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第十一話 抜く前に決めろ

 クライから最初に渡された拳銃には、弾が入っていなかった。


 古い回転式の短銃。


 クライが腰に下げている大型拳銃より小さく、キッドの手にも収まる大きさだった。


「構えろ」


 貨物室の奥に作られた射撃場で、クライが言う。


 キッドは銃を抜いた。


 銃口を標的へ向ける。


「遅い」


「ライガよりは速い」


「あいつと比べるな。落ち込むぞ」


 クライはキッドの肩へ手を置き、立ち方を直した。


「足を開きすぎるな。肩に力を入れるな。銃を持ってない方の手を遊ばせるな」


「全部やってる」


「やろうとしてるだけだ」


 ライガにも似たようなことを言われた。


 キッドには、二人が同じ言葉を使う理由が少し分かり始めていた。


 頭で正しい形を覚えても、身体が同じ形になるとは限らない。


「もう一回」


 銃を腰へ戻す。


 抜く。


 構える。


「遅い」


 戻す。


 抜く。


「遅い」


 戻す。


 抜く。


「今のは少しましだ」


 キッドは銃口を下ろした。


「いつ弾を入れる」


「まだ先だ」


「的には当てられる」


「ライガの訓練銃でな」


「同じだ」


「違う」


 クライはキッドの手から拳銃を取った。


 銃口を床へ向ける。


「訓練銃は、人に向けても失敗で済む。本物は、一度間違えたら戻せない」


「間違えなければいい」


「誰を撃てば間違いじゃない?」


「悪い奴」


「悪い奴ってのは、顔に書いてあるのか?」


 キッドは黙った。


 回収場の監督官は悪い奴だった。


 子どもを使い潰し、殺し、売っていた。


 クライが撃ったことを、キッドは間違いだと思わない。


「監督官みたいな奴だ」


「世の中、あれくらい分かりやすい奴ばかりなら楽なんだがな」


 クライは拳銃をキッドへ返した。


「覚えとけ。撃つかどうかを決めてから抜け」


 クライの片目が、キッドを見る。


「抜いてから迷うな」


     ◇


 数日後。


 船は小さな採掘惑星へ降りた。


 赤茶けた大地に、掘削機と精錬施設が並んでいる。


 鉱石を含んだ風が吹き、町全体が薄い埃に覆われていた。


 依頼は、奪われた医薬品の回収だった。


「輸送車が襲われ、荷物を全部持っていかれました」


 依頼人の男は、バルド商会の支配人を名乗った。


 仕立てのよい服。


 磨かれた靴。


 指には大きな宝石のついた指輪。


「犯人は鉱山労働者です。最近、賃金のことで騒いでおりましてな。見せしめも兼ねて、厳しく対処していただきたい」


「医薬品は何に使う物だ」


 クライが尋ねる。


「よくある感染症の薬です。商品ですから、詳しいことはご説明する必要もないでしょう」


「報酬は?」


「品物を取り戻していただければ、二千クレジット」


 依頼人は机へ金額を表示した。


 クライは少し考え、席を立つ。


「現場を見てから決める」


「お引き受けいただけるので?」


「まだ決めてない」


「犯人の居場所は分かっております。倉庫街の――」


「案内はいらない」


 クライはキッドへ目を向けた。


「行くぞ」


     ◇


「今の男は嘘をついてる」


 商会の建物を出たところで、キッドは言った。


「どの部分だ」


「輸送車が襲われたと言った。でも、建物の裏に車があった」


「似た車かもしれない」


「右側の泥除けに、三本傷があった。机に置いてあった記録写真と同じだ」


「ほかには?」


「犯人の居場所が分かってるのも変だ。護衛が襲われたなら、犯人を追った奴がいる。でも、その話をしなかった」


 クライは歩きながら笑った。


「少しは人の話も見られるようになったな」


「依頼を受けるのか」


「まだ決めてない」


「嘘をついてる」


「嘘をつく奴が、全部悪人とは限らない」


「悪人じゃないなら、どうして嘘をつく」


「悪人だから嘘をつく奴もいる。怖いからつく奴もいる。誰かを守るためにつく奴もいる」


「面倒だ」


「世の中、大事なことほど面倒らしいぞ」


「ベンゾーの言葉だ」


「あいつも、たまにはいいことを言う」


     ◇


 医薬品は、使われていない倉庫にあった。


 扉の隙間から中を覗く。


 武装した鉱山労働者が六人。


 その奥には、女や子どもたちが集まっている。


 何人かは寝かされ、咳をしていた。


「盗んだ薬を使ってる」


 キッドが小声で言う。


「そう見えるな」


「商品を盗んだなら悪い奴だ」


「そうだな」


「でも、病人を助けてる」


「そうだな」


「どっちなんだ」


「自分で考えろ」


 クライは隠れることもなく、倉庫へ入った。


 労働者たちが一斉に銃を構える。


「止まれ!」


「薬を取り返しに来たのか!」


