鳴った。
「先に制御器を取れ!」
「まだ生きてる」
「部品の方が高い!」
十七号は踵を返した。
九号が入ったのは左舷の冷却区画だ。正面通路は崩れている。だが、この型の輸送艦なら、冷却管の下に点検路がある。
壁を蹴り、浮いた金属板へ腕を突っ込む。三度目で板が外れ、子ども一人が通れる穴が現れた。
肩を擦り、脇腹を切りながら奥へ進む。
右へ七歩。下へ一段。左へ九歩。
九号は折れた梁の下に挟まれていた。
「痛い」
「知ってる」
「死ぬ?」
「まだ死んでない」
梁は持ち上がらない。
十七号は床と壁、梁の角度を見て、頭の中で組み直した。
「三つ数えたら足を抜け」
「できない」
「やれ」
配管の破片を床板の下へ差し込み、体重をかける。
「一、二――三!」
床板が外れ、梁の先端が落ちた。
九号の足が抜ける。
直後、背後で通路が崩れた。
十七号は九号の腕を肩へ回した。
「戻るぞ」
「制御器は?」
「取れなかった」
「殴られるよ」
「知ってる」
◇
十七号は十回、鞭で打たれた。
「お前ら一匹がいくらすると思ってる!」
監督役はそう叫んだ。
いくらなのかは知らない。
ただ、補助電源の制御器より安いことだけは分かった。
監督役が去ると、六号が水を差し出した。
「馬鹿」
「九号は」
「寝てる。足も折れてない」
「そうか」
「そうかじゃない。あんたも怪我してる」
十七号は一口だけ水を飲んだ。
自分を大事にしろと、六号はよく言う。
けれど十七号には、その意味が分からない。
食料が一人分しかなければ、小さい奴へ渡す。危険な場所へ誰かが行くなら、自分が行く。
それで全員が一日長く生きるなら、その方が得だった。
遠くで着陸警報が鳴った。
子どもたちが顔を上げる。
「買い付けかな」
六号が呟いた。
時々、商人が部品と一緒に子どもを買っていく。
どこへ連れていかれるのかは、誰も知らない。
「中へ入れ」
十七号は立ち上がった。
自分だけは資材の山へ登る。
濁った空から、一隻の宇宙船が降りてきた。
見たことのない船だった。
磁性金属の雲を避けず、その隙間を縫うように滑り抜け、ほとんど揺れもなく着陸する。
十七号の頭に、その軌跡が焼きついた。
乗降口から四人が降りてくる。
軽薄そうな細身の男。
大柄な女。
端末を抱えた小太りの男。
そして、片目を黒いバイザーで覆った男。
四人は商人の顔をしていた。
だが、細身の男は管制塔までの距離を測り、大柄な女は監督役の武器を数え、小太りの男は監視装置を見ている。
バイザーの男だけが、子どもたちの宿舎を見た。
その視線が十七号へ向く。
目が合った。
十七号は装甲板の陰へ身を伏せた。
◇
夜。
四人は監督官の屋敷へ泊まった。
十七号は宿舎を抜け出し、屋敷裏の空調管へ潜り込む。
その管が客室脇へ続いていることを知っていた。
「地下の帳簿と金は、わしが押さえます」
小太りの男の声がした。
「監督官はんが死んでも、金の流れが残ったら、また別の人間がここを引き継ぎますからな」
「護衛は?」
大柄な女。
「屋敷に八人。外に十二人」
細身の男が答える。
「子どもは巻き込むな」
バイザーの男が言った。
「それは当然です。せやけど、二十人以上おるんですやろ。仕事が終わった後、どないするおつもりです?」
「受け入れ先を探せ」
「簡単に言わんといてください。食事に寝床、医者に服、教育まで要るんです」
「分かってるから、お前に頼んでる」
「分かってはらへんから言うてるんです」
しばらくして、大柄な女が尋ねた。
「標的は?」
「俺が撃つ」
バイザーの男が答えた。
十七号は息を止めた。
商人ではない。
監督官を殺しに来たのだ。
しかも、監督官を殺すだけではない。帳簿も金も押さえ、この回収場そのものを終わらせるつもりだ。
使える。
この四人なら、全員をここから出せるかもしれない。
十七号は引き返そうとした。
「それから」
バイザーの男が言う。
「昼間、俺たちを見ていたガキが来ても追い払うな」
「気づいてたのか?」
「船を降りた時からな」
「ほな、空調管におるんも、その子ですか?」
「たぶんな」
「分かってて、今の話を聞かせたんですか」
「自分から出てこられる奴か、見てる」
十七号の指先が固まる。
最初から気づかれていた。
それでも彼は、空調管を引き返した。
◇
屋敷の裏では、バイザーの男が壁にもたれて待っていた。
「ずいぶん熱心に聞いてたな」
「あんたたちは監督官を殺す」
「そう聞こえたか?」
「撃つと言った」
「言ったな」
屋根から大柄な女が降り、物陰から細身の男と小太りの男も現れる。
「こんな子ども相手に、何ちゅう試し方してるんです」
小太りの男が呆れたように言った。
十七号は四人を見回す。
「取引がある」
バイザーの男が笑った。
「聞こう」
「俺が隠し部屋まで案内する。図面にない地下室がある。金も帳簿も、そこだ」
小太りの男が端末を確かめ、目を見開く。
「……確かに空間がありますな」
「条件は?」
バイザーの男が尋ねた。
「ここにいる子どもを、全員連れていけ」
「何人だ」
「二十八人。九号は足を怪我してる。小さい奴が四人。地下の搬送路を使えば船まで行ける」
「お前も含めてか?」
十七号は黙った。
「俺は残ってもいい。一人分、軽くなる」
「阿呆なこと言わんといてください」
小太りの男が眉をひそめる。
「子ども一人分くらい、わしが何とかします」
「さっき無理だと言ってた」
「無理でも何とかするんが大人の仕事です」
背後から六号の声がした。
「二十九人です。こいつ、自分を数えてません」
バイザーの男は十七号の前へしゃがみ、手を差し出した。
「二十九人、全員連れていく」
「船が重くなる」
「飛ばすのはライトだ」
「金がかかる」
「払うのはベンゾーだ」
「なんで、わしだけなんです」
「お前が一番持ってる」
「預かってるだけです」
バイザーの男は十七号を見た。
「案内できるんだな」
「ああ」
「俺たちは監督官を始末する。お前は仲間を連れ出す」
「分かった」
「勘違いするな。逃げるんじゃない」
差し出された手は動かなかった。
「俺たちと一緒に、仕事をするんだ」
十七号はその手を見た。
大人が手を伸ばしてきた時は、殴る時か、首根っこをつかむ時だけだった。
どうすればいいのか分からない。
六号が背中を押した。
十七号は恐る恐る、自分の手を重ねた。
「取引成立だ、十七号」
その瞬間。
少年は、生まれて初めて自分から救いの手をつかんだ。