 クライは両手を見える位置へ上げた。


「話を聞きに来た」


「商会の犬に話すことはない!」


「犬に見えるか?」


「腰に銃を下げた犬は珍しいな」


 キッドもクライの後ろへ続いた。


 労働者の一人がキッドを見る。


「子どもまで連れてきたのか」


「勝手についてきた」


「命令された」


「似たようなもんだ」


 奥から年配の男が現れた。


 顔色が悪く、右腕には包帯が巻かれている。


「俺たちは輸送車を襲ってない」


「知ってる」


 クライの返事に、男が目を見開いた。


「商会の倉庫から持ち出した。俺たちが掘った鉱石で買った薬だ。だが、奴らは値段を三倍にした」


「払えなかった?」


「払っても売らなかった。病気が広がれば、弱った労働者を安く使えるからだ」


 キッドは寝かされた子どもを見る。


 息が苦しいのか、胸が大きく上下している。


「薬は足りるのか」


「足りない」


 男が答えた。


「持ち出せたのは半分だけだ」


 その時。


 倉庫の外で複数の足音がした。


「全員、動くな!」


 バルド商会の支配人が、武装した男たちを連れて入ってくる。


「クライさん。犯人とお話しとは、ずいぶん悠長ですな」


「待ってろと言った覚えはない」


「こちらにも都合がありましてね」


 支配人は労働者たちへ銃を向けた。


「盗品を返せ。今なら、主犯だけを処分してやる」


「薬を持っていけば、子どもが死ぬ」


 年配の男が前へ出る。


「それがどうした」


 支配人は鼻で笑った。


「代わりの労働者はいくらでもいる」


 キッドの中で、何かが決まった。


 こいつは、監督官と同じだ。


 人間を数でしか見ていない。


 キッドは腰の拳銃へ手を伸ばした。


 まだ弾は入っていない。


 だが、銃を見せれば止まるかもしれない。


 指が銃把へ触れる。


「抜くな」


 クライが言った。


 小さな声だった。


 だが、キッドの手は止まった。


 支配人が笑う。


「子どもは賢い方が長生きする」


 その銃口が、寝台の子どもへ向いた。


「見せしめが必要ですな」


 キッドは銃を抜かなかった。


 自分の銃には弾がない。


 抜けば、相手は撃つ。


 代わりに、床へ落ちていた金属棒を蹴った。


 棒が滑り、支配人の足へ当たる。


 姿勢が崩れた。


 同時に、銃声が一発。


 支配人の持っていた銃が宙へ跳ね上がった。


 クライの拳銃から、細い煙が立っている。


「次は手首じゃ済まねえぞ」


 支配人の護衛たちが動きを止める。


 クライは銃口を順番に向けた。


「銃を置け」


 誰も逆らわなかった。


     ◇


 医薬品は労働者たちの手元に残された。


 さらにバルド商会の倉庫から、残りの薬も運び出された。


 ベンゾーは商会の不正な価格操作と労働契約を材料に、支配人から賠償金まで取り立てた。


「依頼料より儲かりましたな」


 船へ戻ると、ベンゾーは満足そうに端末を眺めていた。


「支配人から金を取ったのか」


 キッドが尋ねる。


「慰謝料と医療費です。言い方は大事ですから」


「脅した?」


「交渉です」


 ベンゾーはそう言い残し、食堂を出ていった。


 クライが向かいの席へ座る。


「どうして抜かなかった」


「弾が入ってない」


「それだけか」


 キッドは少し考えた。


「俺が抜けば、あいつも撃った」


「誰を?」


「たぶん、近くにいた誰かを」


「そうだ」


「でも、あいつは悪い奴だった」


「だから撃っていい?」


「監督官は撃った」


「撃たなきゃ、ほかの奴が殺されてた」


「今日の支配人は?」


「撃たなくても止められた」


 クライは頷いた。


「銃は、悪人を罰するための道具じゃない」


「じゃあ、何のために使う」


「撃たなきゃ守れないものを守るためだ」


 クライはキッドの腰から拳銃を抜いた。


 弾倉を開く。


 一発ずつ、弾を込めていく。


「いいのか」


「今日のお前は、抜かなかった」


「命令されたからだ」


「命令を聞けた。それも判断のうちだ」


 クライは銃を閉じ、キッドへ返した。


 先ほどまでとは重さが違う。


 中に入った弾丸の分だけではない。


「撃つかどうかを決めてから抜け」


 クライが言う。


「抜いてから迷うな」


 キッドは拳銃を見つめた。


 これは力ではない。


 正しさでもない。


 間違えれば、誰かが死ぬ。


 その結果を、自分が背負うための道具だ。


「分かった」


「本当に分かった奴は、簡単に分かったとは言わねえよ」


「なら、まだ分からない」


「上出来だ」


 クライは笑った。


 その日から、キッドの拳銃には弾が入るようになった。

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